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「死者との挨拶」 実話怪談 ショート


登場人物

語り部 Kitsune-Kaidan

私:Kitsune-Kaidan
祖母:おばあちゃん
隣のおじいさん:トイさん
近所の人たち

はじめに


『人は死んだ後、どうなるの?』

おそらく、誰もが一度は疑問に思ったことがあるのではないでしょうか。この実話怪談ショートストーリー『死者との挨拶』は、何気ない日常の中で私が実際に体験した霊体験です。とてもシンプルで、ちょっと切ない、今でもときどき懐かしく感じる光景です。

恐ろしくてブルブルと震えるような怖さではなく、故郷の懐かしいイメージの中にある、セピア色をした思い出の話です。しかし、私がそう思うだけであって、この話を他人から聞いたとしても、果たして懐かしいと感じることができるのでしょうか…。

ときどき、霊か人間か見分けがつかないことがあります。相手を人間だと思って交流している時は、まさかそれが霊現象だとは思ってもいません。後から真実を知り、『答え合わせ』のようになってしまう瞬間は、何とも言えない居心地の悪さを感じることがあります。

みなさんは、この話を聞いて懐かしい感情がわくでしょうか。それとも、居心地の悪さを感じますか?それでは、不気味な世界へとつながる扉をお開けください。どうぞお気をつけて、行ってらっしゃいませ。

昼下がり


(寝過ぎたかな…)
 
ロールスクリーンを少しずつ開けると、陽の光が徐々に部屋へ差し込んでくる。

2階にある自分の部屋の窓から見えるいつもの山。
小さな頃からずっと眺めてきた山。山頂に、ブスッとつきささっている鉄塔が痛々しく見える。

(あの鉄塔、抜いてあげたいな)

そんな衝動に時おり駆られる。環境問題とかそんな大それた話ではなく、素直に抜いて楽にしてあげたいと思うだけだ。

窓を開けて、外の空気を吸い込む。

近所の人たちが庭の畑でせっせと雑草をとっている。赤、緑、黄、むらさき。おいしそうな野菜が、太陽の光を浴びてキラキラと光っている。

「はー。バイト、いきたくないな」

あと何回同じセリフを繰り返すのだろう。早番の時は、あきらめがつく。義務感だけで起き上がり、自動的に動いて準備をしている自分がいる。

しかし、遅番の時は違う。

昼近くまで寝てしまった後悔。
外はいい天気なのに遊びにはいけない不満。
お金を貯めなくてはいけないという現実。
得体のしれない罪悪感。

遅番の時は、考えなくてもいいような感情が襲ってくるので苦手だ。頭の中を占領しているとりとめのないぐるぐるとした思考を、まずいタバコで吹き消す。この瞬間の自分がいちばん嫌いだ。

窓の外では、相変わらず近所の人たちが健康的に畑仕事をしている。ときどき休憩をしながら、何やら会話を交わしているのがわかる。お互いの野菜を評価しあったり、交換をしている。

私も参加したい。ずっとそう思いながら参加できていない。
自分で育てた野菜は、格別な味がする。
当時の私はその喜びに加わることができず、不健康な暮らしをしていた。

(今日も暑くなりそうだな)

タバコの火を適当に消して、灰皿の蓋を閉じた。
タバコは好きじゃない。
吸っている自分も、にがい味も、すべてが嫌いなのに吸っている。

あの日、父の病室のベットの横にあった小さな白いチェストの上に、タバコとジッポライターが寂しげに残っていた。その横には、私が飾ったピンクのガーベラが一輪、病院のガラスの花瓶にささっていた。ひとりぼっちのピンクのガーベラ。それまで好きだったガーベラが、その日から嫌いになった。

私はタバコとジッポを持って喫煙室に向かった。私がアメリカ土産に買ってきたジッポライターだ。シンプルにZippoとロゴが入っている。

ひげが生えて、かなり痩せた父がタバコを吸う姿を思い出す。


ボッ。
 
タバコに火をつけた。
 
(なんで、こんなまずいものを父は吸っていたんだろう)

その日から、私は何かの『罰』のように、まずいタバコを吸うようになった…。

隣のおじいさん


ますます外の天気が良くなってきて、私はうんざりしていた。とりとめのないことを考えながら、窓の外にふと目をやった。

山の方に向かって歩く隣に住むトイさんの後ろ姿が、突然目に入った。トイさんは、首もとが少しくたびれた白い肌着、白の長めの『ステテコ』とサンダルをはいて、のんびりと歩いている。

