勝手にしやがれ!
付き合って八年目になる恋人と、まだちゃんと喧嘩をしたことがない。
これは、一緒に暮らすことになった場合、大変厄介なことである。これまで気を使った覚えはないが、しかしそれぞれなにがしかのこだわりはあるものだ。それが表面化していないだけで、私たちには八年間目にすることの無かったお互いの嫌なところを見せ合うのであろう。そして、しこたま喧嘩をするのだ。
これまで好きだったお互いの仕草の一つ一つにイライラするようになり、会話も減り、だんだん溜まる家事、なくなる余裕、そしてサヨナラは突然に来るのだ。きっと切り出すのは恋人の方。など悩んでいる間、恋人はもこもこした動物の画像を見て「かわいいねぇ」と呑気なリアクションをしている。こちらが破綻までのカウントダウンを憂いているとき、恋人はチンチラがエサを食べる動画を見ている。
私は意を決して、「これは喧嘩になるかもしれないんだけど」と前置きをしてから話を始めた。
「一つくらい、私になおして欲しいところとかあるでしょ」
「うーーん」
恋人はうなった。あるだろ、いつまでも「全部好きだよ☆」などと浮ついたことを言っている場合ではない。
「……あるでしょ?」
「……今、ちょっと浮かばない」
これは実際に住んでみてから露呈するパターンだ。同棲直後に家庭内別居だ。引っ越してから三日後には、お互いの布団の間にパーテーションが置かれていることだろう。
「……じゃあ、共有スペースから考えよう。たとえばシンクを洗うスポンジと、食器を洗うスポンジは分けたい。とかさ」
「あぁ、前言ってたね」
この話は以前にしている。私は家のスポンジを用途によって分けて使う。それがシンク用のスポンジと食器用のスポンジである。これは恋人も承諾済みだ。ただ恋人が間違って使っていようが「あっ、これはシンク用スポンジで洗われた食器!」とは多分ならない。気持ちの問題である。
恋人は私の家に何度か来ているので、あれがないとかこれが変だとかそういうものを目にしているだろうと思っていた。
「そういう、ちょっと気になるやつない?」
「あー」
恋人はそう言ってしばらく考えた。
「お風呂、フタが欲しい。私、お風呂は缶詰めみたいになって入りたい」
首だけ出して、フタをした湯船に入りたいらしい。
「あぁ、了解」
「うん、洗うときはマジックリンするね」
「あ、うん」
「……」
「…………」
……話が終わってしまった。でも何かある。恋人が隠しているわけではなく、まだお互いに知らない事があるような気がする。
例えば、恋人は食べ物を直接床に置くのを嫌がる。買い物を終えた袋はできるだけ床に置きたくないそうだ。買い物カゴもあまり床には置かない。
それからバスタオルは同じものを一週間くらい使うそうだ。早く変える分にはいいのだろうか。私は、体の水を拭くだけのものだと思っているので、同様に一週間は変えない。たぶんここは、最低限一週間と最大一週間の差があるのでまぁまぁ喧嘩になるだろう。私はバスタオルを何日使っているかをあまり気にしない。この色、飽きたな、と思ったら変える。たぶん恋人はそういうの嫌だと思う。
私は共有スペースの話を話題にあげながら、恋人の嫌がることを探す。布団の話をしたとき、恋人が思い出したように言った。
「あ、お布団にダウン着たまま寝るのはやめてほしい」
「あぁ、あれか」
実家の自室にはエアコンがついていないため、寒い日はアウターを着て寝ていた。2月頃だっただろうか、夜の気温が0度くらいになるときは時々ダウンを着て寝ていた。今はエアコンがあるので、風邪を引いて寒気がするときでもないとそうしたことはしない。あと確か恋人は、靴下をはいて布団に潜るのが嫌だったはずだ。でも私は外の服のまま布団に潜ってスマホをいじることがよくある。
「一緒に住むなら、布団は別々にしよう」
「そうね」
互いに配慮しつつ、合理的な結論を検討する。無理なもんは無理だ。新たな習慣として身につけるために努力を要するものは、徹底的に分離していく。どうせ目に付くだけで不快になる日が来るのだ。
最悪なのは不快なルールを持つ人間が自分の快適な場所を汚すことである。ならば最初から自分のテリトリーだけは確保する方が良いだろう。毎日相手に不快な思いをさせられる上改善が困難なことを求めるよりも、自分のルールが適応される領域を作っていく方が効率がよい。シンク、風呂、布団。とりあえずこの三カ所はそれぞれにやりたいことがあるので、お互いにとって必須ではないが、私たちは別々のスポンジと風呂用のフタと個別の布団を用意することで合意した。
