愛と真実の灯
今日読み返した一冊の写真集。発行は1983年。慈愛真実ーーと型押しされた追悼写真集の主人公は、仏と言われた商人、ニチイ創業者、西端行雄さんです。
1982年、66歳で逝去された西端さんは、日中戦争で全身27か所を負いながらも生還、退役して教員養成所に学び、小学校の教員となります。戦火が激しくなり、生徒たちと共に赴いた疎開先で、のちに妻となる春枝さんと出逢います。
敗戦後、生きていくために春枝さんと共に行商を始め、最初は高野豆腐やそうめん、やがて衣料品の行商に励みました。地面に店を持ったのは1949年のことです。商業界ゼミナールに参加し、商業界創立者の倉本長治と運命的な出会いを果たしたのが1954年のことでした。
翌年には衣料品としては世界初のセルフサービス方式をたった6坪の店ながら導入、視察に訪れた商人に対して、懇切丁寧にそのノウハウを伝えたといいます。そして1963年には4社合同によりニチイを設立、全国の価値観を同じくする中小企業と合併を果たし、個を生かし全体を生かすという方針を貫き、全国チェーンへと成長していったのでした。
しかし、道半ばにして、戦争時の負傷がもとで他界。ニチイはその後、後任の経営陣によってマイカルと名を変え、多角経営、過剰投資がたたって破綻、イオンに救済、経営統合されたことはご存知のとおりです。西端さんの死から19年後、2001年のことでした。
私の手元の一冊は、西端さんの足跡と功績を記したものでした。型押しされた“慈愛真実”とはどんな意味でしょうか。写真集の冒頭に、こう記されています。
「愛と真実の灯で周囲を照らしていれば、周囲もまた、愛と真実の灯をもって照らしてくれる。それは、商人として、また人間として、何にもかえがたい幸せである。商人の心とは、人の心の美しさにその根源がある。そして人の心の美しさとは、愛と真実の灯を高く掲げお客さまの幸せを願い、その生活をお守りすることである」
その後、マイカルを支援することになったイオンの岡田卓也さん(当時はジャスコ社長)は、写真集に次のような追悼文を寄せています。西端行雄という商人を的確に表現した文章なので、紹介します。
「生前、西端さんがよく口にされた言葉に、『われ必ずしも聖にあらず、かれ必ずしも愚あらず、ともにこれ凡夫のみ』という仏教の教えがある。
偉大な経営者が自らを決して過信しない。むしろ己に対して、厳しすぎるほど厳しい。それは人間としての弱さを悟ることによって、そこに本当の強さが生まれることを知っているからである。その意味で西端さんほど自己を謙虚に見つめておられた方に、私はまだお会いしたことがない。自らの生業を信仰という世界にまで昇華されたのだから、その人間としての広さ、深さは筆舌に尽くしがたい。(中略)
西端さんが心から敬愛してやまなかった詩人、岡田徹先生の姿に、「商売とは、人の心の美しさをだしつくす業、あなたの商人の姿に前だれをかけたみ仏を見たい」とある。商人としての極致を表した素晴らしい言葉だ。西端さん、あなたはまさしく「前だれをかけたみ仏に他なりませんでした」
慈愛と真実の商人、西端行雄ーー彼が貫いた商いの誠を私たちは受け継がなければなりません。
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