私的2021年ベストアルバム
今年も流行り病の影響で、家や道、さまざま場所で一人で音楽を聴いている時間は例年よりもやはり長かったように思います。
それだけ今年も時間を使ってしまったのに何も生み出さないのも勿体無いので、せめてもの思いで今年も下手なりに文章を書いてみようと思います。
昨年同様「私的」とタイトルに付けました。音楽的な質の高さ、評論的文脈上での評価ではなく個人的、主観ベースの内容です。心のときめき最優先で書いているのでご了承ください。
今回は昨年とは違い、2021年発表の新譜を10枚、それ以外を10枚チョイスしています。
去年SNSを見ながら日々リリースされる新譜を追いかけてみたのも面白かったです。ただついつい視野狭窄になっている自分にも気づいて、今年はもっと自分の感情に身を任せ広く音楽を聴いていきたいな〜と意識していました。
結果的に新譜だけではない沢山の紹介したい素敵な出会いがあったので、このようなチョイスとしてみています。
2021年発表の新譜とそれ以外、交互に紹介していこうと思います。ではどうぞ。
10. Jeb Loy Nichols 「Jeb Loy」(2021)
ウェールズを拠点とするSSW、Jeb Loy Nicholsのアルバムです。
今回全編のバック演奏を務めるCold Diamond & Minkとの化学反応が素晴らしく、ざらついた質感でルーズなドラムやホーンセクションはBIG CROWN諸作に代表されるようなモダンソウルの気持ち良い脱力感があります。ただその上で歌われるJeb Loy Nicholsのハスキーで優しい歌はTom Waitsのような雰囲気で、そのせいもあってか「2020年代感」が溶けどの時代にも存在しえるような普遍性もあると感じました。
またかなり渋い演奏にも関わらずホーンセクションや歌などのメロディがキャッチーなのもあって、実はポップスとしても全体通して非常に聴きやすいのも好きなポイントです。今年1年ことあるごとについ聴きたくなってしまったアルバムだったと思います。
10. Don Beto 「Nossa Imaginacao」(1978)
ブラジリアンAORの大傑作、Don Betoの1978年作アルバムです。
いつもレコメンドが最高なディスクユニオンラテン館の紹介で知りましたが、1曲目の「Nao Quero Mais」を聴いた瞬間、そのポジティブさに一発でやられてしまったのを覚えています。ディスコマナーに則りつつストリングスやホーンが美しく鳴り、聞くたび踊りたくなってしまいました。
AORやディスコはお決まりの展開や過剰な装飾など、ある種の「軽薄さ」が伴ってしまう音楽だなと常々思います。この「軽薄さ」を理由にこれらのジャンルを聴かない人もいますが、自分はこの「軽薄さ」は人々に気持ちよく踊ってもらったり聴いてもらったりする機能が重視された結果の洗練である、と理解しています。そのためこの軽薄さも込みで音楽的に面白いジャンルだと思っています。大好きです。
ちなみに当アルバム内「Renascendo Em Mim」も含まれるEd Motta選曲のブラジリアンディスコのコンピレーションアルバムも最高です。そちらも合わせてどうぞ。
9. Kings of Convenience 「Peace Or Love」(2021)
ノルウェーのアコースティックデュオ、Kings of Convenienceの12年ぶりのアルバムです。
以前からのアルバムと同様アコギとコーラスによる穏やかな曲が並び、聴いていてひたすらに心が落ち着かせてくれます。
特に今年も在宅勤務等で家にいることも多かったので、BGMとしてもついついこのレコードを手に取っていた印象があります。
そういう意味で、個人的には今年のスタンダード的立ち位置のアルバムだなと思っています。
9. 久保田麻琴 「まちぼうけ」(1973)
※サブスクなし
裸のラリーズ、久保田麻琴と夕焼け楽団などで知られる久保田麻琴のファーストソロアルバムです。今年のLPでのリイシューによって知りました。
自分の中で久保田麻琴さんといえば、やはり夕焼け楽団「ハワイチャンプルー」でのトロピカルな楽曲や「DIXIE FEVER」でのブルージーなイメージが強かったです。もちろん好きではありましたが自分の心の中でそこまで重要な位置を取っていなかったように思います。
しかしこの「まちぼうけ」は後のアルバムとはかなり毛色が異なります。もちろん後のアルバムに通ずるようなアメリカンミュージックへの羨望のようなものも見え隠れしますが、アルバム全体を俯瞰した時にはアシッドフォーク的、パーソナルな世界観を感じます。特に「かわいいお前」、表題曲「まちぼうけ」の2曲が素晴らしい、風街ろまんやHOSONO HOUSEとの同時代性を感じざるを得ない音作りと染み入る歌詞で、間違いなく名曲だと思います。
