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ミモザ(花まくら より 023)

 中学校の頃、学校の給食の献立表に「ミモザサラダ」という見慣れないメニューが登場した。国語の時間、よもやま話の中で、教師が今日の献立の「ミモザサラダ」って、なんだろうな、と言い出した。私はその日の給食の献立を確認する、なんてことはしていなかったから、その時初めて、今日の給食の献立が「ミモザサラダ」だと言うことを知った。サラダ、はわかるが、ミモザ、とはなんの事だろうか?変わった食材だろうか?
 教室内がざわつき、あれやこれやとミモザについて話している中、一人の女子生徒が、手をあげた。私の親しい友達の莉花ちゃんだった。教師は、おっと声をあげ、莉花ちゃんを指差した。知ってるのか、と問われた莉花ちゃんはうなずき、座ったまま話し始めた。
「ミモザサラダというのは、ゆで卵を崩して、じゃがいもなどと和えたサラダです。ゆで卵の黄身が、黄色のミモザの花に似ているので、そういう名前がついているんです」
 みんなは、そうなんだ、と莉花ちゃんを見つめ、彼女の博識ぶりに驚いた。教師は、さすが、レストランの娘だな、お洒落なことを知っているものだ、と言った。その言葉に、そうだったなぁ、と私は思った。莉花ちゃんの家は、市内でも評判の洋食レストランで、私もしばしば家族で外食に訪れたことがあった。
 そして給食になり「ミモザサラダ」がみんなの目の前に現れた。ミモザサラダは、莉花ちゃんが言った通り、ゆで卵を荒くつぶして他の具材と和えたマヨネーズ仕立てのサラダで、黄色かった。
 私たちのクラスは、気の合った仲間で机を合わせ、四、五人のグループを作って給食を食べる事になっていた。私は莉花ちゃんと同じグループだった。ミモザサラダをつつきながら、みんなで莉花ちゃんの知識を褒めた。教師が、莉花の言った通りだな、ミモザの花って、どんな感じなんだろうな、と言い、また莉花ちゃんはクラスの注目を集めていた。普段は大人しく、自己主張しない莉花ちゃんだったが、この日ばかりは、意外な一面を見せていた。
 私はその一件以降、ミモザサラダの元になった、ミモザという花に興味を持った。莉花ちゃんが言うには、ミモザは、ふわふわのような細い花びらの花で、一つ一つの花の大きさは親指の先くらい、割と大きく育つ樹木で、花が満開になると、小さな花が一面について綺麗で、それで色は卵の黄身の色、ということであった。それ、どこで見られる?と私が聞くと、ちょっとわからない、ということだった。近所で育てている家があるかな、と思って、園芸好きの祖母にたずねてみたが、祖母はミモザを知らなかった。祖母が育てているのは、草花の鉢植えや山野草が主で、樹木の類にはあまり詳しくないようだった。
 私は図鑑でミモザの花を探した。ミモザの花の項目には、ミモザの木に囲まれた洋館が載っていた。満開のミモザの花の写真は、確かにあの日、給食に出たミモザサラダに似ていた。給食のミモザサラダには、パセリが入っていたのだが、そのパセリの部分は、ミモザの葉の緑色を表していたのかな、と思った。うまいこと見立てたものである。私はその写真を見て、どこかで見たことがあるな、と思った。確か、この花は、大通りの角にある喫茶店に植えられていた気がする。私は記憶を頼りに、自転車に乗って、その喫茶店に行ってみた。行ってみると、喫茶店の周囲を囲む柵に、それらしい木があった。花の時期ではなかったので、葉だけだったが、その葉の形からして、たぶんこれがそうなのだろうな、という雰囲気があった。
 春になり、私はあらためて、喫茶店のミモザらしき木を見に行った。木は、枝先に満開の黄色の花を付けていた。こういう感じなのか、と私はうなずいた。あの給食のミモザサラダを食べた日から、ちょうど丸一年経っていた。ある給食も、ミモザの花が咲く季節に合わせてミモザサラダを献立にしたのだろうな、と思った。残念ながら、ミモザサラダが出たのは一度こっきりで、それ以後は献立に現れることはなかったのだが…。
 それから何年も経ち、私がミモザを忘れかけた頃、ミモザ、に再会した。ミモザは、今度は飲み物として、私の前に現れた。
 イタリアンレストランのドリンクメニューに、ミモザ、と書かれていたのである。私はほほう、と思い、これ、サラダじゃないよね、と思った。卵を使った飲み物かな、と思ったが、食前酒の項目にあったので、こってり系ではなく、さっぱり系と考えると、その線ではなさそうだった。なんだかわからないが、面白そうだったので、注文してみた。
 ちょっと待って、現れたのは、オレンジジュースだった。そうかぁ、オレンジジュースかぁ、ミモザ色、なるほど、と思いながら、口をつけると、百パーセントのジュースより、やや薄い。ソーダ割りだろうか、若干炭酸が入っている気がする。なんだろうなぁ、と思いながら、飲み進めると、アルコールを感じる。度数はほんのり、くらいである。私はお酒に強い方なので、この程度のアルコール度数であれば、ジュースと変わらない感覚である。
 半分ほど飲んだところで、店員さんが料理を持って現れたので、捕まえて、このミモザがどういうカクテルなのか、きいてみる。説明によると、ミモザ、とはスパークリングワインをオレンジジュースで割ったもの、ということだった。本来であれば、シャンパンをオレンジジュースで割るのが正式なレシピなのだが、そのお店では、もっと気楽に、スパークリングワインで代用しているということであった。
 食前酒の定番ですね、と店員さんは言った。
 私はなるほど、と思いながら、ミモザを飲み干した。
 当時の私はカクテルにはまっており、家に何冊かカクテルの本を持っていた。本に載っているかな、と思って、カクテルの辞書を引いてみると、確かに、そこにミモザが載っていた。気をつけて見てみれば、どの本にも載っている、非常にメジャーなカクテルであった。そのころの私は、カクテルといえば、多種多様なお酒を混ぜて、シェイクして、という、初心者にありがちな偏った凝り方をしていたので、ミモザのような、シンプルなカクテルにはあまり興味を惹かれなかったのである。
 それに、素材がシャンパンまたはスパークリングワイン、と抜栓したらすぐに飲み切ってしまわなければならない、日持ちしないものだったので、家に置いてある物でカクテルをこねくりまわしていた私には、縁が遠かった。私は主にリキュールやジン、ラムなどで作るショートカクテルに凝っていたのであった。
 ミモザを知った私は、自分でもスパークリングワインを購入しそれからしばらく、ミモザに凝っていた。そこから派生して、スパークリングワインをソーダで割る、スプリッツァーも、よく飲んだ。ミモザをきっかけに、アルコール度数の低い、手軽なロングカクテルも、良いもんだという気づきを得て、私はますますカクテルの世界にはまっていったのであった。
 ミモザは食べてし、飲んでよし、見てよし、の美味しい花である。

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