馴染みのバーがある
やがて7年か8年になろうかという馴染みのバーがある。雰囲気のあるオーセンティックバーだ。馴染みと言っても今では年に4、5回顔出せればいい。
そこへは、逃避行だったり、大学の週末講義に出たついでだったり、ひとに会いに来たりしていた。
近くには居候するにちょうどいい一人暮らしの娘宅があった。
その都度、そのひととそのバーに行った。
本来が下戸なのでアルコールどころかバーの世界なんて全く知らずに生きてきた。
いつも、そのひとは私のためにアルコール少なめのフルーツカクテルを頼み、自分は火を吹くような強い酒を品よく嗜んでいた。
ふたりで今を楽しむ他愛ない話に花が咲いた。
時折マスターが絡んでくれ、じきに私のファーストネームも覚えてくれた。
誕生日前後に行くと小さなケーキを用意してくれたり、他の客の頃合いを見計らって上手いことカウンターの端の席をふたつ確保してくれたりした。
その気遣いと贔屓は、そのひとの品のある振る舞いとステイタスが導いてくれたのだと思う。
コロナ禍での遠慮も有り、私とその人の足はしばらく遠のいていた。
今年の春に機会を得て2年ぶりに顔を出した。
積もる話の前に、さて、今夜のカクテルは…と旬のフルーツをマスターに選んでもらうのだが「キーウィはNGでしたよね」とキーウィにアレルギーのあることを覚えていてくれたのには驚いた。
覚えててくれたことがとても嬉しくていい気分で酔った。
客商売だからね…と言えばそれまでだが。
それならそれでプロ中のプロだ。
というわけで、今宵もそのバーにそのひとと来た。私はパイナップルのカクテルを、そのひとはブルックラディを楽しんだ。