掌編小説 ピアノ
「これ弾いていいの?」
「いいんじゃない。あっ。書いてある。10分だって」
ショッピングセンターの片隅にアップライトピアノが置いてあった。誰でも弾いてよいらしい。
「ロングロングアゴーある?」
「あるけど、なんか難しそう」
「とーれ。ええ。違う。いいわ。見ないで弾く」
小さな指が、鍵盤を押している。ピアノいつ覚えたんだ。
「幼稚園でピアノ弾くの」
「弾かない」
「上手いじゃん」
「メロディオン」
小さな指は、右手しか動いていない。
年長組になって、ハーモニカと鍵盤ハーモニカのメロディオンを弾いている。
クリスマス会でみんな上手だった。クリスマス会の後も練習しているようだ。
「ピアノ習いたい?」
「うん」
音が出るものが好きだ。家にあるウクレレをよくいたずらしている。ちゃんと弾かないで、振り回したりしている。だから、楽器は無理かなと思っていた。
「月の光とか綺麗な曲だよね」
「しらなーい」
私の時代は、ピアノを弾いている子は、お坊ちゃんや、お嬢様だった。五輪真弓は、大人になって独学でピアノを習得したらしい。電子ピアノにヘッドホンを繋いで、夜中も練習していたと、何かの対談で話していた。
「帰りたい。ママに会いたい」