音源ください

Yちゃんのラジオを放送し始めて、気がつけば48回目。一ヶ月半以上、毎日毎日更新している。風邪の日も、眠い日も、すこしほろ酔いの日もYちゃんの放送は毎日続いた。むしろ、バテているのは私の方だ。この粘り強さは、本当にどこから来るのだろう。私は、眠い目を擦りながら、動画を編集してアップロードするのが寝る前の最後の仕事になる日々が続いている。

スマホで録音する練習から始まったYちゃんのラジオは、少しずつリスナーが増えて、Yちゃんが自分で台本を書く回も増えてきた。少しずつできることの広がってきたラジオだったが、始まったきっかけの「声を使ったマーケティング」をしたいというYちゃんの当初の目標はまだ達成できないままった。ラジオはただ、発信するだけ。数名のリスナーと、一人暮らしの部屋で録音するYちゃんと、編集部を続ける私。マーケティングと言うには、あと一歩も二歩も足りないまま、それでもYちゃんは毎日放送を続けた。声がどこに届くのかも分からず、暗闇の中で叫んでいるだけのようなラジオだった。

いろいろと試したがやはりもうひとつ工夫が足りない。マーケティングは始めに顧客ありき。ただ発信するだけではなく、誰に伝えているのか、どんな人に向けているのかが見えてからが本番だ。しかし、Yちゃんのラジオにはまだラジオを聞いている人の顔が本当の意味で浮かんでいないように見えた。

なにかをしたい、という手段ありきで始まった企画はお客様を見つけ出すという壁を越えられるかどうかが一つ大きな分岐点だ。時間がかかればかかるほど、ラジオという手段を手放しにくくなり。誰も聞いていないところでずっと話続けることになってしまう。だから「誰に聞いてほしい?」という質問の答えを固めていくことが先決だった。

しかし「このラジオのターゲットは誰?」という質問に、満足いく答えは得られない。「誰……誰だろう……」と言いながら1ヶ月が過ぎた。一方、私も私で、自分の役割が掴みきれずにいた。プロデューサーであり、ディレクター。ラジオの台本を作成しているものの、内容を強制することはしたくなかった。

例えば以前、ラジオの中で朗読をする回があった。私は朗読候補になるサイトから好きなものを選ぶように言った。しかしYちゃんは、どこか煮え切らない感じで「これで良いですか?」と聞いてくる。「これがやりたい」という声を聞きたかったが、やはりそこまでは至らない。返ってくるのはどこか伺うような不安げな、はてなマークの付いたメッセージ。スイッチをずっと探していた。ラジオを始めたときのような「これをやってみたい」と言う声をもう一度聞きたかった。

毎日放送内容もどうしようかと悩んでいたので、1ヶ月分の活動カレンダーを作ることにした。そのリストをYちゃんに作ってもらい、今すぐ30個アイデアを出してほしいとお願いした。私自身も30個アイデアを出し、二人で出したアイデアの中から今月放送したいものを選び、カレンダーに記入していってもらった。

今まで雑多に放送していた企画を整理して、やりたいことだけ詰め込んだ。

このアイデアは、うまく行った。放送の前に今日は何をしようかと悩む時間が減り、あらかじめ決まっているものをこなしていく方がYちゃんのやり方にあっていた。今日やることを、1か月単位であらかじめ決めて、やるときは決まったとおりにやる。Yちゃんは条件とゴールが明確な場所で、まっすぐ進んでいく方が、その場その場で決めながら直感で動くよりもずっとずっと得意だと知った。

やると決めたら、毎日でも風邪を引いていても、深夜でも早朝でも当たり前のようにこなしていた。これが、Yちゃんの強いところだ。方角が決まれば、そこへ向かって一気に進んでいく。だから、方角を決める人がYちゃんには必要だった。だから私は、ラジオのターゲットを私が指定することに決めた。「この人に、メッセージを届けてください」と伝える役割を担うことにした。今度は私が悩む番だった。さて、そもそもYちゃんのラジオを届けたい人は誰だろうか。一番任せたかったマーケティング活動。それを自分でやってしまっている罪悪感と戦いながら、考えた。

