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妻の言葉が悲しかったので。
妻が私のXからログアウトした。
兼ねてから、私のアカウントに妻も投稿できるシステムにしていたが、私がひたすら女性の画像にいいねをし続けていたらいよいよ無理になってしまったそうだ。
「女体に執着するのは我が夫ながらキモい」
と言った。
近頃の妻は、感情を主軸にした話をする。自分の中に湧き上がった感情や感性を下地にした処理や評価を積極的に下すようになった。そのせいなのかは、わからないのだが、言葉の使い方が非常に荒んでいる。確かに意味は通るのだが、歯切れの良さや言いたいことのクリティカルさ、指し示すものの精度がどうにもピッタリと来ない。
例えば「女体に」という言葉を選んだが、"女"まで広げてもよかっただろうし"グラビアアイドル"まで狭めてもよかっただろう。あるいは"際どい服装"のように、服の造形の方にフォーカスしたり"露出の激しい"のように肌の方にフォーカスすることもできたと思う。
その中で「女体」を選んだ。非常に文語的で、日常で使う表現ではない。妻と私の会話においてほとんど登場しなかった言葉だ。なのでこれは、妻と私の共通言語ではない。平たく言って、私が「どういう意味?」と聞き返してもう少し何を指しているのか絞らなくてはいけない言葉となっている。
次が「執着」である。これは、タイムラインに登場する画像にひたすら「いいね」を押し続ける行為と、そこからタイムラインが女性の画像ばかりになっている状態を指すのだと思われる。
その次が我が夫、これは私のことだ。
次がキモいである。
手にこの言葉を浮かべて、首を傾げている。
なぜこの組み合わせなのだろう。単純に「キモい」であれば、タイムラインがキモいとか、お前がキモいとか、そういった表現で充分である。それは、ゴキブリがキモいとかタコがキモいとか、海が怖いとか暗いところが怖い、のようなものだ。感情は理屈抜きで湧いてくる。
私なら高いところが怖いし、鳥のレバーを噛んだときのドロッとした感じはちょっと好きではない。言いようのない何かがあるのだが、ネガティブな気分が湧き上がる。そこに説明は不要だし、自分でも特に理解はできていない。
ただとにかく、妻は何かをキモいと思っている。そのキモいが何にくっついたかというと、我が夫ながら、なので私である。
しかしなぜ「お前キモいな」ではなかったのか。その前置きが「女体に執着するのは」である。あまりにも投げやりである。「女の写真ばっかいいねしてるのは」とか「女の写真ばっか表示されるタイムラインになってるのは」とか、表現がいくらでもあるなかで、この言葉を選んでいる。
いくらなんでも失礼だ。私のことを全く見ていない。女の子の写真を見るのは今の私の趣味である。好きなことだ。それをしている私を「キモい」と表現するのはまず失礼である。キモいというのは生理的な嫌悪感でもあるし、湧き上がってくるものだ。そういう感情を抱くのは仕方がない。
しかし、それを言葉にして私に伝えた。
妻は女体に執着している人間は喩え身近な人間であっても「キモい」と伝える倫理観で生きている。これはもう本当に私にはなんの介入もできない。何度も繰り返して申し訳ないが「女体に執着している」というのは、妻からみた私の行動を表現したものである。
厳密には「女性の写真にいいねを押した」であり「タイムラインがおっぱいで埋め尽くされている」である。じゃあ何が違うんだと、女体に執着しているではないかと。それは、具体的な事実に即していないことが、大きな問題なのである。「女体に執着している」というのは非常に抽象的な表現だが、はっきりと人に意味を伝えることができる。
では加えて「女体に執着している男」と人物を足す、彼が何をしているのかが、具体的には何も伝わっていないのだ。例えば私の妻は「陽気な女性」である。これでも充分に伝わるが、具体的にどんな人なのかについては私のエッセイを読むか補足説明として「毎日オリジナルソングを歌う私に付き合って揺れてくれる」という説明が更に加わる。しかし、この説明が加わると「夫の方も歌ってる」という事実により、別の視点からみれば「陽気な夫婦(毎日オリジナルソングを歌って揺れているそうなので)」ということになる。
抽象的な表現は便利だが非常に厄介である。それが何を指しているのかを見定め、何を言いたいのかを汲み取ろうとしなくては、本来の意図から離れていく。この部分は、理由を述べているようで何も言っていないのだ。空白、空っぽである。印象に残るフレーズなのに、具体的な要素をうまく引き出せない。そういうことは、よくある。
