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開拓時代の探し物

 朝日が窓から差し込み埃だらけの床を照らした。密やかな時間の中でゆっくりと陽光は床を滑り一人の少年の足を照らした。少年は朝日に呼ばれるようにして歩き出すと入り口の扉をすり抜けて出ていった。そして溶けるようにして宙に消えた。彼が消えた先には岩礁があり、今にも倒れそうな小さな鳥居が立っていた。

 アリスが彼の存在に気がついたのはバックヤードから戻った時だった。すっと朝の光に消える少年の後ろ姿を見かけた。それから時々、思い出したように少年は同じ時間に現れては朝日に溶けて消え続けた。

「ねえ、あなたまた何かやってるでしょ」

「知りませんよ」

 アリスの詰問にイグニスは戸惑い気味に答えた。イグニスは貂の姿をしたアンドロイドであるが、霊が見える機能はついていない。重力の僅かな変化からこの世ならぬ者を見ることができるアリスだから気づいたといえる。

「本当に?」

「本当ですって」

 イグニスには時間をループさせる機能が備わっている。いまでは差し障りない関係となっているが、以前イグニスとやりあった時にひどい目にあった。

 それにしてもイグニスの仕業ではないとすれば本物の幽霊ということになる。このMシティの外れにある廃屋寸前のバーで出会った幽霊は二人目だ。そしてそのうちの一人はダンサーとして店に出てもらうことになっている。このままいくとこのバーは幽霊酒場という噂が立ってしまうだろう。それはあまり歓迎できない。さてどうしたものか。

 その晩、幽霊酒場の噂を聞きつけたのかどうかはわからないが、初めての客がやってきた。身体が大きく無骨な感じのアンドロイドだ。建設作業員のようだ。IDにはオニールと記載されていた。

 オニールはかろうじて状態を保っているカウンターとスツールの具合を確かめ、やや不満気に首を振ってから慎重に座った。

「アーリータイムズはあるかい」

「もちろん」

「ロックでもらおうか」

「他には?」

「それだけでいい」

 アリスがカウンターのグラスに電子ウィスキーを注ぐと、オニールはグラスに手を伸ばしたものの、それを持ち上げようとはせずに黙って琥珀の液体を眺めている。電子ウィスキーとはいえ氷にじわじわと冷やされていくところまで再現されている。中にはそういった変化を楽しむ客もいるが、ただ黙ってグラスを見つめるオニールの雰囲気はそういった感じではない。

「俺は始めからこの島にいる」

 オニールはグラスを見つめたまま語り出した。

「この島を作ったのは俺たち建設班の仲間だ」

「やっぱりそういったお仕事だったのね。なんとなくそう思いました」

「図体がでかくてガサツに見えるんだろう。わかってる」

「いえ、そういう意味ではないです」

 アリスは話題を変えることにした。

「労働の後の一杯ということかしら。この島にはバーはないみたいだし今まではどうしていたの?」

 オニールの顔が緩んだ。ただ、昔を懐かしむというよりどこか諦観じみた表情だ。そしてグラスから『アーリータイムズ』を一口含んだ。

「どうもしていない。ただ毎日黙々と働いて島を建設していた。仕事以外にやることなんてない。工事が終わればそれでお仕舞い。仲間はみんな廃棄されちまった。俺も今は廃棄待ちさ。ただ暇を持て余してる」

