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泥棒市場のそれから

ディスカウントストア「ドン・キホーテ」を運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)は先ごろ発表した2024年6月期連結決算で、純利益の最高益を更新。2025年6月期は東証2部上場前を含めて36期連続の増収増益(営業ベース)となる見通しとなりました。「店が運営権限を持つ「個店経営」により総合スーパー(GMS)を再生したのが原動力」と日本経済新聞は報じます。


今回紹介する「商人の本棚」の一冊は、2013年刊行の『情熱商人』。副題を「ドン・キホーテ創業者の革命的小売経営論」とし、“失われた20年”と言われた平成デフレ期に売上高450倍の成長を成し遂げた物語。


先ごろの決算発表会の席上、久しぶりに公の場に現れ、「日本の小売り総販売額のうち、当社のシェアはわずか1.5%にも満たない。我々はこのレベルに安住する気持ちは毛頭ない」と尽きることのない情熱を見せた創業者の安田隆夫さん。その原点を知りたい人にお奨めの一冊です。


昔、小売業のど素人が始めた店がありました。それは1979年、店主30歳のときのこと。店の名前は「泥棒市場」といいました。狭い間口に掲げた看板には4文字程度しか表示できないことから名づけられたといいます。


以来、「死に物狂いでお客さまと対峙した」店主。一人でやっている店だから、陳列補充は閉店後。明かりをつけて作業をしていると、お客さんが「助かった! まだ、やっていますか!」と続々と入ってきます。そんなやりとりから「ナイトマーケット」という新しい市場が生まれました。


小さな店だから、売場は陳列在庫でぎゅうぎゅう。仕方がないから、陳列を創意工夫せざるを得ません。いかに限られたスペースに、多くの在庫を魅力的に陳列するかという試行錯誤から、その店ならではの「圧縮陳列」が生まれました。


そうしたせっかくのノウハウを販売員に教えようにも、店主も大忙し。しかも、教えてもなかなか実践できません。それゆえ、現場担当者に裁量を委ね、成果と責任を分配。今では同社最大の強みである人財を育てる「権限移譲」の始まりです。


そんなハチャメチャな店だから、チェーンストア理論の教科書に書いたような多店舗化とは無縁。それに加えて、それでは同社の強みは発揮できません。しかも、店主は自分の失敗と成功から得た学びを大切にする人。「アンチ・チェーンストア」の企業経営の原点です。


いま、この店はどうなったでしょうか?


2024年6月期の純利益は前の期比34%増の887億円。売上高は8%増の2兆950億円。2兆円の大台を超えたのはセブン&アイ・ホールディングス(HD)、イオン、ファーストリテイリング、ヤマダHDに次いで日本小売業で5社目となります。


営業利益は33%増の1401億円と過去最高となり、5年間で2倍超。2025年6月期までの中期経営計画の目標(1200億円)を1年前倒しで達成しています。ドン・キホーテのディスカウント事業が1.5倍の860億円とけん引しました。


同社の理念は「顧客最優先主義」。あうる意味、それを愚直に追求してきたのが同社です。商人の誠実さは繁盛で証明され、商人の知恵の深さはその利益で測定されます。誠実さと深い智恵を持つ同社の始まりは小さな店でした。


そんな稀有な店を生み出し、育んできた情熱商人がいます。商人の名は安田隆夫。店の名は「ドン・キホーテ」。企業名をパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスといいます。


安田隆夫さんという頂点。独立自尊の気概を持つ売場担当者という現場。ピラミッドは一つ一つの石積みと、それを押さえる頂点の石から成り立ちます。同社もそう。その両方があるから成り立ちます。


私が最も信頼を置く流通ジャーナリスト、月泉博さんによる『情熱商人 ドン・キホーテの革命的小売経営論』。私にとって思い出深く大切な一冊です。

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