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きわダイアローグ06 安枝裕司×向井知子 2/2

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2. 響灘ビオトープという実験場


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向井:響灘ビオトープの館内でも来館者の方たちが撮られている写真を投影されていますよね。それから、ライブの映像も流されているそうですが……。

安枝:そうです。屋根の上に付いているカメラでビオトープ内のライブ映像が展示施設の中で見られます。

向井:個人的には、雨のビオトープも幻想的だなと思いました。安枝さんは、どんなときに自然を感じられますか?

安枝:厳しいときですね。ものすごく暑いときや、ものすごく寒いとき、風が強いとき。自然に対して気持ちがいいなあと思うときもありますが、厳しい条件のなかのほうがより自然だなと思いますね。

向井:ここはすごく稀有な場所だと思うんです。都市部にこんな近いところで、勝手に自然が生きている姿と、人間が一生懸命切磋琢磨しているテクノロジーの風景が混在して、一つの風景になっている。実際に撮影させていただいたときも、草が揺れているうしろに風車が回っていて、両方風を感じました。それは、理屈ではなく直感的に、何かを感じる風景だと思いました。

安枝:自然環境が豊かな場所というのは、地方に行けばあるものです。でも、大きなビオトープの周辺にリサイクルプラントがあって、大きな風車があって……。それぞれが同じ空間で見られるという、このような風景はなかなかないですよね。自然というものは、放っておくと生物多様性が損失したり、自然災害の原因になったりするんです。でも、このビオトープは埋立地に自然環境が復元し、草原・湿地の状態を人が管理しています。生き物の中には、草原や湿地といったところを好んで生息する種もたくさんいます。森林管理だけではなく、草原や湿地も守っていく、手を入れるということも大切だなと感じています。ここはあまり樹木がないので、日陰もありません。夏場など、人間にとっては暑くて散歩をするのにも適さないような場所です。ただ、人間にとってはそうかもしれないですが、草原や湿地を好んで、わざわざ来てくれる生き物たちがいる。そういう自然環境を守るには、今の技術では人が手を入れるしかないという状況なんです。草原や湿地を守っていく、ここにしかない環境を維持するには、手を入れていくことは大切だと感じていますね。

埋立地にビオトープの草むらが広がる

向井:ただ野放しにしていているだけでは、自然というものは保たれないんですね。手のかけ方の頻度やバランス、塩梅があるということがとても大事なお話のような気がします。かけすぎてもうまくいかないし、折り合いってことがすごく重要だと思います。新型コロナウイルスについてもそうですが、見えないものに対して人間って恐怖を持ちます。そういう世界のなかでは、折り合いをつけるための感受性みたいなものが、すごく大切になっているんじゃないかと感じています。コロナについて0か1かはっきりしろという考え方ではなくて、もうちょっと自然を感受性として感じられるようになる。実際に、この響灘ビオトープに関わっていらっしゃる方たちが、自分の五感で、塩梅を感じながら管理されているのには、とても感銘を受けますね。

ビオトープ内の池に草むらにはさまざまな生き物が生息する

安枝:このビオトープにも、絶滅危惧種に分類されている生き物が複数います。異なる種類の絶滅危惧種が、近接して棲んでいたりもします。Aの生き物にとっては、この時期手を入れたほうがいいけれど、Bの生き物にとってはこの時期のほうがいいなど、わたしたちが手を入れるべき・入れられる時期というのは、生物それぞれの生態系によって当然違います。手を入れる時期や手法について、ベストの答えがあるわけではないので、専門家の方々のご意見を聞きながら管理をしています。人間が考えているとおりに、生き物は暮らすわけではありません。環境問題が多様化したり、気候変動なども生じたりしているなかで、人間の知恵で何をしたらいいのか、本当にこんなことをしていいのかとさえ感じるくらい、難しさを実感しています。

向井:繁殖についても難しいそうですね。

安枝:良かれと思ってやっていても、思ったとおりにいかないことのほうが多いですね。そうじゃないところで、生き物たちは一生懸命生きているんです。

向井:ここは共生の実験場であるべきだとスタッフの方がおっしゃっていて、すごいなと思いました。そういうことをできる場所はほかにあまりないはずなので、それがこの園の使命じゃないかと。それもすごく大切だと思います。日本でそういうことを理念としてやられている場所って少ない気がするんですね。

安枝:新たな取り組みについては即効的な成果を求められがちですが、生き物の場合、成果が見えるものばかりでなく、見えづらかったり、出現が遅れたりするものもあります。今までやっていないようなことはどうなのかと、新しい取り組みを始めるのに対して、躊躇していた時期もあったんですね。