 アリスは黙って頷いた。それから一つ質問をした。

「ここはどうして知ったの?」

「内勤の連中に聞いた。あんたには特殊な能力があるって」

 アリスは僅かに警戒心を抱いた。この手の話はたいてい厄介事につながっている。

「あら、どんな能力かしら。おいしいウィスキーならいくらでも出せるけど」

 オニールは手を顔の前で振って、俺はこれしか飲まないと言った。

「探して欲しいものがある」

「そういうのはアテナスに頼んだ方が早いんじゃないかしら」

「いや無理だ。何度も頼んだがどうにもならなかった」

「それじゃあ私にだって無理だと思うけど」

「いや、あんたならきっとできる。探して欲しいのは俺のやる気だ。開拓精神そのものだよ」

 オニールの話はこうだ。彼が建設に携わっていたころ、この場所では時々妙なことが起こった。作業用アンドロイドが突然やる気を失ってしまうのだ。何か自分の一部が欠けたような気分になり、全ての目的意識を失ってしまう。そもそもプログラムで動作している彼らにやる気もなにもない。アンドロイドは与えられた使命を果たすだけなのだ。当然診断をしてもプログラムにもコアにも問題はない。アテナスもさすがに途方に暮れてしまった。結局彼らは不良品扱いになって廃棄された。

 そしてオニールもまた同じ症状が出たが、彼は無理を言って意思とは関係なく仕事するように改造してもらい仕事を続けた。

「おかしな話だろ。アンドロイドが自動で仕事するように改造するなんて」

「まあ、そういう話ならアテナスになんとかできるとは思えないわね、それに……」

 この場所には妙なことが多い。

「明日の早朝またいらっしゃい。あなたの症状に関係があるかどうかはわからないけど、一つやろうと思っていることがあるの」

 オニールが問いの目を向けてくる。

「除霊よ」

 翌朝早朝、暗がりの中でアリスは斬霊剣を持って時が来るのを待っていた。アリスの両脇には燭台が建てられて小さな炎がかろうじて暗がりに明かりを提供していた。アリスの背後にはオニールとイグニスが黙って座り、何が起こるのかを見守っていた。

 徐々に空が明るくなり窓から光が差し込み始めた。蝋燭が爆ぜて炎がゆらめくと、そのゆらめきは段々と規則的な動きにかわっていった。炎は息をするように大きくなり小さくなりを繰り返した。

 朝日が窓から差し込み床の上をゆっくりと滑っていく。そしてある一点を照らした時、そこにぼんやりとした足が現れた。いつもの少年だ。

 少年は朝日を浴びるといつものように出口を目指して歩き始めた。

 アリスは見計らっていたように斬霊剣を抜くと、少年の目の前を縦一閃に斬った。

 すると空間にゆらゆらと揺れ動く一筋の切れ目ができた。

 アリスは素早くその切れ目に飛び込んだ。

 アリスの前に少年が立っていた。

「あなたは何者?」

「僕はイサク。帰りたい。でも呼ばれる方にいっても追い返される。なぜなの?」

 イサクは壊れかけた鳥居にむかっている。アリスは昨日この場所を右目で調べてみた。この場所には特殊なエネルギーの流れがある。その流れは島の中央から鳥居に向かい、そこで消えている。

 ここは霊道だ。鳥居はこちらとあちらを結ぶ門。

 イサクはエネルギー場としてあちらに呼ばれているが、鳥居を通り抜けられない。なぜなら、イサクはアンドロイドのエネルギー場だから。あの鳥居はきっとこの島に昔住んでいた人間が建てたものだろう。

「向こうに行きたい?」

「うん。行きたい」

「わかったわ」

 形を整えてやれば門を通ることはできるかもしれない。アリスは斬霊剣を構えた。

「待て。待ってくれ」

 切れ目の向こうから声が聞こえた。オニールだ。

「あんたがそっちで何をしているのかわからない。でもわかったことが一つある。そこにいるのは俺だ。俺がなくしたものだ」

 アリスはイサクをまじまじと見た。確かにイサクのエネルギー場の形はオニールと噛み合いそうに見えた。ならばオニールとイサクを融合させれば元に戻るかもしれない。やってみる価値はありそうだ。

