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日常にじわじわ効いてくる漢方みたいな宿を紹介します
このnoteで紹介するのは私の出身地、佐賀県佐賀市に位置する一日一組限定の宿です。
(いったんこの宿を「h」と呼びます。事情はのちほど)
当面佐賀に行く予定はないよ!という場合(大半がそうだと思う)でも、食や器、暮らしと仕事、などに関心のある人にはおすすめしたい宿なので、ぜひ読んでもらえると嬉しいです。
佐賀といえば福岡と長崎に挟まれた小さな県で、その県庁所在地である佐賀市は、人口約20万人強の都市です。人口減少・高齢化がすすむ佐賀市は、目立つ観光スポットもなく、言ってしまえばよくある地方都市。その街中で営まれているhは、「日常」の体験にこだわった小さな宿です。
よくある街で、なんてことのない「日常」を過ごすーーー。
わざわざ旅に出るのにふつうの「日常」?もっとわくわくするような旅がしたい…!
そう思う人にこそ、ぜひ滞在してもらって感想を語り合いたいと思います。
空洞化した街中に残る歴史と文化
hが位置するのは、佐賀市の中でも、駅と県庁舎をつなぐ大通りからほど近い中心部。
かつてこの大通りの周辺にはアーケードや商店街が並び、多くの人で賑わっていましたが、郊外の大型ショッピングモールの進出によって街の中心部は衰退。閉店したお店も多く、平日も休日も、人通りはまばらでやや寂しい印象です。
佐賀の人がよく言うフレーズがあります。
「佐賀は、なーんもなかもんね(佐賀には、何もないもんね)」
私自身、佐賀市に住んでいた十数年前まではそう思っていました。
県外の人と話していると、「えー!でも佐賀は温泉あり、焼き物あり、酒あり、サウナありじゃん!」と言ってもらえます。ありがとうございます、そうなんです。なんですが、それらは大体が佐賀市ではなく、お隣や、そのまたお隣の市にある地域資源なんです。
佐賀市内にある佐賀城は、現在は門と城の跡を残すのみ。
2015年には海軍所跡が世界遺産に登録されましたが、「みえない世界遺産」として謎の方向性で話題になっていました。
そんな、いろいろと惜しい感じが佐賀らしく、愛おしいとも思いつつ、近年は古いビルをリノベーションしたカフェや書店、佐賀産のお米を使ったおむすび屋さん、コワーキングスペースなどもできていて、少しずつ佐賀市の街の中心部が、歩いて楽しめるエリアになっているのを感じます。
もともとこのエリアは、江戸時代に唯一の交易港だった長崎と小倉を結ぶ長崎街道が通っていた場所。そして肥前鍋島藩の武家屋敷があった場所でもあり、歴史ある八幡宮や老舗旅館、創業90年以上の甘味処などもあります。
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泊まれる台所のような宿
hは、そんな新しい機運と歴史が静かに息づく佐賀市の中心部にあります。
客室は、古くは米菓子屋さんが営まれていたという建物を改修した2階部分。1階でチェックインを済ませて階段を上り、靴を脱いで入室します。
寝室は一部が畳になっている準和室で、キングサイズのベッドが一台。ほかに、ベッドにもなるソファがあるので、大人数人でも宿泊が可能です。
台所は、広々としたダイニングの空間と一体になっており、大きなテーブルや椅子が設置されています。滞在中は自然とここで過ごすことが多くなりそうです。
旅の楽しみは「食事」だ、という人は多いと思いますが、旅行中は外食が多くなりがちで、胃がつかれることもしばしば。hは街中に位置しており、近隣にスーパーや八百屋があるため、食材を調達してこの台所で自炊をすることが可能です。
台所には宿のオーナーさんのこだわりで、使い勝手のよい調理道具たちが取り揃えられています。設備は必ずしも最新鋭のものではありませんが、3口のコンロや調理家電が完備。
また、せいろやおひつなど、「自分は持っていないけど使ってみたかった!」というような道具たちも。まるで料理好きな友達の家の台所におじゃましているかのような感覚です。
全体的に客室がシンプルで落ち着いた内装にまとまっているのに対し、台所に用意してある器はシンプルなものから華やかな絵付けのもの、迫力ある大皿まで、バラエティ豊かです。
オーナーさん曰く、
「土の風合いが感じられる素朴な器もあれば、ハレの日に使いたくなるような鮮やかな器もあります。あえてテイストを統一せずに用意したのは、来てくださったゲストの方々のシチュエーションや気分に合わせて、いろいろと試してみていただきたかったからです。」
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日常の手綱をにぎる感覚を忘れたくない
hの構想が始まったのは、2023年。新型コロナの脅威がいくぶん落ち着き、社会が通常運転に戻ろうとしている時期でした。
ようやく会いたい人に自由に会えたり、過度な心配をせずに外出できる喜びをかみしめる一方で、慌ただしさも戻ってきました。
コロナ禍で半ば強制的にSTAY HOMEをしていたとき、窮屈さを感じながらも、改めて家での生活や、住んでいる街に目が向いた人は多かったのではないでしょうか。
小麦粉がスーパーの棚から消えたり、家庭菜園を始める人が増えたのは、遠くへ出かけたり、派手なレジャーをしなくても、自分の身近なところに楽しみを見つけられるんだ、という人々の発見の表れだったと思います。
「それまで、平日の自宅は基本的に寝るための場所で、休みの日もどこかへ出かけて刺激を受けなければ、と思い込んでいた節がありました」
そう語るhのオーナーさん自身も、コロナ禍でそんな日常の楽しみを見つけた人のひとりです。
