一隅を照らそう
自分という一個の生命体がこの世にあるのは、それ以前に命をつないできた祖先が居たからこそにほかなりません。商店であれば、その営みの途中にあることに、ただただ感謝することから、繁昌は始まります。
代々続く商店なら、その起こりを知り、その営みに感謝することが大切だと思うのです。戦後、夫・西端行雄さんとともに行商から商いを起こし、初めて店を構えたのは1坪半という商人、西端春枝さんへのインタビューで感じたことです。
その後、衣料品店としては日本で初めてとなるセルフサービス店をわずか6坪で開業したとき、西端夫妻はこう考えました。「150万の日本の商店のために何としても成功させる」。そこには自店の儲けよりも、生活者の暮らしをより豊かにしたいという願いがありました。
「一隅を照らす」
この言葉は、最澄の遺したものと言われています。その著『山家学生式』は、最澄が天台宗を開かれるに当たり、人々を幸せへと導くために「一隅を照らす国宝的人材」を養成したいと著したもの。
「国宝とは何物ぞ、宝とは道心なり」
「道心の中に衣食あり、衣食の中に道心なし」
「径寸十枚これ国宝にあらず、一隅を照らすこれ則ち国宝なり」
径寸とは金銀財宝のことで、一隅とは今あなたのいるその場所のこと。お金や財宝は国の宝ではなく、家庭や職場など、自分自身が置かれたその場所で、精いっぱい努力し、明るく光り輝くことのできる人こそ、何物にも替えがたい貴い国の宝と最長は言いました。
一人ひとりがそれぞれの持ち場で全力を尽くすことによって、社会全体が明るく照らされていく。自分のためばかりではなく、人の幸せ、みんなの幸せ求めていく。「人の心の痛みがわかる人」「人の喜びが素直に喜べる人」「人に対して優しさや思いやりがもてる心豊かな人」こそ国の宝というのです。
この言葉は、彼女が愛する夫、故・西端行雄さんが大切にし、生涯をかけて追求したものでした。商人とはまさに、一隅を照らす存在。今日、店のシャッターを開けるとき、今日もみせを開けることへの感謝から始めましょう。
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