カレンダーに書かれたアイデアの中で一番マーケティングに近かったのは、Yちゃんの所属する団体を紹介する回。毎週金曜日にイベント情報を発信していた。ビブリオバトルというよくわからないゲームを推進していて、やっぱりよくわからない事からいつも始まるなぁと思いながら、情報を集めた。

たくさんの説明文を読みながら、ラジオで伝える情報はありきたりにしたくないと思った。どこでしている説明も、そんなに大して変わらない。だからこそ、誰にでもできるものではなく、Yちゃんにしかできないことをしてほしい。「これは絶対外せない」という、わがままの詰まった企画を作り上げたい。そんな思いとは裏腹に、ビブリオバトルというゲームは「説明だけではよくわからないゲーム」という印象が強くなるばかりで、最初の金曜日は説明を読み上げるだけのありきたりなものになっていった。違うんだよなぁ。という思いだけが膨れていった。次の週は、団体の代表を呼んで話してもらった。でも、やっぱり、なにかが違う。

すると、ある日、Yちゃんが月末にイベントをすると言った。また、ビブリオバトルだ。よくわからないことをやっている。その告知を行うことにしたらしい。なるほど、これはチャンスかもしれない。イベントの内容の説明なら、今までのものとは、違うものになるかもしれない。まだアイデアは何もないけれど。何もないけどなんとなく、なんとなーく、チャンスのような気がする。少しずつ予定がまとまっていく中、一つの記事が上がった。【漫画】本のお薦め力を競う「ビブリオバトル」に初心者が行ってみた。という記事が、オモコロというサイトで上がったのだ。

完全にサボりモードだった私は、目を見開いた。

「これ、イケるかもしれない」

謎の直感。それでもまずは、Facebookでシェアしてみた。すると、しばらくして、同じようにシェアした人を見つけた。ビブリオバトルを調べるうちに繋がっていた、北海道地区担当のビブリオバトル普及委員の方だ。公認の普及委員から「ビブリオバトルの紹介の中では断トツで面白い」というコメントが付いた。そうか、ビブリオバトルにどっぷりつかっている人がそう言うなら間違いないだろう。この記事は面白いんだ。

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ざっと、シナリオを描く。ターゲットはビブリオバトルというよくわからないゲームの名前すら知らない人。リスナーの中にもそうした人はいる。その人たちに向けて、イベントを紹介する。そして、興味がある人は、記事のリンクを踏んでもらう。この記事は面白い。私が面白いと思ったし、ビブリオバトルにドップリ関わる人をうならせる内容だった。絶対いける。このページを見て、ビブリオバトルに興味を持った人はぜひ、月末のイベントへお越しください。そう伝えてほしいと注文した。

Yちゃんには、ビブリオバトルという言葉を全く知らない人に説明してほしいとお願いした。ターゲットとして、リスナーの実名を挙げ、この人に伝わるように。と説明した。

Yちゃんは戸惑っていた。いよいよ本格的にマーケティングが始まる。難しい。と言って唸っていた。でも、私は絶対いけると思っていた。ただ、マーケティングという言葉が、その難しさを跳ね上げているようだ。私は、うーん、と考えてから、言った。

「あんなYちゃん。マーケティングの日本語訳ってな。『思いやり』なんよ」

ソースは私。全然正確なものではないが、言葉はどんどん出てきた。お客さんがいて、どうすればこの人の役に立てるか考える。お金をもらうのも、役に立ち続けるエネルギーをもらうことになる。もし、このラジオを聴いている人がどんな人なのか、Yちゃんの目の前に浮かぶようになったら。同じ人にメッセージを届けたい人の役に立つこともできる。一つ一つ、思いつくままに伝えた。

Yちゃんにどの程度届いたのか、それはわからない。ただ、今日、1本ラジオが上がってくる。そのラジオは彼女の新しいラジオの第1号になると信じて、今は待っている。

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Yちゃんのラジオが始まったときのノートはこちら→”台本ください

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