アンドロイドとパワーストーン
その日もジョンは悩んでいた。どうすればキミコが首を縦に振ってくれるだろうかと。そのことについて解体工場の仲間に相談もしたし、帰りがけに寄るバーのバーテンにも相談してみた。仲間たちは冷やかすばかりだし、バーテンの電子頭脳がいくら高性能でもかならず正しい答えを導き出すわけではない。バーテンはキミコではないから。
だから今日もこうしてゴミ置き場を悩みながらうろうろしている。果たしてキミコは自分と同じボディに入ってくれるだろうか。
ジョーは足元に転がっている黒っぽい金属球を蹴飛ばした。鈴のような軽やかな音色が響き、続け様にお経が流れ始めた。空中に現れた説明の画像を見ると幸運のお守りのようだ。自分だけのパワーストーンを作れるという。ジョンは鼻で笑い、再び金属球を蹴飛ばそうと足を振り上げたが、ふと思いとどまった。幸運ならどんな小さなものでもあやかりたい。ジョンは金属球を拾うとポケットにしまった。
ここはゴミ処理島のドリームシティ。政府の目を逃れて移動しながらゴミを元素分解している。働く連中ははぐれ者ばかり。そんな島でアンドロイドのアリスは小さな酒場を営んでいた。
今夜もバーには仕事帰りの労働者が数人訪れていた。そのうちの一人はジョンだった。
「なあ、どう思う。キミコは一緒に入ってくれるかな」
「アンドロイドボディへの意識転送ですか。今は簡単にできる時代だし安全性も高いですよ」
アリスはジョンのお気に入り『パワーズ・ゴールドラベル』の電子ウィスキーを注ぎながら答えた。
「でも一つのボディの中で意識が混じり合うなんて、考えるとちょっとぞっとするよな」
これもいつもの返答だ。要するにジョンに二人で意識転送する勇気がないのだ。この後はいつでも同じ。二人の意識を保ったまま生活する手段もあると続く。
「ところで、今日いい物を拾ったんだ」
いつもと違う流れに驚きつつ、アリスはカウンターに出された金属球を手に取った。ピンポン玉ほどの大きさで表面には細かい梵字が刻まれている。クロームの輝きを放つそれは振ると鈴の音がした。そして読経が始まり説明のポップアップ表示が幸運を約束する。
「ああ。これはパワーストーンですね」
「ラッキーだろ。これで上手くいくかもしれない」
「それはどうでしょう。パワーストーンというのは本人の意識次第です」
ジョンが怪訝な顔をする。
「つまり、しっかりと目的意識を持った人でないと意味がないのです」
何故かと問うジョンにアリスは説明した。パワーストーンというのはエネルギー増幅装置のことだ。本人が持つ目標に対する行動エネルギーを増幅してくれる。だから目標を達成できるようになるのだ。目的がなかったり、目標が揺らいだりしていると効果がない。反対の結果にななることだってあり得る。
「あなたにはしっかりとした目標があるでしょ。なら上手く行くかもしれないわ。それに」
「それに?」
「これはマヤさんという有名なエンジニアの作よ。すごく有能だって聞いたことがあります。増幅回路が凝っていて効果を体感しやすいみたいよ」
ジョンはパワーストーンを両手で掬うように持ち上げると目を輝かせた。
それからしばらくして一体のアンドロイドが店にやって来た。アンドロイドはカウンター席に着くと電子ウィスキーを注文し金属球を静かに差し出した。
誰だかすぐにわかった。ジョンである。おそらくキミコも一緒だろう。意識融合したのだろうか。アリスは少しジョンと話をした。会話に時々違うトーンが混じる。どうやらもう一人中に入っているようだ。意識融合はこれからということだろうが幸せそうではあった。
そんな会話の外から気になる話題が聞こえて来た。
首無しのアンドロイドの暴走事件の話題だった。近頃何件か報告がある事件で、意識が収まる頭部がないまま暴走する。意識転送型は頭部を切り離した状態では決して動けない。頭部はゴミ山で発見され、別の場所にあるボディにはいつも蠅が群がっていたという。
