三代目の百年戦略
石川県金沢市の持ち帰り寿司製造販売業の芝寿しは1958年創業。代表商品の「笹寿し」は、北陸三県だけでも年間1100万個以上を製造する金沢のソウルフードです。初代から受け継がれる創業の精神「店はお客様のためにある」を追求する三代目の梶谷真康さんの挑戦は続きます。
継ぐ覚悟を決めた修業経験
「なんとか家業から逃げられないかと思っていました」
こう話を切り出したのは、芝寿し代表取締役社長となって9期目を迎える三代目の真康さん。創業者・忠司さんの孫として、二代目の父・晋弘さんの長男として1978年に生まれ、物心つくころから三代目として育てられてきました。しかし、中学校から大学まで親元を離れて暮らす中で、家業を継ぐ息苦しさを感じたこともあったといいます。
3年で家業に戻る約束を父と交わしていた彼が選んだ就職先は、惣菜・弁当の製造販売のオリジン東秀。拡大する中食業界にあって急成長中の企業でした。「料理人になりたいと思っていた」と自らの意思で入社すると、1年目から店長として現場を任されました。
「店長風を吹かした生意気な新米でした」と自身を振り返りますが、人生経験豊富な年配パート社員に揉まれる中でリーダーとしての心構えを学んでいきます。そして、食を通じてお客様に喜んでいただくことのやりがいを覚える経験を積み、家業を継ぐ覚悟が固まっていきました。
25歳、金沢へ帰ってきた日の深夜、静まり返った工場に立ち寄ったときのこと。いつの日かこの会社を継ぐことになると怖さまじりに思った夜を、今も昨日のことのように思い出すといいます。父がそうしたように、寿司づくりで最も大切な仕事である飯炊きから第一歩を踏み出ました。
受け継がれる「創造と挑戦」の志
「父とはぶつかってばかりいました」
二代目は創業者の志を継ぎ、北陸を代表する地域一流一番店に育てた名経営者です。三代目の「やることなすことすべてが不安に思えたのだと、今ならわかります」と真康さんはいいます。
それでも二代目は、お客様、従業員、地域社会の「三方善し」という経営目的を伝え、模範を示し続けました。三代目も、試行錯誤を繰り返しながらも挑戦をやめませんでした。その不諦の姿勢の根底には、おいしさを一筋に追求してきた創業者の「創造と挑戦」の志が脈々と流れています。
35歳、真康さんは代表取締役社長に就任。5年後の2019年に二代目は役員も退任し、経営のバトンは父から子へと引き継がれた直後、新型コロナウイルス感染症が世界を襲いました。あらゆる行事が中止され、ハレの日の需要が過半を占める芝寿しは売上が半減。未曾有の危機に、父からは「現場に戻ることもやぶさかではない」と告げられましたが、真康さんは迷うことなく「その必要はありません。社員と共に乗りきります」と応え、託された覚悟を示しました。
危機を成長の機会へと生かす
真っ先にコロナ感染予防に着手すると共に、業務内容を見直すことで経費をスリム化。赤字幅を極力抑えると同時に、売り上げ回復に邁進していきます。
移動販売やドライブスルー販売など新しい営業に取り組む一方、スーパーマーケットなど新たな販売代理店を拡充。さらに、女性社員チームによる健康志向の新弁当ブランド「芝ナチュラル」を発売。30代女性が一日に必要な摂取カロリーの3分の1に抑えられており、新たな顧客ニーズに応えています。
こうしてコロナ禍3年目には過去最高売り上げを記録。全社員一丸となって危機を乗り越えたのです。「すべての打ち手が成功するわけではありませんが、構いません。社員さんと共に成長しながら、お客様に感動していただけるようなおいしさを目指します。お客様満足は社員さんの物心両面の幸福があってこそ実現できますから」と、真康さんは人材育成こそ経営者の役割といいます。
現在、今後の市場拡大が有望視される冷凍寿しの改良に取り組み、海外を視野に入れた市場開拓を加速。金沢伝統の味を次世代につなぎ、寿司の未来を切り拓く挑戦である。「芝寿しを育ててくれた北陸三県で愛され続けるためにも、不断の革新が欠かせない」と、百年戦略を語ります。
「古くして古きもの滅ぶ。新しくして新しきものまた滅ぶ。古くして新しきもののみ永遠不滅」とは創業者の座右の銘。伝統という「古きもの」を守るために、革新という「新しきもの」への挑戦をやめません。創業者の思いは三代目へと受け継がれているのです。