UX以前のUX(私的UXデザイン史)6 はじめてのMac
私の世代でUIデザインに関心を持った人は、多かれ少なかれAppleのMacintoshに影響を受けているのではないでしょうか。私も例外ではありません。
私は大学ではじめてMacに触れ、GUIを体験しました。そこから、UIを適切にデザインすることがいかに重要か徐々に理解するようになり、現在の自分のベースとして根付いていくことになります。
1. マイコンブーム
時代は大学時代から数年さかのぼります。1980年代、私の中学高校時代にマイコンブームがありました。
当時のマイコンというと、NECのPCシリーズや富士通のFMシリーズ、シャープのMZシリーズなどが代表的なものでした。まだGUI環境はなく、ユーザー自身がBASICでプログラムを書いて、それを実行するというのが一般的なマイコンの利用方法でした。
NHK教育テレビで『マイコン入門』という番組があり、BASICの書き方などが解説されていました。当時のプログラムはオーディオカセットテープに記録していました。これはつまり、プログラムのテキスト情報を音に変換して記録するということです。
『マイコン入門』ではその音をテレビから流し、視聴者がそれをテープに録音することで、サンプルプログラムを入手することができました。テレビ放送波を使ったデータの配信が30年以上も前に行われていたのですから面白いものです。
私の周りにはBASICを書きマイコンを使いこなす友達がいて、彼らをうらやましく思っていました。実は自分でもSHARPのポケットコンピューターを買って、ちょっとだけBASICを書いてみたりしましたが、自在にプログラミングできるレベルからはほど遠く、ブームにどっぷり浸かったという感じではありませんでした。
2. Macとの出会い
AppleのMacintoshに最初に触れたのは、大学の授業でExcelを使ったときだと記憶しています。
でもそのときはMacについての説明も何もなかったので、それが自分の知っているマイコンと同じコンピューターだとも思わず、Excelがコンピューター上で動作しているアプリケーションの一つだということも理解していませんでした。データを表にして集計するための機械なのだろうという程度にしか思わなかったのです。
大学の友人にはMacに詳しい人がいました。彼もマイコンブームのときプログラミングの壁にぶつかってブームに乗れなかったクチなのですが、AppleからMacが発売されたのを知り、これでやっと自分でも使えるコンピューターが登場したと感じたそうです。彼は、いかにMacが画期的で素晴らしいコンピューターなのかを熱弁してくれましたが、当時の私にはよく理解できませんでした。
私は、自分がBASICでつまずいたにもかかわらず、コンピューターの魅力は自分の欲しい機能を自分でプログラミングできることだと思っていました。そのため、Macのようにパッケージ化されたアプリケーションをインストールしてそれを利用するということがさほど魅力的に感じませんでした。
友人に、Macではプログラミングはできないのか?と聞くと「できないわけではないけど、普通のユーザーはやらない」と言われ、そういうものなのかなあ?とモヤモヤしたのを覚えています。
また彼は、スティーブ・ジョブズにいかにカリスマ性があり、将来のビジョンを描く能力に長けており、人を引き込むスピーチをするのかを熱く語ってくれました。でも私は、コンピューターを進化させるのはエンジニアだと思っていたので、ビジョンを示しただけでMacを作った人物と呼ばれることがまったく理解できませんでした。
当時ジョブズはすでにAppleにおらず、今と違って過去のスピーチをネットで見るようなこともできなかったので、自分にとってのジョブズはほとんど伝説上の人物のようでした。
1997年に彼がAppleに復帰した後の快進撃をリアルタイムで見聞きして、ようやく彼のすごさが理解できました。
3. 実験台
あるとき、その友人が私に、あえて何も説明しないので、とにかくMacを操作してみるように言いました。つまり、ユーザビリティテストの被験者をやらされたのです。この時点で私はMacの存在を知ったばかりで、GUIの操作体系もまったく理解しておらず、マウスを触るのもほぼはじめてという状態でした。
Macは電源を入れただけの状態で、いわゆるデスクトップが表示されており、確かウィンドウは一つも開いていなかったと思います(あるいは、電源OFFの状態からタスク開始だったかもしれません)。
結果はひどいものでした。私ができたのは、マウスを使ってカーソルを動かすこととシングルクリックだけでした。これだけでできることといえば、デスクトップ上のアイコンをクリックして色を反転させること、メニューバーのメニューを開くことのみでした。
