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悩みにチュチュッと

横になっていると、妻がやってきて私のほっぺにたくさんチューをする。

「これ、よく■■(お父さんの名前)がやってて〇〇(お母さん)に嫌がられてたな」

と言ってからまたチューをしてきた。

私はされるがままである。とりあえず眉間にシワを寄せておく。ドッシリと私の上に乗って、チュチュとほっぺたにキスをして満足そうな妻。私はそれを眉間にしわを寄せて、うわー、やられたー、という雰囲気でいる。

そんな妻と私は比較的良好な関係を築き続けている。特に最近、私はジムに通い続けた成果もあり、妻をお姫様抱っこできるようになった。

数カ月、無理なくダラダラをモットーに、あと新しい機械があったら使ってみること、絶対にできる量でできる回数だけやって高みを目指したりはしないこと。あくまでも運動は嫌いである。嫌いだが、苦手ではない。人並み以下にはできる。

重りをヨイショヨイショと持ち上げ、ランニングマシーンでバタバタ走る。マシンに負担をかけないことだけ気をつけて、あとはダラダラやるだけだ。

そうしてお姫様抱っこまで成長した私の筋肉は特に肩のあたりがムキムキになってきた。昔、フィットボクシングをしたときに付いた筋肉が再集結しているようだ。妻を持ち上げると妻は嬉しそうな顔をするので私まで嬉しくなる。

そんな私は現在、布団でダウンしていた。着る毛布を羽織って、冬にしては比較的暖かい気候の中、寒さに震えている。

転職、体調不良、気候という3つのストレスが私に襲いかかり「すみません、今日もお休みでお願いします」と連絡をしている。

気まずい。明日は出社したいところだが、気まずすぎる。今月まだ8日しか出社できていない。腹痛、体調不良、風邪、そしてそれらが複合した結果自律神経がちょっと狂ってしまったらしい。病院からもらった薬を飲んで、今は凌ぐしかないのかもしれないが、とにかく不調である。

なので出社が気まずい。もう何度も「大丈夫ですか?」「ご迷惑おかけしました」のくだりをやっている。もう何度目だって話である。全然大丈夫ではない。しかし「いやー、全然大丈夫じゃないっすわ」というのはまた違うわけだ。あくまでも定型文での会話が必要で、本音で話すのは個別で呼び出されてからということになる。

しばらくは「ご迷惑おかけしました」と繰り返すほかない。しかし「こいつ何回目だよ」とは、思われているんだろうなと思う。肩身が狭い。初めてのことばかりで困惑して、運悪く体調不良が続いてしまい、自分への信頼がなくなっていく。なので「周りの人はどう思っているんだろう」と余計なことを考えてしまう。

気まずい……。信頼関係を構築する前にこんな爆裂に休んでしまうなんて……。本当にどうしたものか……。今も2日休んで、今日は休日。そして明日また仕事の予定だが、薬の効き次第だと私は思っている。

気合いで行ければいいのだが、それをして体を壊したのもまた事実。でも、勇気はどこかで必要になる。

そうして埋もれていると、妻がやってきてチュチュッとして帰る。妻なりの心配であり、愛情表現なのだろう。私は埋もれている。

ただただ「気まずい。どうしよう」と思っている。たしかこの漠然とした不安を解消するやり方があったはずだ。

まず、規模を大きくして考える。日本中に、私と同じように休んで気まずい人はたくさんいる。学生もそうだろうし社会人にもそうだろう。塾やバイト先でも、休んで気まずいと思っている人がいるかも知れない。でも、彼らがそれを理由に長々と怒られることはないはずだ、なぜならみんなそんなに暇じゃない。忙しいから一言小言を言われるくらいで終わるはずである。私もその中のひとりになるだろう。

次に時間をながーーくして考える。今日の経験が1年後2年後、どう役立つかといえば新人さんが休んだ時に「俺なんかさぁ」と言って話すことができる。慣れない仕事、風邪、自律神経がグチャグチャになって8日しか出れなかったんだよ。そんなことを言えるだろう。

それに比べれば、一言小言を仮に全員から言われたって安いもんだ。体調不良のときに、人に寄り添えるのは悪くない。

こんなふうに、でかさと長さを果てしなく広げることで今の苦しみや悩みを和らげる手法があったはずだ。悩んでいるのは自分だけではない。一年、十年規模で見れば、今の悩みは大したことではない。そんなふうに叱咤して、自分を前に進めてきたのだ。

そう、だから妻が上に乗っかってチュチュッとしてくることも、多くの家庭でこんな感じだし、十年規模で見れば。十年……か……十年も続くのだろうか……これ……。いや、嫌ではないのだが。

ただいまー、ドーン、チュチュッ、スタスタと帰るこの流れが「別に何でもありませんが?」という感じで続くのだろうかと思うと、複雑な気分である。

みんな気まずい、みんな体調不良、そしてみんな愛する人からチュチュッとされている。

そんなふうに思い込んで、今日を乗り切る他ないのだ。

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キッチンタイマー
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