向井:スタッフの方のお一人が、高校生のときからこのビオトープに調査にいらっしゃっていて、日常の延長で感じるものがあったから、この職に就きたかったとおっしゃっていたんですね。それは大切な好奇心だと思いました。エコタウンや産業、市などが一緒になって行なっている特殊な場所性は、その世代の方たちが生まれたときから環境のなかにそういうものがあって、それに対して興味を持たれたわけです。それはとても大切なことですし、ただの都市部ではあまりできないことだと思いました。安枝さんもそれで移られて、根付かれたのではないでしょうか。もともとは建築をやられていたのに、別の使命を見つけられて、ここに来られているというのは、大変面白いですね。

安枝:実は、わたしは京都の出身で、実家が西陣織の職人だったんです。今から思えば帯の職人は無理だとしても、伝統工芸や故郷の文化に関わるようなことをしておいたらよかったなと思います。進路を決める高校生くらいの当時は、西陣織など伝統産業が衰退気味で、京都の産業も街の様子もどんどん変化している時代でした。今は改めて伝統に回帰する状況が見られますね。北九州市のことでいえば、北九州市で生まれ育った人が働きたいという人は結構いるなと感じています。ただ、仕事や職場がないと、思いだけでは生活はできないので、やむなく市外に出てしまう人が多いのではないでしょうか。最近では、TOTOやゼンリンといった全国規模の企業が北九州に本社を置いてはいるのですが、そんな企業に就職しても気づいたら東京で勤務しているという人が多いと思います。

向井:なるほど。本当は北九州市で働きたい、地元に貢献したいという方が多くいらっしゃるってことですね。北九州市で取材をするなかで、働いている方たちが自分の仕事を誇りに思い、使命感を持って働いているのをとても感じました。なかなか自分の道を見つけられない若者が今多いなかで珍しいですよね。
きわプロジェクトでも、テクノロジーだけ、自然だけというわけではなく、社会の複合的なものごとの関わりに、自分たちの身近な感覚をどうやったら直観的につなげられるのかを考えています。公演形式だけではアクセスできない観客層がいると思うので、もうちょっと開いた形ということでワークショップを企画したり。それから、有識者の方との対談を収録して、少しずつ公開も始めています。プロジェクトとして着地点があるのではなくて、立場の違う人が、一緒考えて話をしていくと、そこに共通の思いが際立ってくることもあります。そういうことをプロジェクトとして大切にしています。安枝さんとは立場は違っていても、「自然環境系ではない人とやってみたい」とおっしゃってくださったような、分野を超えた思いみたいなものが、プロジェクト全体を通して見えてくるといいなと思っています。

安枝:精力的な活動をされているんですね。響灘ビオトープのような施設に何もPRしなくてもいらっしゃる方っていうのは、自然や環境に対してある程度、意識が高かったり、関心があったりする方が多いと思います。でも、社会のなかでは、環境や自然にあまり興味がない方のほうが圧倒的に多いのではないかと思います。北九州の豊かな自然や生物多様性の大切さを伝えるためには、そのような方々へのアプローチが、最大の課題だと思っています。関心のない人たちに「生き物って大切ですよね」って言ったところで、頭では理解できても、じゃあどうしたらいいのとなってしまう。生活のなかでの環境行動がわかりづらい状況で、アプローチの手法をいろいろと工夫しないと伝わらないなと感じています。直接、大切なことを伝えるのは当然ですが、それに加えて、間接的にレジャーや遊び、趣味など、関心のある分野での体験をとおして、「そうだったんだ!」と気づくようなことを仕掛けていきたいと思っています。そういったツールとして、スポーツや、芸術や音楽といったものも考えられるのかもしれないなと。わたしたちがここの運営をし始めたのは去年からで、わたし自身はまだ1年半くらいの経験なのですが、基本的な運営方針を尊重しながらも、新しいことをしていきたい。このコロナ禍ではありますが、そのなかでも響灘ビオトープに実際に足を運んでいただいて、見るだけでなく、いろいろな体験をしていただく企画も仕込んでいこうかなと思っています。向井さんがつくられた作品を通して言うならば、芸術には興味があるものの、自然への関心が及んでいないというような方にも、身近な自然が今どうなっているのか、生活との関係を考えるきっかけになればいいなと思っています。

向井:もし一緒に何かを協働できることがあれば、とても嬉しいです。アートの世界は狭いですから、そこばかりではない、違う人たちに見てほしいですね。

安枝:わたしたちの思いと一緒ですね。

ビオトープの池には橋が渡され、来館者がさまざまな方向から観察することができる

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