それぞれの生活に根付いているもので、抵抗のあるものはこうして分離する。また、まだ自分の生活の中にはないが、恋人が苦手にしているものは自然と遠ざけている。
恋人はタバコが嫌いだ。だから、私自身タバコには興味があるものの必須ではないので吸わない事にしている。あとは苦手な香水や柔軟剤があるそうだ。私はそうしたものにはとことん疎い。恋人の苦手な臭いをそもそも感じないことさえある。だから、香水はつけない。柔軟剤も恋人が選んだものか「大丈夫」とお墨付きをもらったものを使う。
聞くところによると新緑の臭い、という謎の臭いがあるらしい。私は全く感じないが、恋人はこの臭いが嫌いだそうだ。
結局、私は恋人の嫌いなことや嫌なことをほとんど感じられないし意識できない。意識するのにもなかなか労力がいる。やってしまったあとに気がつくことの方が圧倒的に多い。そして何度やっても、行動をする前に考えることができない。これはもう、恋人のセレクトミスである。改善する気は全くない。その代わり、変わらなくてもいい方法を探していく。服を散らかすのが嫌だと言えば、ベッドの横と風呂の横にでっかいバスケットを置いて、そこに服を入れるようにするだろう。食器を洗うのが遅いと言われれば間違いなく食洗機を買う。ついでにルンバも買う。
私たちは、たぶんどこかで「こいつもう無理だから」と思っている。たぶん恋人は、どんなに頑張っても1時過ぎには寝る。私は3時まで起きているだろう。私は朝が苦手だし、1日2食しか食べない。毎日決まった時間に何かするのが苦手だし、人に合わせるよりもそれぞれの都合のいい時間で動いたとき一緒にやる方が効率が良いならそちらを選ぶ。一緒にやることを目的に何かすることはあまりない。
勝手にしやがれ。私は私で勝手にやる。ただし、交わした約束は守れ。不快に思うことは伝える。どこかで妥協しよう。ただし、不快になると解ったうえで、その行動をとるなら覚悟しておけ。
私たちの間にある協定はこんな具合である。ただ、これは恋人との間にだけ交わされているものではない。少なくとも私は友人に対しておよそこの方針で関わっている。
私は恋人が嫌がることを結構知っている。
まぁ、やってみないと解らない。でも、やる前に解っているなら解決したい。恋人はそんな私の気持ちをまぁまぁ汲んでくれている。私の流儀やこだわりを、恋人は適当に大事にしてくれているのだろう。
たぶん、それが理由で私たちは喧嘩をしない。直せと言ってもどうせ無理だし、怒ってるときには話が通じないし、今すぐ何とかしなくてはいけないこともさしてない。お互いがお互いに与えられる影響力が、さして大きくないことを知っている。
私が恋人に苦言を呈したくらいで直るなら、恋人はトマトを残さず食べるようになっているだろう。
私は出されたものは極力全て食べる。アレルギーも苦手なものも、あまりない。でも、恋人はトマトが苦手だ。だからプチトマトは恋人のお皿に残るか、私のお皿に回ってくる。
出されたものを残さず食べるのは私のルールだ。しかし恋人は苦手なら残して良いというルールで生きている。相手のお皿の上は、相手のお皿のルールが適用される。私からそれがどう見えようが関係ない。食えと言って食えるなら苦労はないのだ。ケチャップやピザソースは平気らしいので、リコピンはそのあたりで接種すればいいと思う。
もし今後、めちゃくちゃ喧嘩をするとしたら、ちゃんと話を聞けとか、何か決めるなら相談しろとか、そういうことだと思う。でも、私はたぶんちゃんと話を聞かないし、自分の権限の範囲だと思っていることは勝手に決めると思う。話は別の友達にしてもらうとして、お互いに勝手に使って良いお金の範囲くらいは決めておこうと思う。たぶんそれでも、うまくいかないんだろうなと、何となく思っている話を恋人にしてみたいが、今度はまたハリネズミの動画でも見ながら別々に敷いた布団の上をコロコロ転がっていくのかもしれない。
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