永久機械
ゴミ処理島の上に巨大ドローンが停止した。ドローンは底部の廃棄口を開くと、Mシティで出たゴミを廃棄し始めた。生産ロットから抜かれた不良品のアンドロイド、製造に必要な原料の空容器、耐用年数が過ぎた組み立てロボット。さまざまなゴミが捨てられて山になる。
その山に最後のゴミが捨てられた。Mシティでゴミを集めるためのブルドーザーだった。保証期間が過ぎて故障が頻発するため入れ替えられた。ブルドーザーはゴミの山を転がり落ちた。ゴミ山の麓で一瞬だけコントロールパネルが光ったが、すぐに認証キーエラーで電源が落ちた。廃棄処分になった今、ブルドーザーはもうゴミを集めることもできなかった。あとは分解され原料に再生されるのを待つばかりだった。目の前にこんなにたくさんのゴミがあるのに。
夜、ふらふらと一人のアンドロイドがやってきた。足元がおぼつかない。酔っていた。アンドロイドが酔うなんておかしなことのように思えるが、電子アルコール類は電気信号の流れを一部阻害するし、記憶もあいまいになった。人間がアルコールに酔うのと同じような状態になった。
アンドロイドはボトルにダウンロードした電子ウィスキーを飲み干すと、ゴミ山に置かれたブルドーザーに寄りかかって座った。
「なんだ、お前は廃棄処分にされたのか。ずいぶん旧型で思考回路もついてなさそうだぞ。それにしてもひどいポンコツだ。廃棄されて当然か」
アンドロイドは空になったボトルを持ち上げた。『TEELING SINGLEMALT』と描かれている。
「知っていたか。『TEELING』はダブリンの不死鳥と呼ばれてる。だからボトルにはフェニックスが描かれてる。お前も不死鳥のように復活したきゃ、こいつを飲むんだな」
するとその言葉に呼応するようにブルドーザーに電源が入り、ぶおんという起動音が響いだ。
アンドロイドは驚いて後退った。
だが、すぐにまたエラーでブルドーザーの電源は切れた。
「なんだよ。脅かすなよ。ポンコツめこれでもくらえ」
アンドロイドはブルドーザーに空瓶を投げつけた。瓶はボディにあたって砕け散った。砕けた時に電気部品が青白い火花を散らし、その火花はボディ全体に広がったが一瞬ですぐに消えた。モーターが一瞬息をつくように回って停止した。
それからアンドロイドは小さなゴミ山を蹴散らし始めた。手っ取り早く金になる希少金属が含まれた部品を探していた。して不良品で廃棄されたアンドロイドの頭部を見つけるとそれを抱えて、手頃な平台の上にごろりと横になった。コアに流れ込む電気信号がかなり乱れている。酒が抜けるまでゆっくり休み、明日はここから出勤しようと思った。いつの間にかブルドーザーがすぐそばまで移動していることには気が付かなかった。
「工員が出勤してこないからって、わしのところに怒鳴り込まれても困るというもんじゃ。そうじゃろ?」
ゲン爺はアリスのバーで朝からウィスキーを飲んでぐだを巻いていた。
ここはゴミの島ドリームシティ。アンドロイドのアリスが営む小さなバーだ。この店を始めるのに世話になったこともあり、アリスはだまってゲン爺の愚痴を聞いていた。
「そりゃあ、まあ、あのアンドロイドを世話したのはワシじゃが、今はオーキーの工場で働いているんじゃから、管理するのはオーキーじゃろ。いなくなったのはワシのせいじゃない」
アリスが相槌をうっていると外がにわかに騒がしくなった。潰れたアンドロイドが発見されたらしい。見にいってみると見事にぺちゃんこに潰れたアンドロイドが横たわっていた。潰れてしまっているがIDチップの応答はあった。ゲン爺が言っていた仕事をサボったアンドロイドだ。
「確かにこれじゃあ仕事に行けんわな」
「この方見覚えがあるわ。昨日お酒を売ってあげたの」