「わかったわ。これからイサクをあなたに融合させる」

 アリスが斬霊剣を再び構え直した時だった。唐突にイサクが何か強い力で引っ張られた。

 アリスはイサクを追って駆け出した。あまり入り口から離れると意識が拡散して思考が鈍るが仕方ない。しばらくいくとイサクが何者かに捉えられているのが見えた。

「放しなさい」

 イサクを捉えているのは黒い編笠に黒い袈裟、全身黒衣の僧侶だった。顔には黒い翁の面を被っている。

 アリスが斬りかかると黒い僧侶はイサクを抱えたまま錫杖で剣を薙いだ。同時に器用に錫杖を振り回しアリスを突いてくる。

 アリスもまた斬霊剣で錫杖を避けつつ、右に左に剣を振るうが、イサクを盾にされていてまともに手を出せない。そうしている間にも意識が拡散を続けていき、思考が澱み始めていた。

 まずい。このままだと逃げられる。

「イグニス。時を戻して!」

 唐突に場面が切り替わった。アリスはイサクと向き合っている。突然イサクが背中側に引っ張られ始めた。アリスは瞬時に飛び出して背中の先を切り裂いた。呪詛の糸がぷつりと切れる感触があった。アリスはイサクを残して進んだ。

 黒い僧侶がいた。

 アリスは駆け抜けざまに斬霊剣を一閃した。

 黒い僧侶は錫杖でそれを受ける。

「あなた何者? もしかして昔アンドロイドたちからやる気を切り離したのはあなたの仕業?」

 黒い僧侶は翁の面の下で不敵に笑った。

「ほう。ここは面白い場所だな。また会おう」

 黒い僧侶は錫杖で空間を切り裂くとその中に身を躍らせ姿を消した。

「待ちなさい」

 だが深追いは禁物だ。拡散し始めた意識がふとひとつの疑問を拾い上げた。

 もしかしたら黒い僧侶と夢郎はどこかで繋がっているのではないか。

 だが、その答えを今得ることはできない。もう戻る時間だ。

 入り口まで戻ったアリスはイサクを入り口から外に出してやった。すると磁石が引き合うようにオニールとイサクは歩み寄り、そして抱き合うようにして一つに融合した。融合した後オニールは両手を見つめて何度も頷いた。

「そう。この感触だよ。俺は建設のために生まれて来た。どんな設備だってこの手で作ってやれる」

「どうやら探し物は見つかったみたいね」

「なあ、お礼がしたい。なんでも言ってくれ」

 アリスとイグニスは顔を見合わせ、そして室内を見回した。

「それじゃあ、お店を少し綺麗に改装してもらおうかしら」

「まるで幽霊屋敷みたいですしね」

「お安い御用だ。俺はパイオニアのオニールだからな」

 アリスはグラスを三つ用意すると『アーリータイムズ』を注いだ。

「でもその前に乾杯ね」

          終

『アーリータイムズ』はよく知れたバーボンウィスキーです。おそらくどこの酒屋に行っても一本くらいは置いてあるはずです。そんな有名なバーボンウィスキーですが、実はアメリカではバーボンとして販売できません。バーボンとして販売するには「内側を強く焦がしたホワイトオークの新樽に入れて熟成させる」という基準があるのですが、『アーリータイムズ』は樽を使い回しているので基準に達しないのだそうです。それでもアメリカ内外を問わず人気のウィスキーであることに変わりはありません。『アーリータイムズ』というのは『開拓時代』という意味ですが、アメリカのウィスキー開拓時代を切り開き、禁酒法時代を乗り越えただけのことはありますね。

 さて、今回のお話はMシティの開拓時代に街を築いたアンドロイドのお話です。パイオニアとして街を作り上げたものの、開拓時代が終わってしまえばその役目を終えて引退するしかないのが機械の宿命です。そんな機械たちの中にもしかして開拓精神のようなものがあったとすれば、それは決して手放すことはできないものでしょう。それなくして機械とはいえない、そういったものになるように思います。今の機械は決して「やる気でねえ〜」なんて言うことはありませんが、いつか未来にそんな機械がでてきたら、人間はウィスキーの一杯も奢って機嫌をとらないといけなくなるかもしれませんね。

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