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コートのような表紙をください。

本を作っている。

学生時代に出会ったメンバーに声をかけ「お前らが著者の本を作る」と言って、原稿を書いてもらっている。いわゆる同人誌作りだ。著者に声をかけるところから、製本までの工程を早いのだか、遅いのだかわからない速度で進んでいる。

締切も自分で決め、特にどこかに出展する予定もない。完全に自己満足のために作る本。小さなプロジェクトを、ほそぼそとこなしている。

元々、集めたメンバーたちは、自分の好きな本を紹介するゲームをして遊ぶ団体のメンバーだった。こんな意味のわからない団体でも、任意団体となり、図書館にその意味のわからないゲームをイベントとして売り込んで、月一回図書館の会議室をタダで借り切って遊ぶなどする学生たちだった。そのゲームの真骨頂は「普段人に言えないけれど熱いものを感じる趣味」が本を通じて吐露されるところだった。

「臓器って……素敵なんだよ」と言って、自分がちょっと危ない魅力に目覚めた本を紹介する人。

「ロックマンは、ただのゲームじゃないんだ!」と言って、コミカライズされたロックマンを持ってくる人。

「王道の良さを知れ」と、少し前に流行したライトノベルを持ってくる人。

「この前これ作ったんだよね」と言って、DIYの本を持ってくる人。

聞かれない限り絶対言わないけど、すげぇ好きなものがある人々。私は彼らを見て興奮するタイプの変態だった。

「もっと、ストレートに趣味を聞きたい。むしろ、自分の欲望だけ書き連ねたエッセイを読んでみたい」

そんな私の欲望から、この「お前らが著者の本を作るプロジェクト」は始まった。

履歴書に「趣味:読書」と書く人は「ここには書けない趣味があります」と言っているようなものである。読書には、思想や文化としての背景があるので面接ではなかなか突っ込みにくい趣味だ。でも、読書という趣味は図書室で静かに本を読んでいる様子をイメージされることも多いので、嫌悪感が持たれにくいという側面もある。

故に、聞きたい。お前が手にしているその本はなんなんだ。その本のどこに、お前を微笑ませる要素があるのだ。本という枠を取り払ったとき、その興奮はどこへ向かうのか。

そんな問いかけを投げつけたい。

私の欲望の矛先は「本を作るぜ!」という、脈絡のないところへ不時着した。

そしてその欲望に応えてくれるメンバーは、原稿を書き上げる人、書き上がった原稿に感想を言う人、誤字脱字のチェックをする人など、役割分担をしながら進んでいる。

そろそろ表紙を作らなくては。と思いたち、表紙づくりを担当してくれるYさんにLINEで声をかけた。

「この本の表紙の目的とか、ある?」

何も目印のない広大な海を前に「どこを目標に進みますか」と聞かれたような気分だったが、うーん。と考えた。そして、ポチポチと文字を打つ。

「なんか、普通の。本当に普通の、主張のない表紙が欲しい」

言葉を紡ぎながら考え、思ったことを一つ一つ吐き出した。

「文庫の表紙みたいな。『これは本の表紙だな』と思えるもので……えっと……」

文字を打つ手が止まる。ダメだ、伝わらない。しばらくしても言葉が全然出てこないので、私は話を変えた。

「露出狂ってさ、出歩く時はコート着るイメージあるじゃん」

突然の話題転換だが、Yさんは黙って聞いている。

「でも、露出狂のコートって別に特段特徴があるわけじゃなくて、普通の、コートじゃん。で、バッと開けると『こいつ変態だ』ってなるわけでしょ? 開くまでは普通の本、開いたら変態ってわかる。表紙は、そんな変態が羽織る、なんの変哲もないコートであってほしい」

Yさんは、まだ黙っている。一気にメッセージを送った結果、Yさんとのトーク画面は緑色のフキダシでいっぱいになった。

流石に、少し反省する。しかし、どこで間違ったのかがわからない。

「……俺は、馬鹿なのかな」

Yさんの様子は伺えなかったが、返答だけはあった。

「変態の気持ちが手に取るようにわかる。そんな男だと思う」

言いたいことが伝えきれたのかは解らない。しかし、迷走しながらもやっていればいつかは終わる。初めての本づくりは、全員初心者なまま、変態の気持ちが分かる男と共に、少しずつ、本当に少しずつ進んでいる。

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今回のテーマ「本」

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