実家に行きたくない
実家の私物を一掃すべく度々行っており、今日もその一環だ。
相変わらず汚い。臭い。舞う埃が見える。この暖かな晴天に窓を閉め切っている。玄関から入り、靴箱から取り出した来客用スリッパを履こうとし、置く場所が無いことに気付く。足の踏み場もない。喉の根元のところがギュっと絞まる。息苦しい。
2階へ上がる階段の途中に、花がある。造花だが、色とりどりの花飾りは私の心を少し、軽くする。
かつて物置と化し片足一つ分のスペースずつしか空いていなかった階段を、2年ほど前に一掃した。もちろん一人で。そして、入学式・卒業式の度に増えていった要らないコサージュで飾り棚を上品に飾った。何か置いておけば何も置かないだろう、と考えてのことだったがなかなか上手くいったらしく、2年経ってもせいぜい埃をふんだんに被っただけにとどまっている。自分で言うのもなんだがこういうセンスには自信があり、家族も気に入ってくれているらしい。貴女のおかげで階段が見違えるように上品になったわありがとう、と幻聴が聞こえる。誰も言ってくれないけど。
埃は被れど艶やかさは褪せず、私がここに居た証拠として、私の成長過程の一つとして、毅然と咲き誇ってくれている。永遠に。静かに。私の領域だ、誰も入るな。飾り棚一つだけとはいえ、自分だけのスペースが持てたことがたまらなく嬉しい。してやったぜ。
2階の物置に行く。暗く、埃臭い。前回来た時と同じ洗濯物が干してある。閉め切られた窓とカーテンをこじ開け外の空気を吸うと、やっと喉のつっかえが控えめになった。
この物置き部屋は、高校に上がる時期に私が駄々をこねてやっとこさ与えられた場所。両親はコレを、「○○(私の名)の部屋」と呼ぶ。私はココを、「○○(私の名)のベッドがある部屋」で通している。両親は娘に部屋を与えたことが誇らしげだったが、私はなんとも言えない気持ちだった。今ならその気持ちの名前を知っている。惨め。苦労して説得した挙句物置に追いやられるくらいなら、食事と勉強のみ許されたリビングにある私のイスと、家族みんなで雑魚寝している部屋の私の煎餅布団だけで、満足しておくべきだったんだ。クラスメイトに、自分の部屋があるだなんて口が裂けても言えなかった。言いたかった。言ってみたかった。
長女長男の人は、共感してくれるかな。
中学のクラスLINEに、私は居ない。高一も、まだ居ない。文化祭の連絡は全てクラスLINEで共有されるから、私だけが知らされずに当日を迎える。ついに、高一まで持たされていた子供ケータイを、変えたいと言った。ものすごく勇気を出して訴えた。訴えは受理された。数日後、何年も前に母が使っていたガラケーを手渡された。嫌な予感がした。子供ケータイのデータは完全に引き継がれていた。視界はモノクロになり、自分の想いが伝わったと安堵していた心は急速に冷えてカチンコチンになっていた。
こんなもの外で取り出せない、カバンの中で使おうにも開きづらい。だから、変えて欲しい。スマホに、して欲しい。泣きそうになりながら半年後、再び訴えた。訴えは呆気なく受理された。ついでに弟二人もスマホを買い与えられた。お前ら見てるだけだったじゃん。つーか小さい方、お前まだ小学校入ったばっかじゃん、はえーよ。
末っ子だった母は、いつだったか私に、長女のメリットを説いた。長女である姉が羨ましかったと言った。姉はいつも新品の服を買い与えられているのに、私のは全部お下がり。だから長女であることは得なのだと。長女の私に、そう説いた。新品の服なんて下着以外で買ってもらったこと無いのに。全部中古、なんなら母の時代遅れの草臥れたお下がり、スマホも中古、書道道具と裁縫道具は百均で。友達の裁縫箱は可愛いのとかかっこいいのとかなのに、私のは百均の透明なボックスに道具が雑多に放り込まれた貧乏臭いやつ。小学生でも見栄は張りたい。がんとして手提げバッグからは絶対に出さなかった。
それでも新品のを買わないわけには行かない場面は来た。高校の制服だ。人生で初めての新品の服!この服はまだ私以外の誰の腕をも通してない、完全なる新品!初めまして三年間よろしくね!その嬉しさといったら、天にも昇る心地とはこのこと。実はコレも中古で済まそうとされていたのだが、一昔前のしか手に入らず、全てスカート丈が短く加工されていたのだ。解いて本来の丈に戻す案も出たが、私は頑なに新品案で粘った。買う前も買った後も母の小言は絶えず、夏服買うの高いから冬服着てろと無茶言ってきたが、それすら水に流せるくらいに、嬉しかった。私は母に感謝し、それ以上に自分を讃えた。
私物を目一杯詰め込んだトートバッグ両手に、誰にも何も告げずに家を出る。埃まみれの窓から青空を見上げた時に気分が少し晴れたので母に話しかけたら、気が散るから話しかけるなと言われたからだ。見ての通り私は根に持つタイプなのだ。
バスを待ってバス停の近くに腰を下ろす。コンクリートに残るほのかな暖かさが身に沁みる。雲間から射す陽の光が家を照らす。いつの間にか喉のつっかえは取れていた。
外から眺める家は、今日も美しい。
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