「家にいる時間が長くなり、自分で料理を作ったり、不便だと思っていた収納を見直す中で、生活の手綱を自分でにぎる、という感覚がだんだん生まれてきたんです。そして、それまでの自分の生活がいかに消費的で受け身なものだったか、考えずにはいられなくなりました」
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「”ていねいな暮らし”と言われればそれまでかもしれませんが」と、前置きをしつつ、こんなことを語ってくれました。
ごはんを自分で作ること、そこからさらに食材の背景に思いを馳せてみることは、自身の生活のスタンスを超えて、働き方や社会のシステムにまで思考をめぐらせることにつながっていった、と言います。
「たとえば、自分で漬物をつけてみたり、あんこを炊いてみたりすると、手間と時間が想像の何倍もかかる。すると、スーパーに並んでいる商品は、とんでもなく低価格で売られている気がしてくるんですね。」
見えないところで誰かにしわ寄せがいっているのでは。安さだけで商品を選ぶことで、いびつな生産・物流のシステムに加担してしまっているのでは。そんな疑問が増えていきました。
「たとえSTAY HOMEが終わっても、生活のひとつひとつの選択が社会を形づくっているという感覚を手放してはいけないんじゃないか、という想いがありました。」
誰かにとっての日常を味わう
平凡な日常に楽しみを見出したり、生活の手綱をにぎりなおす機会や場を作りたい。そう考えたオーナーさんがオープンしたのがhでした。
自身が旅好きなオーナーさん。国内外いろいろなところへ旅をする中で、旅先で料理をつくる体験にハマったそうです。あるときは現地の料理教室で。あるときは小さなキッチンがついた民泊のアパートで。
食材を調達して、料理し、食べるまでの一連の行程を旅先で行うことで、食文化の違いや共通点を見つける喜びや、いつもの生活にも使えそうなヒントを発見する。完全な非日常の旅ではなく、そこに住む誰かにとっての日常を味わうような旅の形です。
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そんな時間を過ごすことができる宿を構想したとき、故郷の佐賀市はとてもしっくりきました。よくもわるくも目立った観光資源の少ない佐賀市。
”平熱の街”で、あたかもそこに住んでいるかのように溶け込んで過ごす時間は、もしかすると日常に焦点を当てなおすのにぴったりなのかもしれません。
ちなみに、佐賀は派手な観光スポットこそありませんが、食材に関しては申し分のない、いやかなり恵まれた場所であるといえます(突然のフォロー)。
小さな県ゆえに海も山も近く、また広大な佐賀平野は米どころ、酒どころでもあります。
hの近所には古くから続き、地元に愛される居酒屋さんなどもあるので、滞在中の食の楽しみ方はさまざま広がります。
「hでの宿泊自体は劇的な感動体験や、絶大なリフレッシュ効果があるものではないと思います。でも、泊まってくれた人が自身の日常に戻ったときにじわじわと効いてくる、そんな漢方みたいな宿になりたいな…というのが野望です」
🍢 🍢 🍢
と、ここまで書いてきたhという宿ですが、実はまだオープンしておりません・・・!(ごめんなさい)
この宿hは、私が将来かなえたい夢としてここ数年頭の中で膨らませている計画でした。
夢は具体的に描いた方が叶いやすいということで、いつかどこかで誰かに紹介してもらうことを妄想して書きました。
いやあ~、インタビューに気持ちよく回答しているオーナー(自分)の発言を想像して書くのは、なんというか……とても面映ゆい。笑
でも、こうして書いてみたことで、ぐっと夢の解像度が上がったような気もします。
なお、上記の文章でフィクションなのは、hが現時点では存在していないということのみで、そのほかの佐賀の街並みやオーナーの想いはノンフィクションです。夢とはいいつつ場所は決めているので、あとは私がどれだけアクセルを踏み込めるか…
ちなみに、今後の計画としては以下のような感じです。
プロジェクトh(仮称)
・hの図面を起こす(古すぎて図面がない) ←依頼中
・hのコンセプトつめる ←日々思考中
・銀行へ融資のご相談 ←あたまだしdone
・改修工事
・什器・インテリア選定
・宿泊業の許可をとる
・日々のオペレーションどうするんだ問題を考える
・周辺へのご挨拶をかねてポップアップイベント開催 ←25年10月予定
仕事やら育児やらバタバタとしており、hのオープンがいつになるのか正式な発表はできないのですが、日々に翻弄されている私自身がいちばんhでの「日常」を体験するのを楽しみにしています。
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現在私は家族と東京に暮らしていて、こちらの下町生活にもすっかり惚れこんでいるのですが、地元とのつながりを絶ちたくないという気持もずっとあります。
仕事のためには東京にいるしかない、とか、子どもの養育を考えると東京とはオサラバだ、というような、ふたつにひとつ!という状況がどうしてもどうしても受け入れられず。どうにか折り合いがつくような働き方・暮らし方の模索のひとつとして、hを構想しています。
同じような悩みを抱えている人の話もよく聞くので、この壮大な実験の様子も、たまにnoteに記録していきたいと思います。
佐賀のみなさんも、近隣県のみなさんも、はたまた当面佐賀に行く予定はないよ!というみなさん(大半?)も、ぜひhの続報をお待ちいただけると幸いです。
何かしら一緒にできることありそう!という方も、ぜひインスタのDMなどからご連絡いただけると嬉し涙がちょちょぎれます。お菓子を食べながらコンセプト壁打ち会議するなども、ぜひお願いします🍰
では!