「頭部切断は自壊だっていう話よ。気味の悪い事件ね」
「意識転送型で起きた事件だろ。でも俺たちには無関係さ。幸せでたまらないんだ。絶対に自壊なんかするもんか」
「そうね。お幸せそうで何よりです」
わずかにジョンの目が泳いだのがアリスは気になった。今のはどちらの意識だろうか。
この日以来ジョンはアリスの店に来なくなった。ジョンの噂を聞きつけたのはそれから一週間ほど経ってからだった。残念なことに首無しアンドロイドの暴走事件としてだった。
ただ、今回は少し違った事件として知らされた。自壊して切断された頭部にジョンの意識が残っていたのだ。ジョンは肉体に意識を戻して今静養中だ。少しずつ事件の内容を話し始めているという。
アリスは見舞いがてらジョンのアパートを訪れた。ジョンはひどくやつれていた。
「あのパワーストーンは捨てたよ」
ジョンはそう言うと自嘲気味に笑った。
「どういうこと? 教えて」
その日、ジョンたちは歩きながら議論をしていた。ジョンとしては意識融合をするかどうかを話しているつもりだったが、キミコの考えはまったく別のところにあった。誰と融合するか、だった。
「それは、つまり僕ではないってことだろう?」
そしてキミコは既にその相手のためにポートを開けていたのだ。
「彼女、こう言ったんだ。すごくいい人よ。あなたもきっと気に入る。絶対に親友になれるわ。ってね」
「キミコさんはあなたを利用したってこと?」
「それだけじゃない。議論の最中にそいつが入って来た。それで分かった。そいつの名前も『ジョン』なんだ。キミコが言っていた『ジョン』は僕じゃなくてそいつだったのさ。入ってくるなりジョンとキミコは融合しちまいやがった。確かに穏やかでいい奴だったよ。でも僕はジョンと融合したいんじゃなくてキミコと融合したかったんだ」
ジョンはまくらを苛立たしげに叩いた。
「たまらなくなって僕は心を閉ざしていた。考えてみてくれ。新婚の部屋に一緒に同居なんてできるわけないだろ。だけどあれが起きた。自壊だよ」
「何が理由なの?」
「ゴミ山から帰ろうとした時だった。たくさんの蠅にまとわりつかれた。そいつらが頭の周りをぶんぶん飛び回ると、なぜだか頭が混乱して何も考えられなくなった。そしてもっと大きな意識に融合したくなった。たくさんの人が融合しているあれだ。知っているだろ」
「完全意識ね」
それは多数の意識を一つに融合させることで、人間の意識を完全体にすることを目的としたサービスである。最初はカルト宗教集団が始めたものだが、いつしか希望を失った底レイヤ層の人たちの支持を集めている。完全意識に融合すると個性がなくなる代わりに不安も消える。今たくさんの人たちが不安から逃れるために完全意識に融合していることが問題視されているが、サービス自体は政府に後押しされているという噂だ。
「そして体が勝手に自分の首を引きちぎった。なぜか急にそうしないといけない気がした」
「まるで誰かに操られているみたいね」
ジョンはその通りと頷いた。
「それからさ。問題なのは。ゴミの山からおかしな奴が這い出て来た。アンドロイドなんだが、髪の毛が蛇みたいにうごめいていやがるんだ」
「まるで蛇女ゴーゴンみたいね」
「そうさ。ゴーゴンだ。ゴーゴンは僕の首を拾うとその動く髪の毛をちぎれた首に突っ込みキミコの意識を吸い取りやがった。ちくしょうめ」
動く髪の毛は蛇ではなくデータを吸い取る装置だったのだろう。
「あなたはどうして残れたの?」
「僕は心を固く閉ざしていた。全ての出来事に背を向けていた。だから、キミコが頭から吸い出されていくのを黙って見ていたんだ」
ジョンは伏して泣いた。泣きながら何度も何度も自分を叩いた。
翌日アリスはウィスキーのボトルを手にゴミ山を訪れた。ウィスキーはジョンが好きな『パワーズ・ゴールドラベル』の本物だ。
