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サーフィンという美しい理想的な世界。サーフィンの正体や魅力。

結論から書くと、サーフィンとは人生そのものだと思う。その人にとってサーフィンが人生の全ての人もいれば、サーフィンを第二の人生、別の人生として向き合っている人もいるだろう。言い換えるなら、人間の人生を構成する要素を、サーフィンがふんだんに内包しているともいう。


人生の目的や生き甲斐は何ですか?


と聞かれて即答できるひとはあまりいないと思う。教科書的な、遺伝子を残すためとか、あるいは表面的な、楽しむためと、すぐに答える人はいるかもしれない。まぁそれも正解だけれども・・・。


楽しい、面白い、刺激的な経験をしたい。

心が震える感動したい。

追求探求していきたい。成長していきたい。

死ぬ瞬間に誇りをもっていたい。

何かを成し遂げたい。後世に誰かに何か残したい。



少し考えてみて、上のようなことを自分なら答えるだろう。そういう人生を生きたい。しかし、現在の社会は複雑多岐で理不尽で非合理で非効率で成熟化しすぎていて、平凡な個では、とてもそんな自分が美しいと思う人生を追求できない。他人や様々な事情や兼ね合いや運に振り回されて、その渦に埋没していくしかない。


そんなわけで、社会という仕組みでは自分を殺してそこそこに振る舞うしかなく、社会に引きずられる(時間やお金や居住地等々の制限縛りをうける)家族家庭の仕組みも同様に、そこそこで振る舞うしかなく。最後に残った唯一の場所が、個の時間、一人の時間、趣味の時間だ。我々はそこに美しい人生を見出す。


人により楽しいと思う趣味や活動や、生きがいは様々なものがある。しかし、そのどれよりもサーフィンが一番、人生を追求するのに望ましい性質を持っていると思う。



一人でできるし、複数人でわいわいでもできる。

見る側でもやる(作る)側にもなれる。それについて語り合える。

必要なのは道具と海だけ。他人に迷惑をかけたりリフトとかのエネルギーや多さげな施設を必要としない。

レベル1(下手)でも、滑走疾走感が楽しい。体を動かす心地よさ。

レベルが上がると、もっとできることは増えて楽しい。

その成長を実感できる。

そこに関わる力学や力の使い方はシンプルに見えて奥深く、二度と同じ波はないし、高難易度で歯応えがある。

自分のやりたいように創意工夫できて、それが独創性や表現になる。

完全に安全ではないが、挑戦しても怪我することはほとんどない。


娯楽や趣味やスポーツと呼ばれるものも、似たような性質を持っている。しかし、制約や制限が多く、サーフィン程ではない。誰かが作ったルールでできているせいで、最適解やそれに即した最適な肉体や技術が明確であったり。明確により良いという尺度があったり。相手を必要としたり。上達しないと面白くなかったり。上達が簡単すぎたり。上達や成果というものが乏しいものだったり。



裏を返せば、娯楽や趣味やらにそこまで人生を求めてないよ。その時少しすかっとすればいいよという想いならば、その人はサーフィンをしてないだろう。もっと結果がわかりやすくて、簡単に上達して、誰かとやればそれだけでなんか楽しい時間を過ごした気になれるそういう類のものを手元に置いていると思う。別に、そういう人生も正解である。悪くはない。



さて、最後に。冒頭の結論をなぞって。サーフィンとは人生の縮図である。いやというか、人生そのものを理想的な形で体現しているように思う。社会や家族やそういう中での無駄な煩雑複雑さが、シンプルになるようそぎ落とされながらも、難易度は残しつつ、やることやれることは無限にあり、そして失敗しても安全なのだ。そして他と比べてもいいし、比べなくてもいいし、その時その時の波に合わせる合わないだけなので、限りなく個とオリジナリティを保証する。その結果の揺らぎは、常に私たちを飽きさせないし、ただ流されるだけでも十分な気持ちよさがある。追求しすぎることも否定しないし、少なく満足することも肯定する。どちらも両立する。


サーフィンの世界では、全ての主義主張が両立するし、同時に存在することも可能だし、多と個もそうだし。挑戦と安全も両立する。書いていてあれだが、改めてサーフィンは本当にパーフェクトワールドだと思った。こんなにぶっこわれた世界で、なぜこんなに美しいのだろう。それも一瞬のきらめきではなく、美しい場として存在し続けている。自分が美しいと思う理由を書き連ねて、””だから””””こんなに””美しいでしょ!という同義反復的な話運びは滑稽だが、自分が思うサーフィンの美しさをはっきりと説明することはできた気がする。


余談になるが、サーフィンという人生に足りないものは、物語性(カタルシスや喜怒哀楽的な心の感動)だろう。サーフィンと自分という物語、サーフィンの歴史という物語は存在するが、もっと多くの物語がそこに存在し誰でも見られるように働きかけられれば、サーフィンの世界はもっとより良いものになると思う。gopro、youtube、インスタ(SNS)、サーフフォト、サーフムービー、そういう個の記録を結び付けて、物語に編纂してみたいなぁ・・・。

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