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【3部作】モテを紐解く その1

noteでモテについて触れられた記事に触発されて書こうと思う。モテについての考えの整理。ややこしく長くなったけれど、着いてきてもらえれば幸いです。最初の大前提飛ばしてもらっても問題ありません。



大前提となるモテの前の好感の構図

憧れ(尊敬)と共感(自分もそう思う)

恋愛感情(所有、自己と同一化、距離感)

(大衆心理、集団圧力、社会的な善)

の3軸で整理できる。自分にはできないけど憧れる、あぁなりたいと思う尊敬と、自分もそうだし、相手もそうであって欲しい。一緒という共感が好感に繋る。そして、そこに恋愛感情という自分と相手との距離感が加味される。自分の普段の生活のなかに相手を取り込むとか、自分と相手を一体化、1つのものとして見なすような見方だ。そこで好感に幅と質か生まれる。最後に、尊敬や共感の軸と恋愛感情の軸に、社会的な要素が存分に加味されて、こういう要素が今の時代やその社会では尊敬や共感として大事になるとか、こういう部分も一体化の範疇になるとか、その軸自体に社会的な圧力や影響が生まれる。そして、モテとは下図の赤い範囲になる。


好感




モテの定義

自分や周囲も認める、優れた魅力があるという特徴のこと。男→女にすれば美の魅力であり、女→男にすれば、逞しさの魅力になる。詳細は後述。実際にその予見の通りならば、モテるとなるし、見通しならばモテそうとなる。





モテの男女差

モテには男女差が大きくあるので整理しておく。


男 → 女の場合

モテとは、外見やスタイルによる普遍的な造形的な美が根幹にある。次いで、大衆心理、集団圧力的な皆がそう思うかがある。また恋愛感情的な自己同一化のプロセス(自分の手が届きそうか)を含む。

分かりやすく書けば、男の場合、クラスでモテるのは可愛いあの子と綺麗なあの子だ。スタイルがいいとか、胸や尻や脚やら造形の話になる。で、ある程度の同調圧力やすり合わせで、どこまで誰までをモテに入れるか枠が定まる。最後に自分の手が届かないと好きになれないタイプなのか、手が届かなくても全然構わないか(恋愛感情)の線引きで、投票がバラける。もっとシンプルにいえば、美の後に、求める女性像を重ねるか、全く重ねないで美だけで判断するのか、適度に加味するのかそんなタイプがある。




女→男の場合

モテとは、雄としての強さ、雄としての魅力逞しさを根幹におく。魅力には以下の通り様々あり、集団圧力や社会的な善等の周囲の影響も大きい。

肉体的な魅力(容姿と恵まれた体格)

社会的な魅力(小さい頃は走るのが早いに始まり、笑いや音楽や不良やらコミュニケーション力やら色々経てお金になっていく。)

精神的な魅力(態度や能力で頼れる存在かどうか)となる。誤解ないようにいっておくが、優しさや女性への配慮、傾聴等ではなくて、頼れる精神行動力能力を持ち合わせているかである。

技巧芸術的な魅力(その個人特有の美意識)


容姿や肉体的な雄としての魅力とは、まだ小学から中学生の時期では、顔の判断になるが、年を重ねるにつれて差の出る体格や体つきの魅力も加わってくる。しかし、これも恋愛感情の自己同一化に関わり、あまりに体が自分より大きすぎる相手だと、一緒の生活ではその差に支配や威圧を感じとり敬遠するし、大きい相手ばかりはいないので、結局のところは、少し自分より大きい容姿の相手になる。また逆もしかりで、守りたい側の男側もそういう身長差を求めているだろう。

社会的な魅力とは、その時に所属する社会集団で良いとされていることの指標をどれだけ満たしているかである。小学生の脚が早いに始まり、最終的には大人のコミュニケーション力や経済力に落ち着く。

精神的な魅力とは、精神的に寄り添い守ってくれるかのことであり、目の前の問題や困り事を颯爽と解決してくれる場合から、愚痴やおしゃべりを聞いてくれる場合まで含めて、その時に相手がほしい問題解決や対処をして、助けてくれるかである。精神的な魅力というか、姿勢の魅力といってもいいかもしれない。助けてくれる、気遣ってくれる、支えてくれるの三本柱のように思う。

最後の技巧的な魅力とは、女性特有のもののように思うが、芸術性や著しいスポーツ能力や、声がいいとか、躍りがうまいとか、体の相性とか、そういう肉体的感性的な震えから始まり、そのまま相手の世界観や相手全体にその好意が拡大していくような現象だ。詳細は不明だが、相手の美意識を震わせる突出した何かを持っていれば、それだけでモテる、ファンがつくという現象が女性には起きる場合がある。男ならば、声が最高だし、顔も、可愛いと別項目になるが、女の場合は、声が超絶良くて、あの人は素敵はぁとと1つの合算計算になる。




