写真を味わう時間
皆さんは写真を見返すことがあるだろうか。カメラがデジタルになり、スマホに変わって無限に写真が撮れるようになると、「とりあえず撮っておく」というような事が多くなり、気が付けば撮ったはいいが一度も見ていないような写真もたくさんあるのではないだろうか。運よくSNSにでも上げられたなら、1回くらい見るかもしれないが、増水したデジタルの川によって、すぐに海へと流されていってしまう。
未だにフィルムを使って写真を撮ったりしている自分でも、写真をプリントして見るという事がめっきり少なくなってしまった。今の高画質なデジカメデータからプリントすれば、とても鮮やかな写真ができるし、フォトブックなんかも手軽に作れるようになったというのに。昔なら記念に撮った写真はプリントしてあげるなんて事がよくあったが、今はLINEで送るか、SNSに上げておくんで見てください、というような感じになってしまう。プリントなら同じ写真を見て「アホやな~」って笑うことができるが、いいねだけじゃあまり伝わらないよね。
まぁ昔にしても、大量のボツ写真を積み上げていた事に変わりはないのだが、ちょっと気に入った写真なんかが撮れてしまったりすると、暗室で焼いてスケッチブックに貼り付けていた。そんな写真はそれほど人に見てもらう機会もないが、時々自分で眺めるのもいいものだった。今ならスキャンをしてスマホで見るという事になる。有機ELの画面はきれいだし、いつでも好きな時に見れるし、それはそれでいいのだがどうも印象が薄い。
試しに古い安タブレットに写真を入れてみた。このタブレットはフチも広いし解像度も低いが、意外にいいと感じた。写真が大きいのがいいのだろうか。いや大きさだけ言ったらパソコンの画面の方がよっぽど大きい。この7インチタブレットに写真を表示するとタテヨコ90x130mmくらいになる。これはまさにL判の大きさだ。そのサイズ感が絶妙なのかもしれないな。
いつか、焼酎のお湯割りを飲みながら、青臭い写真を印画紙に焼き付ける・・・そんな贅沢な日が来ることを夢見て、納戸の中に引伸ばし機を捨てずに残してある。
いつ撮ったのかも、はっきりとした場所も思い出せない写真。ワンピースの少女が写っているわけでもなく、エメラルドの海が写っているわけでもない写真。でもなんとなく、ずっと眺めていられる写真。