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走れ。名を挙げるために。

画面には銀色の車のおしりが映し出されている。私は手に持ったコントローラーで、その車を操作した。

人差し指でレバーをグッと押し込むと、車はぐんぐんスピードをあげる。時速100キロをあっという間に超えて120、130、どんどんあがっていく。建物がまばらにあるいくつかの交差点を勢いを落とさずに走り抜けた。道なりにまっすぐに進んでいくと、道は川の上を通り大きな街へと繋がっていた。

ガンッ。と音を立てて、私の車は正面から来たトラックにぶつかった。二つの車はピタッと止まる。私はちょっとバックして進む方向を整え、また街を走りだす。

友人に勧められて買ったレースゲームである。勧められて買った、というのは厳密な表現ではない。夜に話していたらふと、何か別のゲームでも一緒に遊べるといいね、と話しつつ格闘ゲームをしていた。蹴ったり殴ったりをするゲームは、一対一でしか遊べないので複数人、3人とか4人でも遊べるゲームが良いと話した。インターネットに繋げばボードゲームも遊べるし、最近は格闘ゲームのプロが他のストリーマーと麻雀をしたりしているので、麻雀なんてどうだろうとか、そんな話をしていた。友人もレースゲームがセールをしていると話していて、ずいぶん熱を入れて喋っていた。

私はマリオカートくらいしかレースゲームをやったことがない。アクセルとハンドルがあって、ドリフトして曲がると加速するしキノコを使うと速度が上がる。一番やり込んだのはマリオカートDSで、何度もタイムアタックをしていた。

その中でも、ニード・フォー・スピードというゲームがセール中と知り友人が「じゃあプレステのコード送るんで」と言って解散した翌日本当に送られてきたのである。

パトカーから逃走しながらアクセルとブレーキについて説明されるというダイナミック教習を受けた。また、ジャンプ台を勢いよく飛び越えると後ろを追いかけてくるパトカーを撒ける。ジャンプして川を飛び越えたりすると、後ろで何か嫌な音がして追いかけてくる車が減る。

ただ、この教習ではこの世界が右側通行であることを教えてくれなかったので、時折車と正面衝突するのである。

特に信号もないし、メタ的な話、でてくる車は大抵コンピューターで私も相手も怪我をしないので問題は起きていない。どんなに事故件数が増えて車の損壊が酷くなっても、今のところ死傷者ゼロな平和なゲームである。

とはいえ、パトカーに追われることもある。昼は平和でも、この街は夜になると違法なカーレースが開かれている。昼に時速200キロで走ろうが、車と正面衝突しようが警察官はボーッとしているが夜になると目の色を変えて追いかけてくる。

信号もなく、速度制限もなく、事故による死傷者が発生しないこの世界で何が問題なのかといえば、近隣住民から夜中にレースをするのは迷惑だし怖いからやめて欲しいとクレームが入っていることだ。果てしなくまともな理由である。

確かに、夜中に車が約十台、エンジンを吹かしながら爆走しているのは迷惑というほかない。それを受けて、警察は取り締まりを強化している。警察の偉い人がニュース番組で演説しており、我々から逃げることはできない、と力強く市民にアピールしている。

なお、パトカーに捕まった場合は、賄賂を渡すことで逃がしてもらえる。どうりで昼間に追いかけてこないわけだ。昼に職質するよりも、夜に現行犯で逮捕したうえで賄賂を貰うほうが効率がいいのである。この街でマトモなのは市民だけだ。

車を運転すると、洋楽が流れる。いかにもドライブの時に流れる曲だ。それも、人の車で流れてそうな曲に思える。何を言っているのか分からないのに、心地いい。ずっと聴いていたくなる。音楽とエンジン音が響く。たまにパトカーのサイレンも聞こえてくる。

レースで名を挙げると、買えるパーツや車が増える。賞金を稼いで、新しい車を買った。いくつかの車の中から好きなものを選ぶというのは新鮮な体験だった。高い車が良いものとは限らない。

良い、とは。つまり、レースで勝てる車でもあり自分の好きな、気に入った車でもある。どことなく日本でも見たことがある銀色の乗用車や、キャンプに行くときに乗るような水色のオフロードカーもあった。デザインを見て、能力値を見る。パワーとか、トルクとかわかるようなわからないような言葉が並ぶ。最高速度、ぐらいは分かった。

車を選ぶとそのまま乗ることもできるが、カスタマイズもできる。エンジン音を調節できるのだ。エンジンを吹かすとマフラーから火を噴き、車が唸る。メーターで左右に調節できるのだが、攻撃性という項目には笑ってしまった。音の攻撃性。試しに最大まで攻撃性を挙げてみる。

ブァォァン!