個人的には「恋は桃色」などにも並ぶほど好きな「うた」になりました。
「まちぼうけ」リイシューに伴う久保田麻琴さんのインタビューもご一緒にどうぞ。
8. Matt Maltese 「Good Morning It's Now Tomorrow」(2021)
サウスロンドンを拠点とするSSW、Matt Malteseの3rdアルバムです。
前作「Krystal」が大好きなのもあって、今年の新作のリリースをとても楽しみにしていたアーティストの1人です。
自分の中でMatt Malteseは、現代のインディーアーティストの中でもとりわけ人懐っこい、キャッチーな曲を書く人だなと思っています。前作ではM1「Rom-Com Gone Wrong」イントロのピアノフレーズに一発で虜になってしまいました。
今作においてもアルバムの各曲のキャッチーさは変わりません。全体を貫くインディーマナー直球な音像が優しい安心感を与えてくれます。
ただし前作にあった翳り、内省のような感覚は今作では抑えめで、代わりにM2「Shoe」での祝祭的なコーラスなどが象徴するような希望にあふれた曲が多くなっています。ここには本人のパンデミックと向き合った軌跡が示されています。
そして特にM4「You Deserve on Oscar」が素晴らしい、今年の個人的ベストソングの1つです。サビの泣きのメロディとロマンティックな歌詞は最高の一言に尽きます...
8. Eduardo Mateo 「Mateo Solo Bien Se Lame」(1972)
ウルグアイの伝説的SSW、Eduardo Mateoのアルバムです。
自分自身まだまだブラジル含む南米の音楽に疎いなと思っています。そのせいかMPB/サンバでの先入観のようなものがまだ若干残っており、自分の中で元気なスイッチを入れて気合を入れないとなかなか聞けない音楽という印象でした。(もちろん今まで聞いてたものも内容自体は素晴らしいです)
しかしこのアルバムはいい意味で「肩肘はらずに」聴くことができ、上に書いた悪い先入観を壊してくれたアルバムとなりました。
もちろんポルトガル語の響きやM1「Yulele」でのパーカッションのリズムなど、南米音楽的な要素は散りばめられています。しかしそれ以上にM10「Lala」が象徴するようなアコースティックギターの静かな響きからはフォーキーさを強く感じられました。
それが個人的にはすごく居心地が良く、何度も聞きたくなってしまいました。
またこのアルバムを深く聴いた一因として、Peterさん(@zippu21)主催のTwitterでの#非英語圏オールタイムベストアルバム という企画がありました。企画がちょうど始まった頃にこのアルバムを知ったので、投票するか考えるのに深く繰り返し聴きました。(結果的にすごく高い順位に入れちゃいました)
自分の中での深化の意味でも、他の方が投票した内容からワールドミュージックを深く知るきっかけとしても良い企画だったと思います。非常に感謝しています。
7. 冬にわかれて 「タンデム」(2021)
寺尾紗穂、伊賀航、あだち麗三郎の3人による冬にわかれての2ndアルバムです。
前作「なんにもいらない」でも歌心のある素晴らしい曲が並びましたが、今作は特に音響面での深化が見られたように思います。
あだちさん、伊賀さんによるベース・ドラムの音はよりローファイに、DIY感のある音作りになっているように思います。M3「揺れる」でのスナッピーが良く鳴るタイトでデッドな質感のドラムからは密室感を感じます。
またM8「高度200m」ではあだちさんのサックスもフィーチャーされ、その両楽器の演奏の質の高さからマルチプレイヤーとしての実力を思い知らされます。
音響面という意味で言うと、全体を通して「音の隙間」が前作より意識的に作られているように感じます。M1「もうすぐ雨は」M9「彷徨い」などは音数が少ないドラムパターンの中で、ピアノのコードやシンバルの音の余韻をより聴けるようになっていて、1音1音に向き合う深い聴き方を自然としてしまいました。
そういった音響面の充実があっても一番前では寺尾紗穂さんの歌が存在感を放っていて、あくまで「うた」のアルバムなのも好きなポイントです。
寺尾さんのエッセイ「彗星の孤独」も今年拝読し、このアルバムとともに今年も寺尾さんに心を豊かにしてもらえたなと思っています。新しいエッセイ「天使日記」も楽しみです。
