命を救う一冊
月曜日から恐縮ですが、現実を申し上げます。この8月の自殺者数は1849人。前年同月比246人、率にして15.3%も増加しました。このうち、男性は60人増えて1199人、女性はなんと186人増えて650人となっています。危機は弱い立場の者に容赦ありません。
一方、コロナ禍において増え続けているものとして、倒産件数と失業者数も挙げなければなりません。これらに関連性なしと否定できる材料は見つからない中、今後さらに増加することのないよう念じるばかりです。
新刊『続・こうして店は潰れた』は、倒産により死の淵まで行き、その底を覗いてきた一人の商人の物語。同じく倒産により前著が絶版になりながらも大幅増補改訂して再生した一冊の価値は今、さらに高まりつづけています。このコラムは、前著編集者である私の新著への応援歌です。
倒産の反響は
予想外のものだった
2017年12月6日は、発売以来大きな反響を呼び続ける倒産ドキュメンタリー『続・こうして店は潰れた』の著者、小林久さんが突然の危機に足をすくわれた日。105年続いてきた山梨・韮崎市の老舗スーパーマーケット「やまと」が突然倒産せざるを得なくなったのはクリスマス商戦の最中のことでした。
その詳細は本書に譲りますが、倒産に直面した経営者の多くが夜逃げや蒸発、さらには自ら命を絶つという選択をする中、小林さんは違いました。すぐさま残務処理を従業員と共に行い、彼・彼女らの再就職をあっ旋に尽力。
そして債権者の追及から逃げず、水道光熱が途絶えた事務所に毅然とした留まりました。どんな叱責を浴びても、しっかりと受け止めようと……。さらに生きてきた記録を、後に同じ境遇で苦しむ人たちの参考になればとキーボードを叩き続けました。それが本書の出発点です。
倒産への反響は覚悟していたものとは違いました。「私はやまとさんが閉店してしまうことが悔しいです。これまでお年寄りのために頑張ってきた会社が潰れてしまうなんて悲しいです」とは、倒産の夜、いちばんに駆けつけてきた地元紙の女性記者。彼女は取材の途中でこう言いながら、ポロポロと涙を流したそうです。
彼女が書いた記事が地元紙の一面トップを飾ると、次にはテレビの取材が津波のように押し寄せました。その一つひとつに小林さんは丁寧に答えました。新聞、テレビいずれの報道も、これまでやまとが移動スーパーをはじめ地域の暮らしに貢献してきたことに触れ、その倒産を惜しむ内容ばかりだったのです。そして、こうした反応は地元の生活者はもちろん、被害者であるはずの債権者のほとんども同じでした。
こうして
本書は生まれた
以前にお会いしてから、いつかは取材をさせていただきたいと願っていた小林さんが社長を務めるやまとの倒産をニュースで知り、ただただ気をもんでいると、年明けに彼からメールをもらいました。そこには「時間がかかっても逃げずに対応して、必ず戻ってくるつもりです」と書かれていたのです。私はそこに彼の経営者としての、いえ、人間としての誠実さを見たのでした。
その後、当時担当していた雑誌「商業界」の取材で再会し、彼の実践と挫折を特集記事として掲載。さらに掲載号の表紙に、小林さんをキャラクター化した「やまとマン」に登場してもらいました。それは私が編集長として編集制作した最後の号でした。その表紙を小林さんに飾っていただいたことは私の密かな誇りでもあります。
2018年8月に刊行された小林さんによる書き下ろしの前作『こうして店は潰れた』は、こんなやりとりを経て誕生しました。お預かりした原稿を読みはじめると、その筆致の巧みさと迫力の内容にみるみると引き込まれていったことを今も覚えています。私が本書でやったのは、タイトルを付け、本文に小見出しを付け、章立てを整える程度のことでした。それほどまでに内容は手を加える必要のないほど完成され、当事者だけしか表現できないリアリティに満ちていました。
経験者が経営者に
元気と勇気を伝える
世の中には著名な経営者によるサクセスストーリーは掃いて捨てるほどあれど、倒産した経営者がその顛末をつまびらかに明かした本などほとんどありません。しかし、小林さんの本には真実がありました。その真摯さが共感を呼び、本書は異例の増刷を重ね、いまも多くの読者を獲得し続けています。
その後、版元「商業界」の倒産により前作は絶版。 しかし、倒産直後から今日までのリアルを追加して同文舘出版から再刊行されたことはご存知のとおりです。この座礁により新作はさらにバージョンアップして生まれ変わることができたのです。
いま、小林さんはご自身の経験を「講演」という形でも伝えています。己の経験を、同じ境遇に陥りかねない経営者に役立ててもらおうと語り部として活動しているのです。
講演は毎回、涙あり笑いあり、そして感動あり学びありという反響を参加者からいただいています。本書の内容をよく知り、小林さんの講演を何度も聴いている私ですら、聴くたびに涙し笑い、共感と学びを得ています。
あなたの近くに、厳しい経営に悩む経営者はいませんか? そして、あなた自身はいかがですか? 私はお薦めします。思い当たるなら、ぜひ小林さんの講演を聴いてみてください。いえ、あなたが企画してください。きっと元気と明日への活力を得ることができるでしょう。
ご関心をお持ちいただいた方は、ご連絡をください。承った上で小林さんに紹介させていただきます。
乗り越えた者だから
語れる代えがたい教訓
このコラムは「月曜日」という書き出しで始めました。そこにはこんな理由があります。
「月曜日」
「午前5~6時台」
「3月」
厚生労働省の統計によると、上記の3要素、つまり年度末の週初めの早朝が最も自殺者数が多いそうです。
また、日本の自殺の実態として特徴的なのは、自殺者の7割以上を男性が占め、なかでも45~64歳の中高年層で男性の自殺者の約4割を占めている点です。職業別では「自営業者」が急増していることも見逃すことができません。こうした悲劇をつくらないためにも、小林さんの経験は代えがたい価値を持っているのです。
小林さんは本書の中で次のように記しています。「経営者としては失格だった私が、この業界へ“遺言”を記しておこうと決めた。私ができなかった地域への恩返しを誰かに、同じ過ちを繰り返さないように託したいと思った。逆境や絶望からよみがえった体験談ならいざ知らず、挫折した人間の思いかもしれない。ただ、そこにはいくばくかの真実もある」。新作『続・こうして店は潰れた』は、コロナ禍により倒産が続出する今こそ“命を救う一冊”として読まれるべきなのです。