ムーミン谷の物語、トーベ・ヤンソンの魅力に惹きこまれて「ムーミン展」
ムーミン展 THE ART THE STORY
(東京 森アーツセンターギャラリー)
<展示内容>
・挿絵(ムーミンシリーズ)
・スケッチ(ムーミンシリーズ)
・スケッチ(風刺画)
・ムーミン関連物(広告・カレンダー・カード・壁紙・フィギュアなど)
など
展示数が多く、そのほとんどがムーミンの物語の挿絵やスケッチ、表紙絵です。ムーミンを使用した広告やグッズの展示もされています。その他、トーベの制作した自画像、風刺画などもあります。
小さく細かい緻密な「ムーミン谷」
「ムーミン谷の物語」の作者であるトーベ・ヤンソンは、細い線で小さく細かい絵を書くのが得意な作家のようです。ムーミンやミー、スナフキンといったキャラクターから、風景や建物、静物などのスケッチが展示会場には並べられていましたが、どれも3〜4cm四方の紙面に描かれたものばかりです。
小さなキャンバスの中なのにもかかわらず、とても細い線で緻密に描かれたスケッチや挿絵はトーベのオリジナリティを感じさせ、作品を見る人を引き込む魅力がありました。引き込む魅力というのは、作品が小さいのにもかかわらず緻密なことが原因かもしれません。
小さい絵のために身を乗り出して、よく見ようとしたムーミンの世界は、緻密な線で描き込まれており、乗り出した身がそのまま作品世界へ入ってしまう感覚に陥るのだと考えます。
また、作品が小さい原因としては、トーベは小説を書く行為と、挿絵を描く行為を一人で行なっています。マンガなら絵の中にセリフがきますが、小説ですので、絵はあくまでイメージの補助であり、本文を読んだことによるイメージが脳内にある状態で挿絵を見たとすれば、小さなスケッチで十分だと言えます。
浮世絵のような構図?
トーベの作品には、浮世絵のような構図の挿絵がいくつもあるように思いました。
最初は気のせいかとも思ったのですが、展示の最後のコーナーでヤンソンはアトリエに日本人形や和紙のランプシェードを置いていており、日本文化に興味を持っていたと知ることができました。ジャポニスムの流行期からは50年たった時代ですが、トーベは意識的かまたは無意識的かに影響を受けていたように考えられます。
彩色のない細い線だけの絵の中に、世界観と立体感、雰囲気や空気感を演出するのに浮世絵の構図や遠近法、線の引き方を参考にしたのではないでしょうか?
西洋絵画のオマージュ?
トーベの作品の中で色の付いている絵を見ると、西洋絵画の描き方をオマージュしたものが見られます。
ムーミンのアドベントカレンダーには、まんまるの月が描かれた暗い夜空に、白の点描が打たれており、ゴッホの星月夜のを思わせます。
線の変化、ペンの変化、絵の変化。トーベの模索
トーベの線画は、必ずしもいつも同じ線ではありません。その作品の時代よって、初めはすごく細く緻密な線だったのが、次は細い線で勢いがあり、カスレが出るようなキャラクターの描き方になったり、たまに陰影がつき立体感を表現したりと技法やペンを変えたりしています。
おそらく、作品のテーマや作者の感情、新しい描き方の模索や挑戦が現れた結果ではないでしょうか?浮世絵や西洋絵画のオマージュを行なっているのも、模索のひとつなのかもしれません。
作者の思い出を反映した、引き込まれるストーリー
ムーミン谷の物語の「ムーミンパパ海へいく」に、平和な日常でムーミンパパが家長としての威厳を無くし、パパはそれを取り戻すために家族を無人島に引っ越させるという話があります。
プロローグを聞くだけでは、はちゃめちゃすぎて「ムーミンパパやべえな…」としか思えないのでなんとも言えないですが、これはどうやらトーベと父の深い想い出が影響しているようです。
自分の体験をもとにすることで、リアリティを持たせ、共感を得るストーリーが生まれる。現実の体験をムーミンのいるファンタジー世界のストーリー置き換える。可愛らしいキャラクターに動いてもらうことによって、厳しい内容でもオブラートに包まれ、誰もが楽しく読み進め、考えることができる。
ムーミンの世界の魅力は、可愛らしい挿絵以外に、そういうストーリーにもあると思います。
面白おかしい風刺画で、社会問題についてちょっと考えてみる
トーベはムーミン以外にも様々な作品を作っていますが、その中に風刺画があります。
人が意識を向けたがらない社会問題を、面白おかしい絵に作り変えることでワンクッション置き、問題について考えを向けやすくさせてくれるのが風刺画だと思います。
トーベの風刺画を見て感じだのは、社会問題を文字や会話で議論するのではなく、問題の真実を風刺画という絵に描き表すことで、その絵を見つめるだけで問題について考えをめぐらし、解決への意識を向けることができるということです。
社会問題などを対面で議論するとケンカになってしまい、だんだん論点がずれて問題解決には至らないものです。それを一枚の絵にすることで、みんなでそれを見つめて、何が問題なのか?どう解決すべきか?なぜそんな深刻なのか?に思考を向けることができると考えられます。
作者の魅力が伝わる作品に魅了される。
トーベの生み出した作品には、ムーミンはもちろんのこと風刺画までその世界に入り込めるような魅力が沢山あります。しかし、トーベは「ムーミンのストーリーは子どもたちのために書いたのではなく、自分のために書いた」と言っています。
自身の体験から自分の考えを持ち、悩み、答えを探してメモを残すようにムーミンのストーリーに落とし込んだ。そんな、トーベの個人的魅力が小説や挿絵からは受け取れる。たとえ子ども向けに作ったものではなく、自分のために書いたものだったとしても、トーベが人生で試行錯誤した末が作品には現れていたから多くの人がムーミンに惹かれるのだと思いました。
自分が物を作り出すときも、真摯に向き合い試行錯誤し、その過程が作品をメディアとして見る人に伝わる。魅力が感じられるような作品になればいいと、ふと思います。