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Lovers
彼らは転送エレベータのベルの音が響くとすぐ、なだれ込むように店に入ってきた。男が三人に女が一人。誰もが身体にピッタリのコンバットスーツをまとっているが、それは戦闘を意識したものではなく、人目を引くことを目的としてカラフルなカメレオン装飾を施し、時と共に色が変化して刺激的なロゴを表示させた。
男の一人は長身で痩せ型。目つきが鋭く威圧感がある。
次の男は肉体改造しているらしく、巨大な体躯でいかにも乱暴そうだ。
もう一人の男は小柄でずる賢そうな目をしていた。
そして紅一点の女は見事なプロポーションをしていて長い髪を後ろでまとめていた。
グループのボスらしき長身の若者が歩み出た。歌舞伎役者のようなメイクを施していて素顔が全くわからない。一瞬仲間の女を見る。
「あんただろ。アリスとかいう人殺しロボットは」
ここはアリスが経営する深海のカプセルバー。政府管理外地区にあるせいか、政府と関わり合いになりたくないような客がよく来る。得てしてそういう客は厄介事を運んでくる。
「ロボットとは懐かしい言葉を使うわね。お酒を飲みに来たの? それとも私をからかいに来たの?」
アリスは過去に人を殺したという暗い過去があった。アリスの設計者が自らの意識とアリスを融合させるために、アリスに自らを殺させるようプログラムしたのである。その結果アリスのエネルギー場には確かに設計者の意志が含まれているが、それで融合が果たせたのかアリスには分からなかった。もし、設計者の意識が融合していれば、アリスは人間のことをもっと理解できるはずだが、未だに人間の本質を理解することはできない。目の前の男の行動もまた。
「さあ、どっちかな」
男は小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「俺はスペード、後ろのデカいのがクラブ、ちっこい方はダイヤ。そしてこのイカした女はハートだ」
「イカれた女だろう?」
クラブが茶々を入れる。
クラブを睨みつけるハート。彼等をよそにスペードはカウンター席に陣取った。
「先ずは酒を飲むことにしよう」
誰もが不穏な笑みを浮かべている。何かしでかすつもりかもしれない。アリスは警戒モードに入った。
「何を飲むの?」
「何を飲むだってよ。酒ならもう飲んでる」
クラブが酒瓶を振り上げた。細身のボトルでその淡いグリーンは修道女の瞳を思わせる。目につく黄色いラベルには『CUTTY SARK』の文字と一隻の帆船が描かれていた。『CUTTY SARK』はどちらかと言えばスッキリした味わいのウィスキーで、ソーダ割りがよく合う。荒くれ者に似合うウィスキーではない。クラブはそのボトルから乱暴にウィスキーを喉に流し込んで豪快な笑い声を上げた。
「持ち込みは困るわ」
「じゃあ、ある物を頂くわ」
ハートはアリスの首筋に指を這わせながら勝手にカウンターの中に入り込み、酒棚から一本のボトルを手に取った。
「何この模様。カンジ? 東洋のお酒?」
言いながら『響』の栓を抜くと、クラブの真似よろしく直接口に流し込んだ。だが、それほど酒に強くないのか、口に含んだウィスキーをすべて吹き出し咳き込んだ。
それを見た三人はハートの情けない姿に腹を抱えて笑い出した。
「ちょっと。それは大切なお酒なのよ」
「大切なお酒? へん。こんな不味い酒が大切なもんか」
ハートはボトルを壁に投げつけた。ボトルは壁にぶつかり派手に砕け散った。
「いい加減にして。さもないと怒るわよ」
「怒るわよ」
ダイヤが繰り返して笑った。
スペードがアリスを見据えた。
「いいか。他の連中と違って俺たちは頭にコンピューターのバイオチップなんか入れていない。俺たちは機械の言いなりになって愛想笑いをしたり、やりたくもない仕事をさせられたりはしない。いつだって自分たちの頭で考えて、判断し、決定して行動する。俺たちは機械に縛られない自由な人間なんだ」
「それがこの無法な振る舞いってことなの?」
「そうさ。俺たちはピュアヒューマンだ。機械が逆らっていい相手じゃない」