おぉ、確かに。いるいる、こういう車。治安の悪いところで吹かしてるエンジン音だ。あれは攻撃性を増してたのか。一旦、この設定で走ってみる。

ブァォァォン!

うるっさ。これは、相当うるさい。ガレージに車を戻して、音量を戻した。車の中に居たらいいのかもしれないが、ゲームをプレイしている私はその車を後ろから見ているので、すごく排気ガスを浴びているような気持ちになる。

視点の変更もできるのだが、車内モードはない。いくらか変えてみると、まずフロントのナンバープレートに括りつけられたような視点、次がボンネットに括りつけられたような視点だった。車に正面衝突するような運転をしていると、トイ・ストーリーのワンシーンみたいになってしまうのでやはり車のおしりをドローンで追うような高さに落ち着いている。

街を、荒野を、車で走った。この街では、昼間もレースが開催されている。合法的なレースだ。観客もいる。……多分、市民だ。夜にレースをされるのが迷惑なだけで、昼間は別にいいらしい。観戦しにきている。ちゃんと賞金も出るので、スポンサーも付いているのだろう。

それに、この街はレース用のフラッグも充実しているし、コースサイドを固める壁も潤沢に準備されている。また、昼間のレースは交通整理がきちんとされていて、ちょっと大きめな道でもレースのために封鎖される。車のパーツ屋も申請していれば問題なく営業できていることからも、車が排斥されているようには見えない。

海沿いにはジャンプ台もある。このジャンプ台は蛍光塗料で落書きされているが、特にこれを警官が撤去することもなくそもそも問題視していないようだ。

おそらくこの街はカーレースを誘致することで知名度を獲得したのだろう。なので、車好きが集まり、昼間はレースが開催されていたり、ドリフトの得点を競う人々もいる。街の規模からしても足として車が必要だし、人々はファッションの一つとして車を買うのだろう。ところが、そうした町おこしを続けるうちに夜の無謀なレースが行われるようになった。元々、走り屋の集まる街だ、腕利きがたくさんいるし、そんな人々に勝って名を挙げようとする者も出てくる。私の操作している車の主もその一人だ。レースで爆走して「なんだあいつ!」と注目される。街の人も、警察も、みんな私に夢中である。

ただ、腕前そのものはまだまだで、リトライボタンを何度も押して、ようやく一位になってストーリーが少し進む。なんとなく遠い場所のレースに参加したくなって、車を走らせる。パーツを揃えていくとだんだんお金がなくなるので、賞金を稼ぐためにレースに出る。パーツを新しくした車は目に見えて速度が上がって気分がいい。すると今度は、よりかっこよさを求めて機能に関係ないパーツに時間をかける。車のラッピングとかだ。

レースには出ているけれど、レーシングカーのようなデザインはちょっと違う。合法なレースにも出るけれど違法なレースにも出る、だから、レースをする車とわかるより「その車でレースすんの?」と感じるデザインのほうがクールだ。しかし、尖り方も痛車みたいにするのもまたちょっと違う。表現するのは自分の好きなもの全開ではなく、あくまでも用意されたパーツの組み合わせでありたい。警察はラッピングされた車ぐらいにしか思わないが、夜のレースに顔を出せば「お、アイツだ」と分かる。

例えば布袋寅泰さんのギターに描かれている模様。構成しているものは、白と黒と直線だ。名前も何も入っていない。しかし見れば「あ、HOTEIの柄だ」と分かる。もちろん、ああいうのを作るのは難しい。ただ、布袋さんはまだ売れる前、たくさんギターを持っていると思われたくて何度もギターを塗り直したと言っていた。ひたすら塗り直していくうちに、デザインセンスも培われたのだろうか。先人に倣うのであれば車をあみだくじみたいにするよりは、下手でもたくさん塗ってラッピングを貼りまくったほうが良いのだろう。でもまずは、公開されているデザインの中から好きなものを選んで自分の車に着せてみる。

ガレージに車を入れて、新しいラッピングをすると銀色の車は前面が黒、後ろ側が深い緑色に変身した。マットな黒が好きなのでそれは入れたくて、でも真っ黒だと目立たないので後ろ側は自分の好きな色をいれる。

ノリの良い洋楽を聞きながら、夜の街を走る。走り屋としては比較的静かなエンジン音を鳴らし、正面から来た車にガンッとぶつかる。わざとじゃない。夜だから見えにくかったのだ。ちょっとバックして、素知らぬ顔で右車線を走り、夜のレース会場へと向かう。

緑色になった車のおしりと火を吹くマフラーと雨模様の街が、画面に映し出されている。

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キッチンタイマー
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