your story-夜空 yoa- 1
先日投稿した新しいことについてですが、これから投稿する内容はこちらにまとめようと思います。
自分のために書くので、お読みいただけるような内容が書けるか分かりませんが…こちらは-夜空 yoa-名義で書いていこうと思います。
第一章 sideM-真夜の日記-
野中真夜は、生徒の見送りのため教室の扉の方に向かっていた。今日担当した生徒は、あと数回の授業でこの教室から卒業する。残りの授業は、別の講師が担当することになっているため、真夜が会うのは今日で最後。と言うか、真夜自身が最終勤務日であった。生徒が笑顔で言う。「卒業してもまた遊びに来るね。だから野中ちゃんもまた来てね」
真夜も笑顔で返す。「そうだね。元気でね。またね」
お互い手を振りながら別れる。真夜の塾講師としての時間はこの1コマで最後となった。
生徒を見送った後、授業後の事務作業を行いながら頭の中では退職を申し入れた日のことを思い出していた。
遡ること半年。真夜は会社の人事部にいた。目の前には課長と人事部長が立っている。
「もう一度考え直さない?」課長がやんわりと言う。「人手も足りないし」
それは今に始まったことではない。真夜の勤めている会社は学習塾を経営しているフランチャイズであるが、元々入れ替わりの激しい業界である。結婚や出産など、働いている本人のライフステージの変化で退職する人もいれば、昼夜逆転することや講習期間は一日中勤務になることで体調を崩してしまう人もいる。はたまた毎月の会議で売り上げや生徒数の目標の達成率について、詰められるのが辛くて辞めてしまう人もいる。真夜も実際、数ヶ月前から睡眠不足が続き体調を崩している。(何を今更…)と思いながらも笑顔を作りながら答える。「体調がずっと良くないですし…もう決めたことなので」あらかじめ用意していた退職願を机に置く。「お世話になりました」
事務作業も終盤に入ってきた頃、時計を見ると19時30分。今日はこのあと真夜の送別会も兼ねた飲み会がある。真夜には気が重かったが、送別会を開いてもらう手前遅刻するわけにはいかない(ましてや、行かないわけにはもっといかない)。さらに言うと、今日は土曜日のため最終コマがない。真夜は重い腰をゆっくり上げながら残りの作業に取りかかった。
授業後に向かった送別会は、なかなかハードなものであった。飲み会自体、真夜自身が苦手である上にこの日はさらに苦手な要因があった。先輩の八月一日陽《ほづみひかり》の存在である。彼女は真夜よりも四つ先輩で、一緒に働いたこともある。現在は、教室勤務をする傍らエリアマネージャーも担当している。明るめの茶髪にメガネをかけていて、一見ほわっとした柔らかい印象を受ける。だが、仕事はテキパキとこなし誰とでも気さくに接することができる……そんな絵に描いたような誰もが憧れる社員。そんな社内で人気の先輩なので口が裂けても言えないが、真夜は彼女のことが苦手である。
この日の送別会も出来る限り遠ざけられないものか……と考えながら過ごしていた。しかし、仮にも一緒に働いたことのある間柄だ。何も声をかけないままではいけない、と思いつつ他の社員とずっと話していた。すると彼女の方から声をかけてきた。「野中ちゃん、飲んでる?」
(うっ……)と思いつつ返事をする。「あ、飲んでます。先輩は?お酒頼みますか?」
真夜の反応を見て陽はパッと笑顔になった。「そうだね、頼もうかな」そしてメニューを見ながら真夜に質問を投げかける。「野中ちゃん次決まってるの?」
真夜は一瞬狼狽えつつ「まだ決まってないですねえ」とにこやかに返す。まだ話し始めたばかりだが、すでに(早く話終わらないかな)と思っていると陽がさらに質問を重ねる。「結婚したりするの?」
「えっ?全く予定ないですよ?」
「そうなんだ。次の仕事決まってないって言うからそうなのかなって思って」と答えながら、陽は少し安心したのか笑顔で続ける。「でも、のんびりしてたらすぐに後輩に抜かされちゃうからねえ」「弟さんもご結婚されたんでしょ?」
(あれ、先輩もまだ結婚してなかったんじゃ?)と思いつつさらに(どの口が言うとるんじゃい)とも思いながら笑顔で返す。「そうですねえ」
そんな会話をしているところで、お開きの声が聞こえてきた。(助かった……)と思いながら帰る準備を素早く済ませ先輩に挨拶をする「先輩、お世話になりました」
陽も笑顔で答える。「こちらこそ」「またいつでも遊びに来てね」お互いにこやかに挨拶を交わしたあと「では、失礼します」と真夜は一礼しその場を後にした。
(やっぱり苦手だ…)店を出てみんなへの挨拶を終えると、真夜は足早にその場を離れた。陽との時間は相変わらず居心地が悪いが、さらにあの質問である。その場は笑顔で取り繕ったが、あとからじわじわと抉られる感覚。その感覚に支配されないように、真夜はふぅっと大きく息を吐き家路への一歩を踏み出した。
登場人物
野中 真夜
32歳
B型
10月5日
明るすぎず落ち着きすぎず。不器用。人前では当たり障りない。周りの視線を気にしてしまう。が、モヤモヤが積ると途端に爆発してしまう。夜に1人で考えごとをして眠れなくなることもあるくらいの気にしい。
元学習塾勤務。現在は求職中。