(トイさん、久しぶりだな)

トイさんは、近所の畑を眺めながら、ゆっくりとした足どりで歩いている。

そろそろバイトへ行く準備をしなくてはいけないのにも関わらず、私は現実逃避をして、トイさんの後ろ姿をぼーっと眺めていた。

トイさんはとても温厚で、ユーモアがあって、いつもニコニコしているおじいさんだ。私たち家族にも、いつも明るく挨拶してくれる。トイさんとわたしの祖母は、よく庭先で会話をしている。ちょうど花の手入れをしている祖母と、涼みに出てきたトイさんが偶然出会うのだそうだ。

トイさんは、息子さんとお嫁さんとお孫さんたちと暮らしていた。お嫁さんは、トイさんに厳しくあたるので、トイさんはいつも悲しんでいた。ご飯はひとりだけ別にされるらしい。

「もっと優しい嫁がよかったな」

そんな風に言うトイさんに、私の祖母は慰めながら励ましの言葉をかけていた。

「愚痴なら、なんぼでも聞くよ」

私はその話を聞いて、ちょっとだけ悲しくなった。大変な時代を駆け抜けてきたお年寄りに冷たくする人を見ると、切なくなる。もちろん、同居は大変なことも多いだろうし、お嫁さんにも言い分はあるだろう…。ただ、体が思うように動かなくなってきたお年寄りは、単純に優しい言葉をかけられたいだけなのではないだろうか。

そんな話を思い出しながら、私は相変わらず窓の下をゆっくりと歩くトイさんを眺めていた。

すると、そろそろと向きを変えて、トイさんがふたたびこちら側に歩いてきた。

(トイさん、歳とったな)

トイさんはちょっと元気がなさそうに見えた。顔色が悪い。私は一瞬心配になったが、相変わらずゆっくりこちら側に進んでいるので、黙って見守っていた。声をかけて驚かせてはいけないので、もう少し近づくまで待とうと思った。その瞬間、私の心を読んだかのようにトイさんが足を止めて、私のいる2階の窓を見上げた。目が合ったので、私は会釈した。

「こんにちは」

私の声がトイさんに届くかどうかはわからないが、挨拶した。トイさんは、いつものようにニコニコ笑いながら手をあげて挨拶してくれた。

どのくらい目が合っていただろうか…。

トイさんは、あげた手を下ろして、またゆっくりと家の方に向かって歩き出した。やはり少し顔色が悪いように感じた。土色というか血色が悪かった。私はふと心配になった。ふたたび窓の下を見ると、もうトイさんは消えていた。私は気になり、反対側のもうひとつの窓に駆け寄って下を見下ろした。

(あれ?トイさんがいない)

きっと家の陰になっているのだろう。あの速度でもう家に着いたはずがないので、庭にいる祖母と話しているから姿が見えなくなったのかと思うようにした。

(やばい)

いい加減、バイトに行く準備をしなければ遅刻してしまう。後ろ髪をひかれる思いを少しだけ残しながら、私は急いで身支度を整えて家を出た。

おばあちゃん


翌日、早番が終わって夕方帰宅した私は、自分の部屋でぼーっとしていた。母の仕事部屋から、かすかにショパンのノクターン第2番が聞こえてくる。1階からは、祖母の作る煮物の香りがする。近頃バイトが忙しく、なかなか祖母と過ごす時間をとることができなかった。

(お腹すいたな)

そう思ったと同時に、祖母が階段を登ってくる足音がした。

トントントン。

祖母の手にはおいしそうな煮物の大きなどんぶりがのっている。インゲン豆と油揚げがたっぷりはいって、にんにくとだし醤油で味付けしたおかず。今になって祖母の味を真似しようと思ってもなかなか同じ味にはならない。絶妙な分量の調味料で味を整え、魔法のように素早くできあがる。庭でとれたインゲン豆のシャキシャキした食感がなんともいえず、白いご飯がすすむ。

「お姉ちゃん、帰ってたんだ」

祖母が、嬉しそうに私に話しかけてきた。祖母は私のことを『お姉ちゃん』と呼ぶ。近所の人の話、野菜の話、腰痛の話などをあれこれ話しだした。黙ってうなずきながらいつものように祖母の話に耳を傾けていた私は、ふとトイさんのことを思い出した。