「人間だろうと機械だろうと法は守るものよ」
「殺人ロボットが何様のつもり?」
ハートが横槍を入れる。
アリスがハートに向き直った時だ。不意に背後から衝撃を受けた。
ダイヤがアリスに向けて撃った対テロ無効化銃だった。警察が、手がつけられなくなった人やアンドロイドを無効化するのに使う銃で、強い電磁波が一時的に動作制御回路を混乱させる。これを喰らうと数分間身動きができなくなった。
アリスが崩れ落ちるのを見てダイヤが甲高い笑い声を上げた。
「どうだい。見たか。この俺が世界最強のアンドロイドを倒したぞ」
「他人の背中に隠れながら撃てば、子供にだって倒せるさ」
「それでも俺が倒した事実は変わらないだろ」
ダイヤを除く三人は顔を見合わせた。
「ああ、そうだな。ダイヤ、お前が倒した」
ダイヤは嬉しそうに小躍りを始めた。
アリスが動けないのを良いことに、四人は店の中を好きに荒らし始めた。機械室の扉を開けた際に、ここに住み着いてしまったグレイハウンドがのっそりと顔を出した時ばかりは驚いたようだ。だが、グレイハウンドはフロアに良からぬ客人がいるのを見ると、そのまま機械室に戻ってしまった。犬が店を荒らす四人に興味がないことがわかると、彼らはいっそうはしゃぎながら店のあらゆる物を破壊して回った。グラスを割り、テーブルや椅子を倒した。酒瓶を端から手に取り、ウィスキーを口に流し込んでは壁に投げつけた。
そして終いにスペードとクラブは電子パルス銃を抜き、所構わず弾丸を打ち込んだ。弾丸は換気ダクトに穴を開け、冷蔵庫を破壊し、強化プラスチックのガラス窓にヒビを入れた。
強化プラスチックは海底の圧力に耐えられる厚さにしてあるが、弾丸のせいで耐圧が下がってしまった。このままではカプセルが潰れるかもしれない。
そして一発の弾丸がここにいる全員の運命を最悪なものにした。
転送エレベータが被弾してしまった。カプセルバー全体が揺れる大きな振動が来て、機械音が徐々に間延びした小さなものになり、やがてすっかり停止した。
「おい、なんか止まっちまったみたいだぞ」
クラブが嬉しそうに喚いた。
「何が止まったんだ」
スペードの顔から笑みが消えた。
「あんたたちは馬鹿よ。あれは転送エレベータが止まった音。もうここから出る方法はないわ」
床に転がったままアリスが答えた。
「どういうことだ」
「言った通りよ。転送エレベータが壊れてしまった。このカプセルから出る方法はない。たった一つを除いては」
「その一つって何だ」
スペードの顔が引きつっていく。
「緊急脱出ポッドがある。でもそれは一人乗りよ。とても四人は乗れない」
「こういうカプセルは浮上するようになってるって聞いた事あるわよ」
「あなたたちが強化プラスチックの窓にヒビを入れてしまった。ヒビのはいった状態で急激な圧力変化は致命的。あっという間につぶれてしまうわ」
四人が顔を見合わせた。
「助けを呼べばいいだろう」
「ここは政府管理外地区。政府アシストコンピュータのアテナスとは繋がってない。外部に連絡を取る方法はない。あの転送エレベータだけが外部との連絡路だったのよ」
「冗談じゃない。お前機械だろ。人間様のために働け。俺たちを助けろ」
アリスは冷めた目を向けた。
「殺人ロボットに助けを求めるの?」
スペードが言葉に詰まった。
身体の各所から信号が戻ってきた。アリスが完全に動作可能になるまであと75秒。
「あなたたち、ピュアヒューマンとか言っているけどだだの子供じゃない。コンピュータによる性格補正を恐れて社会からはみ出し、人々の言動に耐えられずにいちいち腹を立てて暴れまわり、駄々をこねているただの子供」
「うるさい。それが純粋な人間の姿だ。機械に感情を殺された連中と比べるな。俺たちは純粋な人間の姿を愛してるんだ」
「純粋な人間の姿というのは、感情制御ができずに唯一の出口を壊して自滅するようなことなの? あなたたちが愛しているのは純粋な人間の姿ではなくて、正当化した自分でしょ」
「やかましい」
スペードは椅子を掴むと酒棚に向かって投げつけた。背板が鏡になっている酒棚は粉々に砕け散った。
