【オリジナル小説】死にたかった私と余命2週間だった彼女
目が覚めた。
一瞬何が起きているのか分からなかった。
でも、すぐにこの状況が理解出来た。
それと同時に、彼女のことが頭にポンと浮かんだ。
慌てて隣に目をやると、まだ静かに眠っている彼女がいる。
よかった
これからも2人でいられるんだね
綺麗な彼岸花やかすみ草がたくさん咲き誇って、私たちを囲んでいる。
周りを見上げると、わたあめのような白いもくもくが浮かび、お月様のような卵色の光が私たちをほのかに照らしている。
彼女と今すぐにでも話したいという気持ちを抑えつつ、もう少しだけ新たな場所での1人の時間を味わうことにした。
私は学校の屋上で、土で汚れた靴を脱ぎ、身長よりも少し低い手すりの近くに置いた。
私なんかが生まれてきてごめんなさい
その一文を、家族に、クラスメイトに、その他の誰かに伝えたくて、書き殴った紙を脱いだ靴の横に添える。
「いじめはずっとは続かない」とよく言われるけど、いじめられたのが1日きりだったとしても、生まれて来なければよかったと思うくらい苦しい。
「あなたのためを思って勉強させているの」と耳にタコができるくらい親に言われ続けているものの、私の脳みそが残念ながら欠陥品で、親の期待に応えられない日々が続くと、生まれてきてごめんなさいと毎日心の中で唱えるくらい辛い。
目の前の手すりにつかまり、ひょいと手すりの上に座る。
今だ…!
手すりから手を離そうとしたその瞬間、冷えきった私の体全体に温もりが走った。
それは、さっき靴と謝罪文を書いた紙を置いた屋上の地面に私を引きずり下ろした。
驚いて後ろを振り向くと、見知らぬ女の子が立っていた。
同じ制服を着ていて、名札には「2-3」と書いてある。
同じ学年の子だ
なのに見覚えはない…
なんで…
頭の中がぐちゃぐちゃになり、あわあわしている私を彼女はじっと見つめていた。
そして、「ぷはっ!」と急に笑い出した。
「同じ学年のはずなのに、見たことないって顔してる~!分かる分かる、そうなるよね!
だって私、2年になって初めて学校に来たもん!」
身長150センチくらいだろうか。
私よりも少し身長が低く、小柄な彼女から発されているとは思えないほどの、明るく、大きな声が私たちしかいないこの空間に響き渡る。
ポカンと口を開け続けていることに気づいた私の言葉を待つことなく、彼女は言葉を続けた。
「あ!さっき見た事は誰にも言わないから大丈夫。
ていうかね、私今日たまたま学校に来たの。
明日からはまたしばらく来れないかな~
あそこの病院に私いるから、時間ある時にでも、面会来てよ!ね?待ってるね!」
彼女が指さした方向に見える、白くて大きな建物と、遠のいていく彼女の背中を交互に眺めることが、私にできる精一杯のことだった。
何がなんだか分からないこの状況が、今日飛び降りたいという欲望を一旦保留にさせた。
昨日出会った彼女のことで頭がいっぱいで、終業式の校長の話は雑音でしかなかった。
夏休みの宿題が配られ、夏休み中の注意事項を担任が淡々と読み上げたのち、高校2年の夏休みが始まった。
昨日本当なら死んでいて、今日の終業式、これからの夏休みは私のスケジュール帳には載っていなかったのに、強引にペンを握ってスケジュールを追加してきた彼女のことが気になって仕方がない。
気がつくと、私は昨日彼女に教えてもらった方角に足を向け、駆け出していた。
走り出してから五分くらいだった時、どしんと構えている病院が目に入った。
自動ドアに吸い込まれるように中へ足を進めていく。
「あ!来てくれたの~!」
昨日聞いたあの声が近くから駆け寄ってくる。
「こんなにはやく来てくれるとは思ってなかったから嬉しい!
