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私たちにできなかったこと。

「その人にとっての最後の女になれれば良いって言いたいわけじゃないの。人生の最後に思い出してもらえるような、あなたも最後に思い出すような、そんな瞬間を共有できる相手をみつけたほうがいいと思うの」

的を得たアドバイスはいつも予想外のタイミングで飛んでくるから苦手だ。家具の角に足の小指をぶつけたときくらい嫌で、油断してるときに弾ける静電気くらい好きになれない。

それでも背中を押してほしいとき、人ではない何かに寄り添ってほしいとき、占いのようなものはきっと手を差し伸べてくれるのだと思う。

そんなことを昔聞いたことがある。いま私の目の前にいる女性から。昔趣味で占いをやっていたけど今はもう辞めたらしい。

彼女と会って話すのは4年ぶりになる。

2杯目のビールが運ばれてきて、さっきしたばかりの乾杯をもう一度してみる。グラスから口を離した彼女が煙草に火をつけながら聞いた。

「それで、どんだけいい男だったの?その人」

身勝手に熱を持ち続けた関係が終わってから暫く経つ。あの人はいま誰を想っているのだろうかなんて、煙草の匂いのした接吻の歌みたいなことは考えないようにしている。雪が降らない東京の寒さが頭を冷やしてくれたのだと思う。

一通り私が話し終えると、彼女が占いの話をはじめた。


彼女が占いにハマりはじめたのは、元旦那の浮気が家庭に浸透し始める少し前だった。その時から何かしらの違和感が線になりつつあったのかもしれない。なにかに助けを求めたかったのかもしれない。私はそのとき海外で働いていたこともあって、文字か電話で何気ない会話に近状を織り交ぜるくらいしか出来なかった。

親権を手放した後の彼女は、行き場を失った感情を実家へと向けてしまった。そこから崩れていくのはあっという間だったらしい。

あの時期、未知の感染症がなければもっと遠くに行けて頭を冷やせたかもしれない。そう言って空に吐いた煙草の煙が小刻みに震えていた。


彼女のはじまりは略奪婚だった。私の片想いも目的地は同じだったのだと思う。それがいつか自分に返ってくることが織り込み済みであっても。



「最後に思い出すような、そんな瞬間を共有できる相手をみつけたほうがいいと思うの」

間違っていても進んでしまうことがある。生き急げば幸せになれると思っているから。東京にいると尚更そう思わされる。


「それで、そんな瞬間ていうのは何気ない日に起きたりするの」

私たちではどうにもできない瞬間によって人生は色づけられていく。


「その時が来るまで、今はわがままなくらい―」

選択肢はたくさんあっても、できることなんて限られているのだ。


「待ちましょう」

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