ダブルクリックとドラッグは思いつくことができなかったので、アプリを起動して文字を入力したり絵を描くことはおろか、フォルダーを開くことも、ファイルを移動したり捨てることも、メニュー項目を選択することもできませんでした(当時のMacのメニューは、メニューを開いてからマウスボタンを離さずにそのままドラッグしてメニュー項目を選ぶ必要がありました。マウスボタンを離してしまうとメニューが閉じてしまいます)。
コンピューターとして意味のある使い方は何もできなかったことになります。
友人によると、業界ではMacは予備知識なしで使える画期的なコンピューターと評されていたそうです。
確かにGUIでコンピューターの操作は非常に簡単になるものの「予備知識なし」は言い過ぎなのではないかと彼は思っていたそうで、それを確かめるために私を実験台にしてみたところ、やはり全然操作できなかったというのです。
このときの体験は強烈な印象として自分の中に残っています。
Windows 95をきっかけに爆発的に普及したパソコンのGUIシステムも、iPhone以降のマルチタッチ式のスマートフォンも、操作が簡単だということになっています。
でも、未経験の人が初めてこれらの機器を使うときは、まず間違いなくわかっている人に教わりながら操作するでしょう。それに、初めてと言っても、マウスのダブルクリックやスマートフォンのフリック操作ぐらいは知らず知らずのうちに目に入ってきてしまうので、純粋に予備知識がない状態とは言えません。
つまり今となっては、本当に何の予備知識もない人が初めてパソコンやスマートフォンを触るとどうなるのかを確かめることは極めて難しいのです。
私は、友人のおかげで、Macの操作方法を人に教わることもなく、他の人がMacの操作をしている場面を見たこともない状態で、人生で初めてのGUIシステムを操作するという貴重な体験をすることができました。
そのおかげで、今でもよく耳にする「このアプリや使いやすい」「カンタン操作」などの謳い文句を聞いても鵜呑みにせず、本当はその前提として何らかの知識が必要なのではないかと考えるクセがつきました。
一方で、予備知識ゼロで使えることは理想だとは思いますが、わずかな学習で便利に使えるのであればそれも否定すべきではないと考えるようにもなりました。
4. Mac購入
デザイン系の学生にとってMacは、UXデザイン的な価値を論ずる対象というよりは、ただ直感的に面白いおもちゃだったと思います。私の周りには、学生も先生も含めて、多くのMac好きがいました。
マックライト、マックペイント、マックドロー、ハイパーカード、Photoshop、Illustrator、Director、PageMaker、Excelなど、多くのメジャーなアプリを使ってみる機会がありましたし、自分でMacを買う友人も出てきました。
私も、大学4年のとき自分でMacを買いました。Macintosh SE/30で、メモリー2MB、ハードディスク40MBだったと思います。約40万円でした。
当時SE/30には、マウスは標準で付属していましたがキーボードは別売りでした(さすがMac)。友人が、英語キーボードの方が絶対かっこいいというので英語キーボードを選択しました。
自分の所有物としてMacを使うようになると、アプリのインストールも、OS(当時はSystem)のバージョンアップも、周辺機器の接続も、メモリーやハードディスクの増設なども自分でやりたくなります。
そのためにはMacのことを知る必要があるので、Macの雑誌を買うようになりました。最初のころは記事の内容もチンプンカンプンでした。それでも読み続けているうちに理解が進みました。
Macの雑誌にはGUIを含むMacの設計思想についてのうんちくもしばしば載っていたので、かつて友人が熱弁していたMacの素晴らしさを後追いで理解できるようになっていきました。
そして気がついたら仲間内では割とMacに詳しい人になっていました。
5. まとめ
ユーザビリティやUXデザインを仕事にするうえで、自分自身が実際に体験してみることの意義は大きいと思います。
それも、単に使いやすかった、快適だったというようなポジティブな体験だけではなく、うまくいかなかった、意味がわからなかったといったネガティブな体験も重要だと思います。
さらに言えば、最初は理解できなかったがやがてわかるようになったというような、ネガティブからポジティブへの変化を体験することも有意義だと思います。
私にとって、学生時代にMacに触れたことは、そのような貴重な体験だったと言えます。
(本記事のMacの画面は、昔のMacをブラウザー上でエミュレートできるサイト「PCE.js」(http://jamesfriend.com.au/pce-js/system6/)から切り出したものを一部加工して使用させていただいております)
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