さ、私のお部屋へ案内しますよ~!」
昨日と変わらない、テンション高めだけど全く不快でない声。
昨日と違うのは洋服。
パジャマ姿。
彼女は通院している訳ではなく、入院しているから学校に来れてないんだね…
昨日は制服だったからか、あまり分からなかったけれど、今日はなんだか痩せてやつれているようにも見える。
ただ、それ以外は昨日と同じなので、もしかしたら気のせいかもしれないと思いつつ、彼女に背中を押され、エレベーターにのり、病室まで向かった。
病室に入ると、酸素マスクらしきものや点滴などが目に入ってきた。
まだ彼女からは何も聞かされていないけれど、きっと軽い病気ではないんだろうなと思った。
はぁはぁ
彼女は息苦しそうにベッドに倒れ込み、酸素マスクを取り付けた。
しばらくの沈黙があったのち、「あのね、」と初めて遭遇する、彼女の落ち着いた声調に私は耳を傾ける。
「私、余命あと2週間なの」
病室には私と彼女しかいない。
窓が半分くらい開いており、たまに吹く風が木々を揺らす音まで聞こえてくる。
夏であるというのに、太陽は照っておらず、雲が広がっていたせいか、病室は電気がついていたものの、薄暗く感じた。
彼女の言葉の意味が理解できない。
「え、どういうこと…」
やっと私から出た声はかすれ、震えていたが彼女には届いていたみたいだ。
「どういうことって、言葉の通りだよ!私もうすぐ死ぬの」
彼女は頭に手を当てて、髪の毛を思い切り引っ張った。
頭から、ロングヘアのウィッグが外れ、綺麗なスキンヘッドが目の前に現れた。
「治療すると髪抜けちゃうんだよね~。あ!これ内緒だよ?ね!?」
何て言葉を発するのが正解なのか分からなかった。
彼女のテンションに合わせて、明るく振舞った方がいいのか。
それとも、「無理しないでよ」と彼女に肩を貸すのがいいのか。
頭をフル回転させていると、
「え?もしかしてクラスの子達とかに言っちゃうの…?」
不安げな顔で私の顔を彼女が覗き込んできた。
それだけは今すぐにでも否定しなきゃ
「ううん、絶対言わない!」
彼女をもう一度見ると、昨日見た無邪気な笑顔に戻っていた。
「ねえ、昨日のことは何も聞かないの?」
彼女にそう問いかけると、少しとぼけたような表情を見せた。
そしてすぐに彼女は口を開いた。
「うん。だって言いたくないんでしょ?」
「そういうわけでは…」
「いいよ。私もさ、秘密を打ち明けたことだし、言いたくなった時がきたらまた教えてくれたらいいよ、うんうん。」
彼女は落ち着いてきたのか、身体をゆっくり起こしながらそう言った。
死にたいと思っていたこと、死のうとしていたことを彼女に打ち明けたわけではないけれど、私のことを初めて受け入れてくれたような気がして、目の前が潤む。
「はーい、点滴の時間ですよ~」
スタスタと私たちのいる部屋に看護師さんが入ってきた。
「じゃあまたくるね」と彼女の方を向かずに言い、看護師さんに頭を下げて、落ちそうになっている雫の存在に気づかれぬよう、そそくさと部屋から出ていった。
次の日も、そして次の日も、毎日のように彼女の病室に足を運んだ。
出会ったばかりとは思えないほど、仲が深まり、彼女の言う「2週間」はあっという間に過ぎていった。
そしてさらに1週間が過ぎた。
彼女の言う「余命2週間」を乗り越えたことにほっとしつつ、もしかしたら今日…という恐怖も同時に抱えながら、彼女の病室に向かう。
病室に入ると、いつものパジャマ姿ではなく、フリフリのトップスに、ロングスカートという、可愛らしい洋服に身を包まれた彼女が部屋の片付けをしていた。
あ!
