猫の尿
自創作キャラのアクセルとテオの小説
倫理観に欠ける内容を多く含みます
『...…Can you hear me?Well……寂しい』
深夜1時、電話越しに聞こえる覇気のない声には僕の脳裏であいつが暗いボロ屋で横に縮こまっているのが浮かんだ。それと同時に、甘ったるい台詞に聞こえぬように舌打ちする。
「分かったよ。僕がそっち行くから。ゴムチューブあるでしょ。あれ腕に結んどいて」
『テオ?お前はテオだ。…er…俺……俺って誰だっけ?』
お互いの返答にならないクソったれ会話はもう決まった合図だった。少しの間を空けて「お前はアクセルだ」と答えて電話を切る。
洗面所に行って顔を洗おうとして蛇口を捻ると錆のような茶色に濁った色の水が出た。目の前の鏡には、失笑したつもりの自分の表情は固く、代わりに唇の両端からそれぞれ耳元まで走る疵が俺を笑った。
それから避けるようにしゃがんで洗面台下収納を開ければ、中には化学反応を起こして水色の液体の入った一つの注射器がある。
水色なんて、我ながら趣味が悪い。Any way,ポケットにさっさと突っ込んで、車庫に向かう。
錆ついた階段は音を立てないように気をつかう。ほとんど廃墟寸前ともいえるアパートの2階にひとつめちゃくちゃにスプレーで落書きしてある扉がある。それが目印だった。
乱雑に上から上へと書き綴られるmother fuckerやson of a bitchなどの言葉群は俺がアクセルに言いたいことを代弁してくれている気がした。
ノブに手をかければ鍵は閉まっていない。というよりも壊されてるのだろう。
「...…Hey,アクセル、」
室内に入ると、真っ暗な、それでいてぐちゃぐちゃのゴミの山々の奥で電子音が規則性を持って鳴り響いていた。
僕は音の鳴る方へ進む。
ぼんやりと明かりがあるそれは携帯電話で、そこから音が鳴っているのは僕の電話が切れたのをそのままにしているからだ。
ツー、ツーという無機質な音はそこに横たわるアクセルの心臓の鼓動のように感じた。
「テオ、待ってた」
僕に気づくと、ゴミ山の上で横たわる姿はそのままに目線だけ僕に投げた。月明かりがぼんやりと彼を照らしていて、いつか青く染めたであろう色の落ちた黄色とも緑とも青とも言えぬ髪が反射している。悪趣味なアートのような光景を僕に見せていた。
だらりと投げた腕には僕が指定したようにゴムチューブできつく1周結んでいる。
「……じゃあこれ。いつものとちょっと違うんだけど」
返答が無いアクセルをよそに僕はポケットから注射器を出して、アクセルの腕を掴む。少し痩せたな。
注射器の針をアクセルの浮いた血管に刺すのに躊躇いは無い。それを彼の腕にポツポツとできる黒い円状の痕が数多にあることで証明している。
「……あ゛、あ゛あ゛あぁぁーーー……」
アクセルが意思の無い息と共に漏れ出すような声を発したかと思えば、ビクビクと体全体を痙攣させ口の両端から泡を吹く。
「Damn it……ダメそうだ。こんなんじゃ新しいヤクとして出せねえな。程よーく…ってのも難しいんだけど…地獄見るくらいがいいんだがfucking殺人級だぜ。殺虫剤まで混ぜたのがいけなかったかなぁ」
僕は足元の幾つもあるゴミをひと蹴りしてアクセルの目の前にしゃがむ。
「おい、アクセル、Are you ok?へばんな」
アクセルの頬に数回平手打ちすれば白目を向いていた眼球はガチガチと壊れたように上下する黒目を見せた。
「お、おおおおお俺、アクセル」
「うん」
何を当たり前のことをこいつは言ってるんだろうかと、俯瞰して見ればseriously a foolで笑える。
だけど、こいつには薬物が無ければ自我を確認する事ができない。そういうままに生きてきた奴だからだ。それは僕にとって理解ができないし、したいとも思わず軽蔑する。だから被験者としての素質がアクセルにはある。
「テオ………?テオ?」
「うん」
「テオ、ゎ……おおおおれれの、の、のっ、」
「……」
「俺俺おおおおおれれれれれののののの、なっなっなぁ……何?」
アクセルの胸ぐらを掴んで自分の顔に引き寄せた。口から吐く息がゲロ臭え。体臭が猫の尿みたいな匂いがして最悪だ。傷み色の落ちたその髪の毛は溝の上澄みのように濁っている。焦点の合わないその目で僕の事を見ているんだろう。
唇が触れそうになる。暖かな息がかかる。ツー、ツーという電子音はもうとっくに僕が切ったはずだったが、それがだんだん早く短く頭の中で刻まれている。
「お前の恋人だよ」
アクセルは僕の口に向かって盛大に吐いた。それが拒絶みたいで、めちゃくちゃに笑えた。