余力を残すということ
中学生のとき
吹奏楽部で使っていたポケットファイルの内側に貼っていたステッカーがある
母と東急ハンズかどこかで見つけて、大いにおすすめされて購入した。
当時から、私の『自分のキャパを考えずにバリバリやっちゃおうとするスタイル』を、母はとても気にしていたんだと思う。
実際、考えすぎたせいでストレス性胃腸炎デビューしたのは中学2年生の頃だったと思う。
今でも考えすぎてしまうし、しかもどんどん悪い方向に向かってしまう私が
余力を残して生きていくことについて“できるだけ前向きに”考えてみた。
頑張りすぎていない日本人もいる
日本人は頑張りすぎ
今や世界のどこでも言われているワードではないかと思う。
それでも、中には頑張りすぎずに、楽しそうに人生を謳歌している人がいる。
私の恋人がまさにそう。
もう社会人歴の長い彼は、数年前に自分の趣味をやりやすい環境に見を置くために仕事を変え、そこで前向きに仕事と向き合い、趣味を極め
そして、自分が学べることはだいたい学んだと悟った今、また新しい仕事や収入源を探しているらしい。
彼が実際どのくらいの収入を得ているのかは詳しく聞いたことはないが
私の職業柄、そしてこのような状況における彼の職業柄も含めてではあるが
どうやら社会人1年目の私のほうが収入が多いようである。
ただし、私は毎日吐きそうになりながらシリアルをもさもさ食べながらなんとか出勤して
家にたどり着くまでの気力も無く外食で夕食を済ませ
翌日の仕事に絶望しながら睡眠薬を飲んでベッドに入るような仕事をしている。
とてもではないけれど、余力がある生き方ができているとは言えず、なかなか趣味にも時間が回せない。
そんな状態になると思わなかったので
『私が頑張って稼ぐから、彼くんは家で私のこと待ってて!』
なんて言ったこともある。
今はとてもとてもそんな事は言えない。
余力が無くなると機能できなくなる
スマホの例えをある人から聞いた。
充電が30%あれば、まあある程度は何とかできる。
残り1%ではうまく使えなくなってくるけれど
充電すればなんとかなる。
0%になってしまったら使えない。
でも、充電すればなんとかなる。
でも、故障してしまったら
充電しても支えない。
だから、何事も余裕があるうちに手を打っておいた方がいいよ、と。
私は、うつ病になる前に、高度なストレス状態で済んでいるうちに精神科にかかることができた。(良くなっているとは言えないが)
働けなくなる前に、家族に相談できた。
そして、家から出られなくなる前に、転職を始める決意ができた。
最悪の事態になる前に、違う道を探すことができた。
本当に限界を迎えたら、きっと正常な判断ができず、自分が何をしたいのか分からない、できることなんてない、とどんどん悪い方に向かっていたかもしれない。
実際、そうなりかけていたと思う。
でも、私の周りにいる人たちはとても優しく、私の味方をしてくれた。
親は、実家に帰ってきていいと言ってくれている。
恋人は、私の長々と辛い話をいつも聞いてくれる。
転職を応援してくれる、そして一緒に頑張っている友人もいる。
そういう人たちのおかげで、少しずつ、充電をしながら、なんとか転職活動を始めることができた。
努力は裏切らない
と、よく言ったものである。
間違ってはないと思う。
けれど、身も心も壊してまで努力を重ねても、良い結果にはならないと思う。
少なくとも、今は私はそう思いながら、心に余裕をもって生きていきたい。