彼女は私に気づいた瞬間、抱きついてきた。
「私ね、退院出来ることになったの!」
「え!ほんとに??」
「うん、腫瘍がなくなったんだって!奇跡みたいなものですって言われたの!ほんとに嬉しい」
「よかった、よかった。本当によかった」
私たちは抱き合いながら、ぴょんぴょんその場で跳ね上がっていた。
死ななくてよかった…
初めての感情が私の中にうまれていた。
屋上から飛び降りそうだったあの日、まさか私の死にたいが生きててよかったに変わる日が来るなんて、想像できただろうか。
きっと出来なかっただろう。
彼女と顔を見合せ、お互いほっぺたが落ちそうになるくらいずっとずっと、笑い合っていた。
この幸せな瞬間を祝ってくれているかのように、セミたちが大合唱をしているのが耳に入ってくる。
窓から空を見上げると、雲ひとつない青空が広がっていた。
だいだい色の太陽が私たち2人をこれでもかというくらい、照らし続けてくれていた。
夏休みが明けた。
私は彼女と学校に行くために、待ち合わせ場所で彼女を待っていた。
着いてから数分後、制服姿の彼女がこちらに駆けてくるのが見えた。
おーい!
私は大きく手を振って、彼女と学校に行ける喜びを噛み締める。
彼女に出会うまでは、学校なんて地獄みたいなものだったけれど、彼女と出会ってからは私の世界がガラリと変わった。
今なら、またあの子たちに酷いことを言われても、「私には彼女がいるから」と少しだけ強気でいられる気がする。
これからの生活に胸を高鳴らせ、2人で学校までの道を歩く。
青信号になった横断歩道を渡った瞬間、勢いよく走ってくる物体を目の端に捉えた。
危ない…!
そう思った時にはもう遅く、体全体が引きちぎられているような激しい痛みが全身に走り、意識が遠のいていった。
ん?…
隣から声が聞こえた。
視線を隣に移すと、彼女が目を開け、不思議そうな表情を浮かべている。
彼女はやっと私を見つけ、「よかった」と微笑んだ。
「ねえ、 あの日死のうとしてたんでしょ?家とか学校が嫌だったから飛び降りようとしてたんでしょ?」
私の心臓がバクバクした。
彼女に言ってないはずなのに、あの日のことを全部知られている
なんで…どうして…
「ふふふ、あのね。実は昔私もここで飛び降りたの。」
「え?どういうこと?」
「うん、よく分からないよね。私が生きてた頃も、病気で入院していてね。余命も宣告されていて、怖くなっちゃって。その前に自分で死んじゃおうって思ったの。あなたと同じ場所で、同じ方法で。あなたのことをここからずっと見てて、すごく心配になっちゃってね。気づいたらあなたと同じ世界にいたってわけ」
何一つ話が入ってこないものの、彼女の話をただただ黙って聞く。
「私もびっくりしたよ~、気づいたらあの屋上に降り立っているんだもん。私が屋上から飛び降りて死んだとき、ちょうど余命2週間って言われていてね。あの時の、飛び降りる前に私は戻れたんだと思った。だからあなたが飛び降りそうになっているのを止めた後、病院に戻ってみたら、予想通り私の病室があった。あそこの病院、懐かしかったな。それに、今回は病気が治る事になって、本当に嬉しかった。あなたを助けたことで、今回私は病気に勝てたんだって思った。ただ、事故に遭うっていうことは想定外だったな。あなたが死ぬことになって、私の役目は終わっちゃったからまたここに戻ってきたみたい」
そういえば事故にあった日、横断歩道を渡っていたのは私だけだった。
彼女は靴紐が緩んだかなんかで、先に行っててと
言われたことを思い出した。
「あなたが飛び降りようとした日、私の手を払わないでいてくれてありがとう。生まれてきてくれてありがとう。短い時間ではあったけれど、もう一度私に生きるという選択肢をくれて、そして絶望のままで終わっている、過去世に光を差し込んでくれて、本当にありがとう。新たな世界に生まれ変わることがあったら、また一緒に居られるようにお願いしとくね」
「生まれてきてくれてありがとうなんて、言われたことなかったから嬉しすぎるよ…。うん、私こそ『死にたい』を『明日も生きたい』に変えてくれてありがとう。私も、私も毎日お願いしとく!」
私たちはお互いの頭を寄せ合い、ゆっくりと眠りについた。
お花の香りをのせた柔らかい風が、私たちの頬を優しく撫でていた。
♡fin♡