AIと向き合う人生の指標
AI社会には、感性と行動力だ!という雑な記事を見て、少し書こうと思いました。
大前提 AIについて
AIという道具
当たり前ですがAIといっても道具です。道具とは自分が思っていること、やりたいことをよりやり易く効率的に効果的に成し遂げるものの総称です。包丁があれば、手間なくものが切れますし。電子メールがあれば、いちいち伝令に人を走らせなくてもボタンひとつで事足ります。
つまり、やりたいこと、思っていることという完成形がみえる、みえているならば、そこにはやくたどり着けるだけです。
オーケストラがいなくても、あなたが、念じれば命じれば、私AIが楽曲をお作りします!と言われても、ほとんどの人は曲を作れないでしょう。それと一緒です。いや、正確に言えばそこそこそれらしいクオリティの物はできますが、それは誰でもそこそこが作れてしまうわけで、差がありません。最低点が上がり凡人たちの下手が、そこそこになるだけです。
AIとサービス
AIはデジタルです。なので、書き起こした文章、書類、曲、絵、動画等のデジタル上の物は作れますし、そのクオリティ(最低点)や、作業効率効果は向上するでしょう。裏を返せば、サービス(人の手を介する作業群、そこに立ち合わないと受け取れない対価)の仕事への影響は多少の変化に留まります。AIでおしゃれな髪型を提案ヒアリングする手間は減るが、美容室では、お客の髪を切る作業は変わらないわけです。
AIが減らすなんちゃって知識層
AIはデジタル分野のそこそこクオリティ層や、なんちゃって知識系(知ってれば誰でも出来ること)仕事を減らします。
具体的には、デジタルコンテンツのクリエイターと呼ばれる人。デザイナー。プランナー。弁護士、行政書士、税理士、公認会計士等々の士業。
ただしトップ争い(この世に見たことない新しいものを産み出す)の層はなにも変わりません。自分が望む究極の完成形を探し続けるだけなのですから。AIで多少は作業が楽になるかもしれないぐらいです。こうした変化で起きることは2つで。
そこそこで良かった層がさらにお金をコンテンツに払わなくなることと、一部の変人天才が生まれる可能性があるかもってぐらいです。
前者は、家の補修みたいな話で、昔は全部プロにお金を払っていたところが、YouTubeを見て自分でホームセンターで買ってきたものでやってしまう感じですね。あるいは、読みたい漫画の条件を指定すれば、そこそこ作品が完成して楽しめてしまう未来等もあるかもしれません。後者は、譜面かけないし読めないけど、曲作りを楽器で適当に弾きながら作れちゃうみたいな変人の良コンテンツ作品が、今より世にでやすくなるでしょう。しかし、これも頭のなかには人に理解されにくいだけで完成形やそれに至る道がその人には見えているからできることです。絵のかけない漫画家。カメラを持たない映像監督とかはもでてくるかもですね。
AIと人生の指標
というわけで、本題へ。AIと人生を向き合っていく指針や指標です。
1、AI関係の職に就く
車と一緒です。新しいAIという道具の開発改良のメーカー分野でもいいですし、ディーラーみたいな欲しい人に魅力と特性を伝えて販売提供する分野でもいいですし。実際に納車してネットワーク?環境を整えたり、提供後のアフターメンテの修理やらの分野でもいいでしょう。
2、手に職を持つ
デジタル化できてしまうコンテンツやそれに関わる仕事を避けて、その仕事には人の手が必要という仕事や方向にむかいましょう。デジタルなので、結局現実にものを必要とするメーカー系やものづくり、その下流の物の流通や提供。工事や取り付けなどは残ります。なんちゃっての知識や頭の中で考えたり答えを出すだけで、やろうと思えばデジタル内で完成完結する仕事は避けましょう。
3、智を磨く。自分の道を突き進む
AIの場合の出来不出来は、頭の中の完成図の差です。後はAIを使う習熟度ですね。でも習熟度は、慣れているだけの人は山ほどいてその人に聞けばいいだけなので、大事なのは前者(完成形を描ける力)です。
オーケストラの例の通りで、結局差になるのは、自分がどれだけその物事に精通し自分の視点でその物事を構造化体系化出来ているかということです。智をどれだけ磨けているかと言い換えられます。詳しくは、以下の記事で
少し話はそれますが、智をもっと簡潔にいえば成長と言い換えられます。成長とは、新しいことを知る出来るようになることであり、新しさにふれるには、以下の3つのうち、2つ以上が必要です。
・やる気、意慾 (とにかく頭で考えてなにかひらめく、気づく)
・見本、教材(知らないことを誰彼から教えてもらう)
・体験経験(やってみて至らなさに気づく)
これらの三つを効果的に得るためのアドバイスは、生産活動をすることです。ただアニメを見てました。ラーメンを食べ歩いてました。ラーメンについての知識はあります。ではただの消費です。
誰彼に見てもらったり発表できるかたちで、その体験を通じて得た何かを形にすることです。そうすると、自然と自分が何をどのように感じる人間なのか、自分のいたらなさ、新しい気になることが自然と出てきます。消費ではなく生産(産み出す)ことをすることです。このところを雑に言い換えれば感性と行動力になるのかもしれませんが、ただアニメばかり見る行動をしても仕方ないので、自分の言葉で感想やテーマへの考察でもなんでも書いてみるまでが必要です。心にあっていなければ自然とまた違う方に歩き出すだけです。
終わりに
AIが進化しても人間は全く賢くはならないと思います。先の智の記事の通りで点だけの知識なんて活用出来ないからです。その場しのぎにはそれらしいこと(三角コーンの例)をそこで覚えた知識でいえるかもしれませんが、本質的にはなにもわかっていないというか、自分の道を前に進んだ訳じゃありません。試験には、口頭尋問が流行るでしょうね。
言い換えるならば、AIは様々な情報から"答え"をくれますが、"質問や問"がしっかりしていなければ、なんの意味もありません。
頑丈な家の設計図つくって!で出来る未来もあるかもしれませんが、頑丈って何ですか?って話です。対雪何メートルのこと?対湿度?対塩害?地震?明確に定義してゴールに辿り着くには、どんなに道具が進化しても、物事に精通した人間の完成形を描く力が必要です。そして物事に精通するには、結局は真摯にその物事の理解という自分の道にどれだけ向き合ったかです。AIがあろうがなかろうがそうかわりません。
注意というか補則
今のAIレベルが自動運転3とかだとすれば、レベル5になって、AI側からこの辺の指定や定義が甘いですがどうしますか?とか聞かれ始めたら、その時は、本当に智もクソもない世の中になりますね 笑 ど素人の無知識の誰でも90点が出せてしまう。本当に頑張っている人は100点や120点が出せる。でもそれもすぐAIに学ばれて陳腐化する。嫌な未来ですね。
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