「そういえば、昨日トイさんと挨拶したけど、なんか顔色良くなかったよ」

祖母が目をまんまるにして、驚いた顔で私を見つめている。

「ステテコ姿で散歩していたんだけどさ、なんか歳をとったなーって。トイさん、体の調子悪いのかな」

「やだあ、お姉ちゃん…」

祖母はそう言って笑いながらも、相変わらず驚きをかくせないような顔をして私を見つめている。

「えっ?」

私は何か言ってはいけないことを言ってしまったのかと不安になった。

「トイさんは、この前亡くなったよ」

祖母が言うには、先週亡くなったトイさんのお葬式に母と祖母で参列してきたそうだ。私はまったく知らなかったことを不思議に思った。町内で誰かが亡くなれば、いくら忙しくても気がつくはずだ。ましてや、隣のおじいさんが亡くなったとなれば、気がつかない方がおかしい。昨日、確かにこの目で見たトイさんの姿を鮮明に覚えている私は、祖母の話をすぐに受け入れることができなかった。

「だって、昨日トイさんが手をふって挨拶してくれたんだよ」

「そうかい」

祖母は私を否定しなかった。私と同じく、祖母には見えるはずのないものが見えたり、聞こえるはずのないことが聞こえることがある。私は昨日のトイさんとの挨拶の様子を事細かに説明した。

「じゃあ、お姉ちゃんに別れの挨拶に来たんだわ」

「…」

祖母の言葉で納得した。

私が感じていた『トイさんの顔色の悪さ』、『ゆっくり歩いているにもかかわらず進む速度の異常な速さ』、『畑仕事をする近所の人たちがトイさんの存在にまったく気づいていなかった違和感』が、頭をよぎった。

自分が察知していた何かが、スッと心の中に落ちてきた気がした。祖母と私が同時に不思議なものを目撃することは、今回が初めてではない。私たちの幽霊に関する会話はいつもこんな風に、穏やかに終了する。祖母は煮物を私に手渡し、ふたたび1階に降りて行った。

その後、母に確認してみたが、トイさんが亡くなったのは事実だった。

そよそよと風にゆれる畑のトウモロコシ、耳の奥まで響く蝉の声、昼下がりの穏やかな時間の中をゆっくり散歩しているトイさんの後ろ姿。にっこり笑ってステテコ姿で手をふってくれたあの光景が、今でも忘れられない。
 


あとがき


人が死んだ後どうなるのかは、実際に自分で体験してみなければわからないことなのでしょうか。ただ、多くの人が亡くなった方の霊を目撃するには何らかの理由があるような気がしてなりません。

『伝えたいことがある』と思ったとき、私たちは死後の世界とこの世を自由に行き来できるものなのでしょうか…。それとも、いつかは完全に別の世界へと旅立たなければいけないのでしょうか。もしそうだとすれば、なぜ旅立ちの前に別れの挨拶に現れることができるのでしょうか。

幽霊と生きている人の歩き方は違うという話をよく聞きます。確かに、あの時のトイさんもずいぶんとスムーズに進んでいたような気がします。頭の位置が動かずにスーッと進む感じです。ただ、『ご老人の歩く速度は遅い』と思い込んでいるため、亡くなった方なのか生きている方なのかを瞬時に判断することができませんでした。

後からじっくり分析すると、確かに

・顔色が悪くて血の気がない
・穏やかなオーラに包まれている
・周りの人は気づいていない

などと、幽霊である『証拠』のようなものが後付けできます。しかし、その瞬間は気がつかずに生きている人だと思い込んで接してしまうのです。

トイさんがどうして私の前に現れたのかは、いまだにわかりません。ただ、私はトイさんが亡くなったことも知らず、お葬式でお別れもしていませんでした。あの日、遅番じゃなければ、窓を開けてぼっーとしていなければ、私に霊感がなければ、きっと何もかも気がつかずに終わった話かもしれません。

あの世にいるトイさんと、この世にいる私の空間がつながったほんの一瞬だけ、私たちの間に『別れの挨拶』の機会ができたことに感謝します。ただ、もしそれが全くの他人だった場合は、やはり恐怖感に包まれるような気がします。みなさんは、もしご自分が亡くなった後にチャンスがあれば、誰にどんな風に会いに行きますか?

Kitsune-Kaidan

生き霊の怪談に興味がある方は、ぜひこちらをお読みください。


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