7つの習慣、という本の習慣7つはなんだったか。竿竹屋はなぜ潰れないのか、という本に書かれていた、竿竹屋が潰れない理由はなんだったか。女体に執着しているとは、具体的に何なのか。それはAVを見たりするのと何が違うのか。そして、その具体的な要素を全て取り払ったら女体に執着していないと言えるのか。
そのあたりが、空っぽである。代わりに、一つずつ取り除いていく。女体でないなら? 男性だったらどうだろう。動物だったら。乗り物、建物だったら。
執着もどうだろう。夢中、あるいは無関心。
いくらか並べてみる。
「男の体に執着するのは我が夫ながらキモい」
「動物に執着するのは我が夫ながらキモい」
「乗り物に執着するのは我が夫ながらキモい」
「建物に執着するのは我が夫ながらキモい」
「昔の恋人に執着するのは我が夫ながらキモい」
一般的にそうだといえそうなものや、そうでもないものも見受けられる。質問票にするならもっと項目を用意して精査しないと担当教授に不十分と評価されそうだ。今度は執着を別の表現にしてみる。
「女体に無関心なのは我が夫ながらキモい」
「女体に夢中なのは我が夫ながらキモい」
これでは動詞+する、の形になっていないので原型と異なる。また、ベッタリした表現が良さそうなので、密着などをあててみる。
「女体に密着するのは我が夫ながらキモい」
これはだいぶキモそうである。
一通り分解してみたところで分かることがある。
"「名詞」に「〇〇する」のは我が夫ながらキモい"で、この文章は構成されている。文章の形におかしなところはない。しかしこれが、説明や感想であれば変である。前半部分はとても頭に残るが、具体的な行動を規定できていない。今の状態では"「キモいと感じる名詞A+キモいと感じる名詞B+する」のは我が夫ながらキモい"で成り立ってしまう。
困るのは、感情に社会的な共感が加わることである。先の話に戻るが、私は高いところが苦手なのでジェットコースターに乗らない。というか、ジェットコースターが怖いので乗らない。この怖さは周囲の、あるいは世界中の人間の感覚には依存しない。仮にジェットコースターが好きな友人たちに囲まれているとして「ジェットコースターに乗ろうよ」と言われても「悪いけど、俺はやめとくよ」と勇気を振り絞って言うだろう。仮に乗ることになったとしても、ジェットコースターに並ぶ列ではガクガク震えているだろうし、乗れたとしても恐怖がなくなるわけではない。誰に理解されなくともジェットコースターや高いところは怖いのだ。怖いという感情は共感に左右されない。
キモい、についても、もちろんそうだ。誰がなんと感じようと、自由である。
「女体に執着するのは我が夫ながらキモい」
この言葉選びは「キモいと思っても、それを表現しても仕方がないよね」というニュアンスを感じる。その前置きは「私がキモいと思った行動をしてるんだから」である。しかもそれがさも、理解できる理由を並べているかのように表現しているのが気に食わない。特に前半部分の解像度の粗さなど「見るのも嫌」というようにも思えるが「何を見たのか」については聞き手の想像に委ねられている。
こういう、妻の不愉快な言葉遣いが非常に増えた。特に前半部分の言葉が抽象的であればあるほど「嫌なものだったんだからそんなに深く見ない。見てないけどだいたいこんなものだった」と嫌だったものから逆算された表現がなされている。それを前に置くので、さも「理由」+「感情」のように表現しているが大きく矛盾している。ちゃんと見ていないのだから、「理由」の部分で述べているのは「想像や印象」である。そこに「キモい」とレッテルを貼って終わるのだ。大体、キモいから見なかったとか、不愉快だから大体の表現をするというのはあまりにも失礼だ。己のさじ加減で捉え方を変えて、その捉え方を理由としてネガティブな感情に正当性があるかのように振る舞う。
「断片的な情報に対する印象」+「三人称の代名詞」+「低俗なレッテル」で妻の話が構成される回数が増えてきた。しかし、文章の構成は"「A〜する」のは「ネガティブな感情」"なので、なにか理由を述べているようにも思える。しかし、立ち止まって、何を言っていたのかを考える。自分は何を言われたのだろうか。と、考える。
他人の好きなもの。他人のしていることに、何か理由があれば「キモい」と言う人間が横で寝ている。それも、自分を主語にせず、三人称を用いて、何か客観的な話のように言う。
それがただただ不愉快で、悲しかったのだ。
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