お客様の声なき声を聴く
◆今日のお悩み
お客様に長く愛されるような新商品をつくりたいです。でも、なかなかうまくいきません。開発のヒントはありますか?
宮城県仙台市の中心街から南西へ車で約30分、温泉や豊かな自然で知られる秋保地区。「長く愛されるような新商品」というお悩みに向き合ったとき、この人口3800人ほどの過疎のまちにある小さな店を思い出しました。
スーパーマーケット「さいち」には、9時の開店前から多くのお客様が並びます。彼らのお目当ては、1個140円の手づくり「秋保おはぎ」。平日には6000個、週末や祭日には1万個、お彼岸の中日ともなると2万個を売り上げるロングセラー商品です。
「娘が孫を連れて帰省するから、手づくりのおはぎを食べさせてやりたい。でも、私も年だから、自分でつくるのも大変で……。あんたのところでつくってはくれまいか」
始まりは40年ほど前、ある年配女性の常連客からの頼みでした。同店を営む佐藤啓二・澄子夫妻は、これまでおはぎをつくったことも、誰かに教わったこともありませんでした。それでも、お客様の願いにこたえたいと引き受けることにしたのです。
もちろん仙台には、老舗の和菓子屋もあんこ屋も何軒もあります。そこから仕入れることもできるはず。しかし、一から手づくりする道を二人は選びました。直接そう聞いたわけではありませんが、お客様との会話から、母の手づくりの味こそ願いと二人は確信していたからです。
いざ、おはぎづくりに取り掛かると、困難が待ち受けていました。仕入れた小豆の粒がそろっていないと、煮てもすぐに焦げてしまい、使いものになりません。納得いくものができるまで、何度も試作を繰り返しました。当然、資金もかかります。
「後で知ったことですが、澄子専務は経営に負担をかけまいと、自分のへそくりから小豆を購入してお客様の願いにこたえようとしたんですね」と、夫の啓二社長は当時を振り返ります。
1カ月ほどを要して、ようやく納得のいく味が仕上がりました。くだんの女性客は、15個の手づくりおはぎを娘や孫と食べ、「さいちさんに頼んでよかった」と喜んでくれたといいます。
余分にできたおはぎを店頭に並べたところ、すぐに売り切れれました。その後もおはぎを求める声は絶えず、やがて定番商品となり、今日の人気を得るところとなりました。
「とにかく良い物を造る。拡売、利益はその後必ずやってきます」
これはさいちの事務室に貼られた啓二社長から社員へのメッセージであり、お客様への約束です。しかし、発売当初、何人かのお客様から「さいちのおはぎは甘くない。砂糖をケチっているんじゃないか」と言われたといいます。
しかし、佐藤夫妻はおはぎの味を変えませんでした。お客様が本当に望んでいることを、最初に注文してくれたお客様との会話からつかんでいたからです。
その代わり、甘さを望むお客様のために、おはぎ売場に持ち帰り自由の砂糖の小袋を置いたのです。当初は、持ち帰るお客様もいましたが徐々に減り、いつしか誰も持ち帰らなくなりました。
おはぎも、今では和菓子店はもちろん、スーパー、コンビニなどあらゆる店で販売されています。しかし、さいちのおはぎは時を経るごとに販売個数を伸ばし続けています。お客様の声なき声を聴き続けているからなのです。佐藤ご夫妻亡き後も、事業承継したご子息も「良い物を造る」という教えを忠実に守り、毎日食べても飽きず、家庭以上の家庭の味をめざしています。
顧客にもっと近づきなさい。
彼らがまだ気づいていない
ニーズを語れるほどに
密着したとき道は拓く
※この投稿は、東海道・山陽新幹線のグリーン車でおなじみのビジネスオピニオン月刊誌「Wedge」の連載「商いのレッスン」を加筆変更してお届けしています。毎号、興味深い特集が組まれていますので、ぜひお読みいただけると幸いです。また、オンラインメディア「Wedge ONLINE」でもお読みいただけます。