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生き霊 実話怪談 (後編)

割引あり

主な登場人物

語り部:Kitsune-Kaidan

私:Kitsune-Kaidan
オーナー兼シェアメイト:トルーディ
カフェの店員:デブラ
オーナーの愛犬:オリバー
親友
親友の友人:ねえちゃん

職場の同僚:トム
職場の男性スタッフ:スコット
職場の女性スタッフ:リンダ
シェフ:ティム
クラスメート
友だち姉妹
シェアメイトたち

天窓の男
窓際の女性の霊

生き霊 前編のあらすじ

旅行から戻った私(Kitsune-Kaidan)を待ち受けていた突然の引っ越し。空っぽの部屋の前で立ちすくむ私。不可思議な経験の回想が始まった。

住み始めた部屋で感じた不気味な感覚。バスルームの天窓から恐ろしい表情でこちらを見下ろしている謎の男。日々の暮らしの中で目撃する数々の幽霊や怪奇現象。現実の世界でも巻き込まれる恐ろしいできごと。時が前後しながら進む実話怪談。謎の男はいったいどんな存在なのか。少しずつ明らかになる男の正体とは?

親友とねえちゃん


「この家怖いよ」

私の親友の友人である通称『ねえちゃん』が、日本から遊びに来ていた。観光に行く前に、私の引越し先に遊びに来てくれたのだ。ねえちゃんは霊感が強いそうで、私が感じる感覚を理解してくれた。

「2階のバスルームの天窓に男がいたんだ。見てもらっていい?」

私は、2階の広場の左側の壁が怖くて見られないことも伝えながら、いつもの暗い階段を3人でゾロゾロと登って行った。ねえちゃんは、私と同じように広場の部分を駆け抜けてバスルームをサッと覗いた。

「中には入りたくない」

ねえちゃんがそう言って首を振っていたので、再び3人でゾロゾロと一階に降りた。部屋に戻ってドアを閉めてから、ねえちゃんはこう言った。

「うん、怖い。私には見えなかったけど、確かに天窓に男の人の気配がした」

ねえちゃんが描写してくれた男の様子は、まさに私が見たのと酷似していた。目がぎょろっとしていて、憎悪に満ちた顔でこちらを見下ろしている男の顔だった。

自分だけが奇妙なことを言っているわけではないと知って、少し安心した。こういう話をすると、笑われたり気持ち悪がられたりして終わることが多いので、ねえちゃんに否定されなかったことを嬉しく思った。そして、ついでに中庭にあるトイレと、その近くにある建物の窓も不気味だという話をすると、彼女は見に行ってくれた。

しばらくすると、青ざめて首を振りながら戻ってきた。私は引っ越すわけにはいかないので、このままなんとかやり過ごすつもりだと伝えた。ねえちゃんはそれ以上何も言わなかった。おそらく言えなかったのだろう。彼女は落ち着かなさそうだったので、早々に切り上げてダウンタウンに3人で出かけることにした。

職場のお化け


近所のコインランドリーの洗濯機に、無造作に洗濯物をつめ込んでいた私に、陽気なイタリア系の店主が挨拶してきた。彼は、いつものように大きな声で歌を歌っている。なんともいい声である。私は仕事の疲れなのか、あの男の影響なのかわからない、どんよりとした気持ちでいたが、店主のパワフルな歌声に救われた気がした。

気力が落ちている時は、気合を入れてもらうと心が救われるような気がする。座禅中にパシっと警策(きょうさく)で肩を打ってもらう時のあの感覚に似ている気がする。我にかえった私は、仕事のことを考えていた。

私の職場では、人間関係の複雑な問題が絶え間なく巻き起こっていた。老舗であるフィッシュ・アンド・チップスのレストランで、100を超える席をようし、キッチン、バー、そしてホールスタッフを合わせるとかなり多くの人が勤務している。有名なアスリートや俳優、歌手などが足を運ぶ、名の知れたレストランである。その評判は日本のテレビ番組にも届き、日本人観光客たちも時おり訪れる。

質の高いサービスと食事を提供するために、キッチンは常に時間との闘いである。ランチやディナータイムは、荒々しい場所と化す。特にホールスタッフたちの喧嘩が醜い。私は『ランナー』と呼ばれる役割で、チップやテーブル争いに巻き込まれることなく、オーダーを取る以外の仕事を担当し、日本人観光客の簡単な通訳や手伝いをして、チップを受け取ることで満足していた。

スタッフ同士のいつもの争いが始まると、私は逃げるようにトイレ休憩をとった。ランチやディナーのピーク時に訪れるトイレは、静寂に包まれている。私は一人個室に入り、便器の上に腰掛けてため息をついた。

(喧嘩をしないで働けないのかな?)

「シク、シク、シク」

女性がが泣いている。私は一人きりだと思っていたので驚いた。

(こんな忙しい時間に、なんで泣いているんだろう)

「シク、シク、シク」

泣き声が激しく響いている。声をかけるか迷ったが、私も一息つきたい気持ちだったので、声をかけずに黙っていた。ただ、ずっと泣いているので気まずいだろうと思い、私は先に出ることにした。すると、4つある個室のドアが全て空いていた。下から誰の足も見えない。突然、ものすごい鳥肌がたった。

「シク、シク、シク」

(なるほど。そういうことか)

突然、私はホープの話を思い出した。そうだ、このレストランは『出る』のだった。確かに、この古びた建物では、お化けが多少出ても不思議ではない。私は恐怖心はあまり感じなかったとは言え、もう職場に戻ろうと思い、逃げるように階段を駆け下りてキッチンへと戻った。

忙しいランチタイムが終わり、レストランは一旦閉まった。私はまかないを食べながら、親しい同僚のトムにさっきのお化けの話をしてみることにした。トムはラストまで残って鍵をかける役目を担っている。大の噂好きで、大抵のことは彼に聞けば何でも教えてくれる。誰が誰と付き合っている、ボスやオーナーの秘密など、ほぼ何でも知っていた。私は噂話にあまり興味はなかったが、お化けのことは知りたかった。案の定、トムはお化けの噂にも詳しく、女子トイレにはお化けが出ると教えてくれた。彼が夜間の戸締りをする際に、不可思議なできことがよくあるというのだ。

(やっぱり)

ホープの話は、やはり本当だったのだと思った。

ある日、忙しさのピークが過ぎ去りランチタイムが終わりにさしかかった頃、皿が割れる音が響いてきた。

ガシャーン。

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