男女差の背景と解説

生物学やら社会学やら文化的な何やらで、やはり男は女を守るものとして、戦力の頭数にいれていないことが背景にあると思う。なので、美しいかどうかだけのシンプルな指標なのだ。そして、守りたくなるものとしての好み(望む女性像)が加わるわけだ。これは18類型ぐらいに分類できそうだが、いつかの機会に任せる。家庭的とか、性的な魅力溢れるとか、歳上のお姉さんとか、清楚とか。男友達みたいに気の合うとか。何があっても笑って受け止めてくれるとか。いつもニコニコしてくれるとか。まぁそういうよく聞くいろんな女性像のどれかだ。

女性の場合は、男の反対に守られるものとしての意識や社会制度、性別差を植え付けられているので、より守ってくれる相手という逞しさをモテ(魅力)に変換するのだと思う。(一般論、全体的には)なので、集団内での肉体的な逞しさだったり、集団内での能力の社会的な逞しさだったり、個人的な私を助けてくれる逞しさだったりが大きいように思う。最後に各自の好みが足されるのではないだろうか。





原理理屈を踏まえたモテる為の理論

以上を踏まえて、モテるには?という話を展開するが、モテを推奨する気はない。あ、この人魅力的だと思ってもらい向こうから好感をもってもらうだけの話だからだ。友達のように色々時間を過ごして価値観の一致から、居心地のよさを感じて好感になってもいい。なので、関係構築のなかでの1展開でしかないので、モテ路線で相手を口説かなくても、自分に合う方法で相手と縁繋がりになればいいと思う。



男を落とすモテ理論

下品ではないがスカートやら浴衣のうなじや体のラインが出る服とか、何やらで露出を増やし、化粧やらも使って肉体的な造形の美を意識させる。で、事前にリサーチ済みの相手の求める女性像や、大衆受けする女性像の振る舞いをマスターしておく。

男の場合は理屈で物事を進めるの通り、理屈という頑固で金太郎飴のように毎回どの時代でも同じ結論になるものさしを使うので。どんな時代も大体一緒。女性像の類型のどれかになるだけなので、自分に合うとか目指しやすい類型(女性像)にまとを絞れば良い。また男の場合は、女性の肉感ある体のどこかに魅力を、実体のある肉体を前にすれば、どこかに魅力を感じてしまうので、体の造形を見せつけることを意識すればよい。そこまでしてもダメならその人の美意識や女性像とどうしても合致しないという話なだけだ。



女を落とすモテ理論

残念ながら、化粧もできない顔と身長や骨格の逞しさは、加点できずにモテにくい。一部のそこそこイケメン以上、高身長でないと初対面からいい感じにはなりえない。お金を稼げるようなるべく努力して経済的な社会的魅力を獲得するか、人との関わりのなかで、助ける、気遣う、支えるという姿勢をマスターし、またそのための能力も獲得しておけば、それがモテに繋がる時が来るかもしれない。仕事のできる先輩と後輩とか、店長とバイトとか。上司と部下とか。そういう関係がそのまま縁繋がりになるのはよくきく話だろう。


こう考えてみると、実際実体の実感にかなり近しくあながち間違いの考えではないように思う。男の方は第一印象や少しの動作や少しの受け答えで相手を魅力的かどうか判断できる理屈で動いているのに対して、女の方は、高身長良い体格(自分より幾分高い)でそこそこイケメンかどうかを除いては、いきなり相手を魅力的かどうか判断できる構造になっていない。経済的魅力は、自己申告や所持品で判断推測できるが、それが真実かどうか疑う必要があるし、またその魅力が今だけなのか、長期的安定的なものかどうか精査する必要があるだろう。また、自分を助けてくれるという精神、姿勢に至っては、それを発揮する発見する機会がいきなり訪れることはない。




街コンや結婚相談所って無駄じゃね???

話はすこし脱線するが、こう考えていくと、女性と男性が出会う理想の形についても考えられる。端的に言えば、街コンや結婚相談所的なものは無駄とか非効率だと思う。上述の通り、男にしてみれば容姿と理想の女性像かどうかを判断できればいいので、街コンや結婚相談所的なものは有効だ。一方、女性からすれば、そういう出会い方では魅力を感じたり判断しにくい構造にある。

あって話して年収や仕事内容を聞いても、上述の通り魅力にまでは至らない。ピンと来ないままおわり、徒労になる。女性はあういうの辞めた方がいいと思う。マッチングアプリとかで直接会って過ごす中での振る舞いの方が、まだわかりやすい。これは男もそうで、男の方が、すぐにピンとくるまではいくので、街コンやらでもいいのだが、その先の結婚やら生活を共にするとなると、価値観の相違はストレスと破局に繋がるので、直接会って行動を共にした情報量に勝るものはない。なので、長い目で見れば、マッチングアプリ的(街で会う)戦略の方がいいと思う。