すぐに蠅が群がって来た。すると頭の中にノイズが走り思考が乱れた。それは蠅ではなく電磁波を発生するバグマシンだった。バグマシンは発する電磁波で相手を操る。
「さっさと姿を表したらどう?」
アリスの問いかけにゴミ山の一部が動いた。ゴーゴンが立っていた。頭部のデータ転送装置が蛇のように蠢いている。
「どうして彼らを襲ったのか教えて」
ゴーゴンがにやりと笑う。
「アテナスにきいてみな」
アテナスは政府アシストコンピューターで通商連合を含む世界100カ国以上を管理している。いわば世界政府そのものだ。
「ここを実験場にしようというのね。許せない」
するとゴーゴンが何かを差し出した。ジョンが捨てたパワーストーンだ。
「聞いたぞ。こいつは望みを叶えてくれるんだってな。私の望みは人々の意識をある特定の完全意識に融合させることだ。きっとこいつが叶えてくれる」
ゴーゴンが指さす。
「見ろ。もう願いが叶った」
アリスの背後には大勢のアンドロイドたち。誰も彼も意識転送した者たちだ。これだけたくさんの意識を完全意識に転送できればさぞかし大成果だろう。だがそうはいかない。彼らはアリスが声をかけた人々だった。片手にスパナ。もう片手にはウィスキーボトルを握りしめている。
「何を企んでいるのか知らないが私の勝ちだ。かかれ」
ゴーゴンの号令で無数のバグマシンが彼らを襲った。あまりの数にアンドロイド達は逃げ惑った。
だがそれもほんのひと時だった。皆口にウィスキーを含むと霧状に吹き出して火をつけた。群がるバグマシンが炎に焼かれて落ちていった。いつしかゴーゴンはアンドロイド達に取り囲まれていた。
誰かのスパナがゴーゴンの頭に振り下ろされた。スパナは数匹の蛇を引きちぎり深々と頭にめり込んだ。続け様にスパナが振り下ろされた。
「そんな馬鹿な。なんで望みが叶わない」
「黙れ。こいつはキミコの分だ」
アンドロイドに混じってジョンがスパナを振り下ろしていた。
ゴーゴンは発した問いの答えを知る間もなくバラバラにされていた。
その日の晩、アリスの店にジョンはいた。相変わらずひどい姿だったが顔はどこか晴れやかだった。
「それにしてもどうしてマヤのパワーストーンが効果なかったのかな。僕の望みは叶った」
ジョンは言い、まあ、違った形になってしまったけど、と付け加えた。
「簡単よ。アンドロイドには信仰心がないから。行動力というのは結局信仰心でしょ。神を信じるか信じないかはさておき」
「パワーストーンっていうのは人間専用ってことか」
「そう。これと同じ」
アリスはカウンターに『パワーズ・ゴールドラベル』のボトルを置いて笑った。
終
おまけのティスティングノート
『パワーズ・ゴールドラベル』はアイリッシュ・ディスティラーズ社が製造するアイリッシュのブレンデッドウィスキーです。日本ではそれほどではありませんが、アイルランドでは売り上げNo.1の人気ウィスキーです。味わいは果実系の甘味がありかつビター。スパイシーで力強いが口当たりはクリーミーです。
『パワーズ』はジョン・パワーが1791年にダブリンのジョンズレーン蒸溜所で製造をはじめました。その後戦争などの歴史的背景で蒸溜所は閉鎖されました。1966年にアイリッシュウィスキーの再起をかけて、コーク、ジェムソンと合併してミドルトン蒸溜所を立ち上げ現在に至ります。ラベルに描かれる3羽の燕はswallowに飲むという意味があることと、パワーズは力強い味わいなので3口に分けて飲むという洒落からきているそうです。
さて今回のお話ですがご想像の通り『パワーズ』にかけて『パワーストーン』にしました。パワーストーンといえば不思議な力を込めてある石ですが、なぜ運命が変わったり望みが叶ったりするのでしょう。それは結局人間がもつ思いや信仰心に力を与えられるからではないでしょうか。だとすればアンドロイドにもそれは通用するのでしょうか。きっと効かないでしょうね。そのかわりアンドロイドにはアンドロイドのパワースポットがあるのかもしれません。