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就農備忘録 #2 農業への興味
ダメなやつとダメなやつの飲み会で
彼の名は深井。
高校の同級生だ。ダメなやつはダメなやつと引かれ合う。スタンド使いのように。
深井も大学卒業後に清掃関係の会社に就職をし、すぐに全身に蕁麻疹が出て辞めた。転職をして東京で数年働いていた。
しかしなぜか辞めて大阪へ帰って来たと言う。
飲みに行くことになり居酒屋で詳細を聞いた。
友達3人で共同でバーのような飲食店をやることになったそう。
友達の2人はフリーターだったようですぐに準備にかかったそうで、深井は会社へ辞表を出した。
受理されて3ヶ月後に退職が決まった。
そして、3ヶ月が経って大阪へ帰ってくると先にスタートしていたお店はもう無かったのだそう。うまくいかず撤退したそうで、深井はただ職を失い実家に帰ってきただけの男になった。
僕は以前から深井のことをサラリーマンに向いていないと思っていた。
独特の感性と、無言の目力と、得体の知れなさ。営業に来られたら怖い。
何も考えていなさそうで変な角度から物事を見てて、変なものに興味を示す。
例えばサラリーマン時代に後輩を連れて営業車で外回りしている時に、助手席に座っていた深井は粗大ゴミ置き場を見つけると、
「停めてー!」と叫ぶ。ゴミ置き場からアコースティックギターを拾ってニコニコと車に積み込んだらしい。
たぶん後輩はビックリしたと思う。
なんで?
仕事中よ。
どうやって持って帰るの?
欲しかったの?
深井に音楽経験は、ない。
普通では脈略が想像できないのだ。深井はよく突飛な行動をする。
居酒屋での話に戻すと、
これからどうするかを話し合った。
僕自身は自分の不甲斐なさにズタボロの精神状態でこれからどうしていいのかわからない。
深井ももう今更就職活動できる気がしない。
この時お互い28歳
深井は自給自足的な生活ができないかと言った。大阪で生まれ育って、東京で生活してたやつがそんなことできるか?
車はいらんの?テレビやパソコンは?服や趣味は?
お金無しで自分を満足させられるかい?
深井は天井を見上げて、嫌だ!と言い放った。すぐに前言撤回。
そして僕はしばらく考えて、
「自給自足は無理でも、農業ならできるんちゃうか?」
この発言から妄想が花開いた。
いくら農業がキツイ仕事といっても60代70代のご老人ができるんだから僕らにできないことはないだろう!
若者がいないという噂が少し漏れ聞こえ始めていた頃なので、僕らが今から始めたら10年後くらいには周りに誰もいなくて一人勝ちのイージーモード!
まがいなりにもお互い営業職をしてきたのでこれまで会社で販売してきた売りづらいモノに比べて農産物の販売くらい簡単簡単!
そうだ!農業やろう!今まで周りでそんなこと言ってるやつも見たことない!俺たちイケてるんちゃう!?
3Kだ!俺たちの3Kは新しい3Kだ。
かっこよく
快適に
金儲け
辛いことはしたくないので、しゃがんで腰にくる作業は嫌。野菜はやめとこう。快適に作業ができて、職人技を身に付けた方がかっこいいので、果樹にしょう。ブドウだな。単価も高いし金儲けできるな。
というような妄想でお互いの未来は明るいことになった。お酒も進んで久々に楽しい呑みの場だった。
帰り際に、いくら何でも無知すぎるので一冊は何か農業の本を読もうと約束をした。お互いそれぞれ情報収集をしてまた集まろうと言ってお開きにした。
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偶然の一致
僕はすぐに本屋へ行った。農業関係の棚なんて見たことがない。
いろいろ技術的な物や図鑑的な物などあった。はじめての○○みたいなのもたくさんあったように思う。
そこで平置きされているドンピシャな本を見つけた!
「農で起業する!~脱サラ農業のススメ~」杉山経昌著
帯には週休4日悠々自適と書いてあった。脱サラ新規就農でぶどう農家。こんなぴったりの本に出合えるなんて!
運命だと思った。まさに目指していることをやってる人がいる!
その隣に同じ著者の「農で起業する実践編」というものもあった。
パラパラ読むと確かに実践編。これは後編だな。
まずは前編、どうやって農業で起業するかを勉強しようと思った。
むちゃくちゃ面白かった!俄然農業に興味を持った。
楽しそうだし、しっかり稼げるし、なんせ週休4日!どの会社よりええやん!
興奮冷めやらぬ鼻息が荒いままに深井に電話した。
すごい本を読んだ!これを読めばお前も本気になるぞ!貸してやるから読め!どうせお前はなんも行動起こしてないんやろ!?
捲くし立てるように話した。
すると深井が、
まてまて!俺も一冊読んだわ!俺の方がおもろい本見つけたわ。貸したるから読め!脱サラでぶどう農家してはる人や。
ん?脱サラぶどう農家?同じ本?すごい偶然!お前も読んだか!?杉山さん!?
なんと同じ人の本を読んでお互い興奮していたのである。
軽く印象に残ったエピソードを話していると、
そうそう!と盛り上がる。
そうそう!すごいよな!
え?あーそうそう!え?
いや、そんなん書いてなかった、あーその話ねそうそう!
え?いや知らんな、ん?そんなん書いてない。
え?なに?知らんな、...。
お前何の本読んだ?ほんまに杉山さん?
深井はなぜか「実践編」を読んでいた。僕が後編と思っていた実践編をあえて選んで読んでいた。なぜ農業のノの字も知らないお前が実践編から読むのか。
結果、貸し合いっこをしてよかったのだが、深井の行動は読めないのである。
次回へつづく