男女の価値観のすり合わせについては過去記事をどうぞ



男女の出会いの理想形を空想すれば、男は女性の肉体情報と容姿を実感体感できること、望む女性像かどうかで魅力を判断できるので、女性の3Dモデリングと女性の質疑応答の自由記述の解答か何かの情報を提示されていればよい。

一方女性の場合は、一部の肉体的魅力や芸術的魅力を除けば、普通の男は経済的魅力と精神的魅力で勝負するしかないので、私やあなたの為にどれだけ稼げるか、助け尽くせるかのアピール競争をさせた方が手っ取り早いと思う。どれだけ稼げるかは正直このご時世ようわからないし証明も難しいので、一番はどれだけあなたのことを思った行動ができるか選手権を開催すればよい。

つまり、個人情報の問題や悪用問題もあるので、ノイズ化するとか段階を踏まないと開示できないとか手続き段取り的な問題はあるが・・・、女性は自分の3D情報と女性像情報を開示する。その提示に対して、男が自分の3D情報と年収や経済的な社会的魅力を提示しつつ、あなたにグッときました、私はこれだけ尽くします!とアピールさせればよい。その後は、直接会って、その情報の真偽や、その他の価値観やらのすり合わせを行えば良い。

あるいは、もっとイベントとして、肉体的にはまぁ○だよねという人同士を集めて、その上で指定されたミッションやトラブルや課題にどう立ち向かうか見てもいいと思う。知識力、実務能力、対応力、対応方法、自分の為に本当にどれだけのことをしてくれるのか等で経済的な社会的魅力と精神姿勢の魅力がわかるだろう。





女性との会話

こういった理屈で考えると、女性との会話での成功や、女性との会話がもたらす効果や影響は次の2種類しかないように思う。

1、肉体的な魅力、社会的な魅力、精神的な魅力を審査する間接的な指標である。

2、大前提の好感の図式の通り、会話そのものから魅力を感じるのではなく、会話から共感が生まれ、それが好感になり、ひいては、一般的な恋愛関係枠に発達する。


声の高い、低い、話す声、速度、話し方、話す内容、話の展開等々を踏まえれば、この人声も格好いい(肉体的魅力)とか、仕事できそう(社会的魅力)とか。頼りになりそう。私のことをわかって助けたり気遣ったり支えてくれそう(精神的魅力)というのが、間接的には類推できる。魅力的な話し方や話す内容という方向性ともいえる。

一方で、引きずられる魅力とは異なるが、自分と同じ考えである。自分と同じ興味関心である。自分と同じ興味関心だが、+αして発見や驚きを教えてくれる。自分と同じ部分を生きるうえで大事にしている等々、そういう相手との共感(一緒)を土台にして、気の合う特別な相手、男女になってもわるくないかなの相手と進展していくための共感戦略の第一歩としての会話の2種類だろう。但し、ここでいう女性の求める共感は、傾聴とかその気持ちわかるよ!ではなくて、同一体験(俺もそこ”行ったことあるよ、それ見たよ。それしたことある!)というレベルの共感を求められるので、上の魅力を伝える、共通体験を伝える。どちらにせよハードルは高い。





終わりに

こうしてみると本当に面白いというか、巡り巡る感じが面白い。一部の肉体的エリートたちは、その肉体パワーで瞬間的に派手な恋愛模様を繰り広げる。まぁそんなのに無縁の一般人たちは、先のような戦略戦術で女性と結ばれていくわけだが、全然興味関心のない人を助けたり、守ってやろうとまで動くような男はそういないだろう。だから、下心というと下品だが、まぁそういうなんかいいなと思う女性に少しずつ勇気を出しながら、接触して的外れな関わり方もいっぱいしながら、女性の正しい助け方を人生を通して知っていく。

つまるところ、女性の美があり、下心男心で始まり、それで相手を助けて、助けてくれることに特別感を見出し魅力を感じ、結ばれる。双方の駆け引きというか関わりで巡り巡る感じが面白い。


最後はおまけ話。その1

女性の求める助けられ方と男性の求める女性像を知りたい方は、グレイ博士のベストパートナーになるためにとか。男は火星から来た女は金星から来た?だかのあたりを読んでもらうとわかる部分があるとおもう。


おまけ話 その2

妻に付き合おうと思った決め手ってなんだったの?と大分経ってから聞いたとき、遠方までいって買った誕生日プレゼントをくれた事と言われた。なんじゃそりゃ容姿とか人間性とかじゃないんかい!と思ったのだが、今になれば、やっぱりこの理屈の通りなだけなのだろう。

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