「いくら飲み過ぎてもぺちゃんこにはならんじゃろ」
そこへ噂を聞きつけたオーキーがやって来た。
「これはどういうことだ」
「飲み過ぎじゃろ」
睨みつけるオーキーにゲン爺は肩をすくめてみせた。
コア解析をしてみたが、酔っていたらしくまともな情報がない。はっきりしたことは何一つわからなかった。潰れる少し前に誰かと話をしていたようだが、応答はなく相手がいるのかも判然としなかった。結局様子を見るしかなかった。
人々が去っていくのをゴミの隙間から見つめる機械の目があった。
その夜再び事件は起こった。
酔った状態でゴミ山を歩き回っているアンドロイドが狙われた。前回と同じようにかなりの重量で踏み潰されていた。今度は潰れたボディにはっきりとキャタピラの跡がついていた。そしてそのアンドロイドもまた、アリスが電子ウィスキーを売った相手だった。そこにアリスは何かのひっかかりを感じた。
「それにしてもこのキャタピラの跡はなんじゃ。重機がアンドロイドを襲うっていうのか。やつらはコアを持たないただのロボットじゃ。プログラムされたことしかできんはずじゃろ」
「ええ。重機がアンドロイドを襲うことはできません。だとすると誰かにプログラムを書き換えられたか、あるいは」
「あるいは何じゃ」
アリスはしばらく考えてから言った。
「私にひとつ考えがあります。任せてもらえますか」
その晩アリスは自ら『TEELING SINGLEMALT』を飲んだ。踏み潰された二体のアンドロイドはこの電子ウィスキーをアリスの店で買っていた。これが事件と関連があると考えた。そして多少酔った状態でゴミ山を歩いた。きっと犯人はゴミの中に隠れているはずだ。
そうして小一時間も歩くが何も起きなかった。ところが小さなゴミ山を蹴飛ばした時、別のゴミ山が崩れて中からブルドーザーが現れた。酷く古い型でキャタピラが付いていた。ボディは錆び、壊れかけてあちこちからオイルが漏れ出ていた。動く度に駆動モーターが悲鳴のような擦過音を上げた。明らかに廃棄対象の機械だ。
「お前が犯人か。なぜ『TEELING』を飲んだ者を狙う」
ブルドーザーはそれには応えず、アリスに真っ直ぐに向かって来た。前面には電磁シールドで覆われた巨大なブレードが付いている。電磁シールドがゴミに触れる度に耳障りな音を立てた。
ブレードがゴミを掬い上げる。ゴミで覆われた地面が揺れ動き踏ん張りがきかなくなる。アリスはバランスを崩し一瞬動きを止めた。そこへ高く持ち上げられたブレードが振り下ろされた。
だが、初めから襲われることがわかっていれば避けることは容易かった。アリスはブレードの下をくぐり抜け相手の懐に潜り込んだ。そのままボディをかけ上がるとボンネットの上に乗った。そしてもう一度同じ質問をした。
「フェ…二…ックス…しご…と…つ…づけ…られ…る」
「仕事?」
アリスは働き続けてぼろぼろになったブルドーザーを見た。この機械はずっと何十年もMシティでゴミの除去を手伝って来たのだろう。存在の目的がゴミの除去という仕事だ。そうするために作られた。
「あなたは仕事に戻りたいのね。だけど『TEELING』を飲んだアンドロイドをいくら襲っても元には戻れないわ。フェニックスはラベルでしかない。機械はいつか壊れるのよ」
アリスは背に担いでいた斬霊剣を抜いた。ブルドーザーの背後に不自然なエネルギー場ができていた。それは人間の想いに似ていた。この機械は人間の想いを、その小さく未熟なプロセッサで感じ取り、全うしようとしている。自分が存在する唯一の目的、その一途な想いが何かの拍子に引き出されたものだろう。そこを切り落とせばきっとこの機械は止まる。