「これ以上壊さないほうが良いんじゃないかな。カプセルがつぶれるかもしれない」
ダイヤの額を汗が伝う。
強化プラスチックの耐圧は下がっているが、まだしばらくは保ちそうだ。アリスは全員の顔色を読み取りながら作戦を組み立てた。あまりスペードを刺激すると自棄になりかねない。ここは少し内輪もめしてもらい時間稼ぎをするのが無難だ。転送エレベータを破壊したクラブに少し働いてもらおう。あと20秒で動けるようになる。そしたら5秒で全員を無効化する。
「一体誰が転送エレベータを壊してしまったのかしら」
全員の目がクラブに向けられる。ことにスペードの目には怒りが溢れていた。
「お前か」
「いや、俺はただ……」
ダイヤとハートが避難する言葉をしようと口を開いたのと同時に銃声が響いた。
スペードがクラブに銃を向けていた。
クラブの手から『CUTTY SARK』のボトルが抜け落ちた。ボトルが床に当たる音に続いて巨体が崩れ落ちる音が響いた。
それを見たハートが悲鳴を上げた。ダイヤもまた対テロ無効化銃を取り落し目を見開いたまま立ち尽くしていた。
想定外だった。アリスが動作可能になるまであと10秒。
だが、それより先にスペードがハートに襲いかかった。
「俺と来い。二人ならポッドに乗れる」
「いやよ。止めて」
スペードはハートに銃を突きつけた。
「来るんだ。おい、ポッドはどこだ」
「機械室の奥よ。でも狭くて二人は乗れない」
あと3秒。指先から徐々に感覚が戻ってきた。
するとスペードは内ポケットから太い万年筆のような物を取り出した。
「お前ら動くな」
先端が赤く点滅している。すぐにそれが小型爆弾と分かる。万年筆程度の大きさでもこのカプセルを壊すことくらいはできるはずだ。スペードはそれを前に突き出してハートを反対の手で押さえつけながら機械室に向かって後ずさりを始めた。
「お願い。離して」
ハートは泣きながら訴えたがスペードはもはや何も聞こえていなかった。
「俺とお前だけでもう一度やり直そうじゃないか。新生ピュアヒューマンだ」
ダイヤの目が見開かれた。拳が震えている。
「そうだな。人間愛にあふれるチームにする。LOVERSと名付けよう。どうだ、いい名前だろう」
スペードたちが機械室に足を踏み入れたと同時に、背後からグレイハウンドが襲いかかった。驚いたスペードが力を緩めたすきにハートは呪縛から逃れて駆け出した。
スペードがハートの長い髪を掴んだ。だが飾り髪のため根本からすっぽりと抜けてしまった。よろめくスペード。
アリスが脱出ポッドの扉を遠隔操作で開く。
アリスの背後でダイヤが銃を構えた。対テロ無効化銃を対人モードに切り替えてある。そしてスペードを狙い撃ちした。
対テロ無効化銃のパルスを浴びたスペードはそのまま脱出ポッドに背後から倒れ込んだ。間髪入れずに扉を閉めると、アリスは脱出ポッドを発射した。
水中を猛スピードで上昇していく脱出ポッド。やがて海面に到着したそれは轟音を上げて爆発した。
「でも、私たちこれからどうすればいいのかしら」
ハートが呆然と座り込んだ。
「いくら政府管理外地区でも爆発を見逃すアテナスではないわ。すぐに警察が来るでしょう」
「警察……」
ダイヤがうなだれた。完全に牙を抜かれた様子だ。
アリスは店の惨状を見渡した。破壊されていないものはないと言っていい。まったく今どきの人間様ときたらとんだ疫病神だ。だがひとつ破壊されていない物があった。
アリスは床に転がる『CUTTY SARK』のボトルを拾うとヒビの入ったグラス2つに注いだ。
「助けが来るまでには時間がたっぷりある。もしよかったら、どうしてあなた達は今の時代にピュアであることにこだわるのか、聞かせてもらえないかしら」
そう言ってグラスを出しだした。
不思議そうな顔で見上げる二人。
とても口が聞ける状態ではなさそうだ。
「知っていた? ウィスキーのボトルに描かれている帆船は19世紀に活躍した『CUTTY SARK号』というの。この帆船の船首像は馬の尻尾を握った魔女なのよ」
アリスは抜け落ちた飾り髪の束を持ち上げた。まるで馬の尻尾のようだ。
「続きが聞きたい?」
二人は顔を見合わせてから静かに頷いた。
終