アリスは斬霊剣を振りかぶった。だが振動で錆びたボンネットを踏み抜いてしまった。そのタイミングでブルドーザーが旋回する。バランスを崩したアリスは穴に足がはまった状態で逆さ吊りになった。頭の下ではキャタピラが回転している。そしてそこここから吹き出すオイルが全身を汚した。なんとか足を引き抜いて地面に飛び降りることができたが、目にオイルが掛かってしまい、視界が汚れてはっきりしない。地響きが伝わって来た。見上げるとそこに巨大なブレードがあった。
あっと思った時には後ろに引っ張られてた。
「あぶない所じゃった」
ゲン爺だった。
「どうしてここに。危ないわ」
「ワシに助けられたやつが何を…」
アリスはゲン爺を抱えると前にジャンプした。すぐ背後でブレードが地面を抉る。
「おい、ワシは人間じゃぞ。機械のくせに人間を襲うのか」
だがブルドーザーは止まらない。
「いかれとる」
「もうだめよ。目的が全てになってしまっている。きっとプログラムも暴走してるわ」
再びブルドーザーがブレードを持ち上げて迫っていた。
「どうするんじゃ」
「目を拭いて。早く」
ゲン爺は顔を背けながらシャツでアリスの目を擦った。
アリスはゲン爺を横に突き飛ばすと、ブレードをかすめるようにして反対側に駆けた。
ブルドーザーがその場で方向転換する。速い。
だがアリスはもっと速い。背後を取ると横一線に斬霊剣を振った。
ようやくアリスに向き直ったブルドーザーがブレードを持ち上げた。だがそれは振り下ろされることはなかった。ブルドーザーはたった今100年の時間を引き受けたかのように朽ちた。可動部は緩み、オイルは吹き出し、ネジが外れて全体が崩れ落ちた。ブルドーザーは轟音を立てて瓦礫と化した。
「助かったわい。それにしてもどうしてこいつはアンドロイドを襲ったりしたんじゃ」
「おそらく仕事を邪魔されたからだと思うわ」
アリスは瓦礫の前にしゃがむと何かを拾い上げた。それはCPU ボックスだった。これほど大きなボディに、手のひらで包み込めるほどの小さなCPUボックスだ。これらの機械は物を考えることはできない。ただ、プログラムされたことを実行するだけだ。それでも、こんな小さなCPUボックスでしかなくても、人間の想いを感じとることはできる。それを理解することも表現することはできない。だからひたすら働き続けるのだ。壊れて廃棄されるその日まで。
「彼らも想いを伝えられたらいいのに」
「それにしても、いくらアンドロイドとはいえ、年寄りに女子の目を拭かせるような真似はもうせんでくれ。心臓に悪いわい」
「あら、私を女として見てるの?」
アリスは渋面をするゲン爺の背を叩くと、
「お店でいっぱいやりましょう。彼の想いを弔うためにね」
と言って笑った。
終
おまけのティスティングノート
『TEELING SINGLEMALT』はアイルランドのダブリンで蒸留されるシングルモルト・ウイスキーです。ボトルには黒地に白で『TEELING』の文字とフェニックスが描かれています。このフェニックスはアイリッシュ・ウィスキーの立役者として活躍したジョン・ティーリング氏の息子たちが、ティーリング・ウィスキーの復活という想いを込めてデザインしたという話です。ウィスキー自体はライトでクリーミーで思いのほか甘みがあって美味しいそうです。
さて、今回のお話はひとつの仕事を淡々とこなすしかない機械のお話です。現代でもそうですが、機械というのは一つの仕事を効率よく行うためだけに作られています。もしこの機械が、仕事を続けることこそが目的であり幸せだと感じたのならどうなるでしょう。古くなって仕事ができなくなった機械はどう思うのでしょうか。そしてもし復活する手段を見つけたとしたら。でもそうして機械が全ての仕事をするようになったら、私たちはどうすればいいのでしょう。飲んで酔っ払うくらいしかすることがなくなるかもしれませんね。