7. Piry Reis 「Caminho Do Interior」(1984)
ブラジルのカルトSSW、Piry Reisのアルバムです。こちらも今年LPのリイシューがあり深く聴くようになった作品です。
Piry Reisの諸作品の最大の特徴はやはりニューエイジ的な浮遊するシンセサイザーやオーケストレーションによるバレアリック感だと思います。
この特徴は特に前作「Piry Reis(s.t.)」にて色濃く表れています。
このアルバムはバレアリックな濃度は薄まっていますが、その代わりにフュージョンやフォークの要素が混ざり、全体的なバランス感はちょうど良いなと思っています。それもあり個人的には前作よりも何度も聞いてしまうアルバムでした。
特にバランスが良いことで、より生楽器の身体性に伴う勢いやブラジル音楽としての美しさを感じられるようになっていると思います。「生楽器の身体性」という部分で言うと例えば、M2「Cisplatina」,M3「Dina e Neta」でのフュージョン的な音色で動き回るベースとリズムのアンサンブルの絡みは、演奏全体に前への推進力を与える躍動感があります。
またM7「O Estrangeiro」ではArtur Verocaiも想起させる美しいストリングスの上でポルトガル語の歌が歌われます。この響きはやはりブラジル音楽の持つ美しい部分だなと感じられます。
個人的なベストトラックはシングルカットもされているM5「Idade Media」です。フォーキーなギターと美しいストリングスそしてサイケデリア、それらを全て飲み込んでポップでもある、このアルバムのハイライトです。
6. Bruno Pernadas 「Private Reason」(2021)
ポルトガルのSSW、Bruno Pernadasの5年ぶりの新アルバムです。
前作「Those Who Throw Objects …」が大好きだったのもありこちらも待望の1枚でした。
前作の頃から異国情緒のようなものは感じていましたが、全体的にはジャズとインディーを合わせたような雰囲気がベースにあったように思います。
しかし今作ではジャンルの振り幅は極限まで広がり、まるで「あらゆる国の音楽を鍋に入れて煮詰めた闇鍋」のようです。
例えばM2「Lafeta Uti」では大胆なアフロビートでの上でギターとシンセサイザーがうねるように鳴ります。かと思えばM4「Theme Vision」では前作のようなインディー感もあるサイケデリックロックが。M6「Little Season II」でクラシカルなInterludeが通ったと思ったら、次のM7「Recife」はアジアンなテイスト、とまさにジェットコースターのようにジャンルを飛び越えていきます。
ここで凄いのが、上で書いたように奔放に世界中のジャンルを取り入れているのですがアルバムを通しての空気感は保たれ、散らかった印象はなぜだかしない所です。
自分では理解しきれず不思議としか言えませんが、ギリギリのところを突けるBrunoの才能なのだろうなと思っています。
こんな感じなので人にこのアルバムを紹介する時には「音楽の万国博覧会」とよく表現しています。
13曲75分の中で目まぐるしく世界を旅行したかのような感覚はまさに万博です。究極のミクスチャーアルバムだと思います。
6. Naomi Lewis 「Cottage Songs」(1975)
USのSSW、Naomi Lewisの自主製作による1stアルバムです。
今年からついに自主製作系のプライベートフォークを色々聴き始めるようになりました。オリジナルのLPを買い集めるには1枚1枚の値も高くまだまだ先の話になりそうですが…
Naomi Lewisについてもレコード屋ではSSW棚の高額常連で聞けていませんでしたが、今年ついにLPがリイシューされこの1stと2nd「Seagulls and Sunflowers」を合わせて手に入れることができました。本当に嬉しいです。
内容は全体を通すとM12「Seasons」などに代表されるようなキリスト教の信仰と結びついた美しいフォークが主体です。これだけでももちろん大満足なのですが、自主製作盤だからこそのある種「ごった煮」感があるのも面白いポイントです。
M1「How Do?」での美しいフルートの音色と芯のある歌声で癒されたかと思ったらM2「Life is Song」ではベースが主張するタイトな演奏も聞けます。
更にM5「Get on Down」ではジャケットからは想像もできないアップテンポでホーンも混じるリッチでファンキーな演奏も飛び出します。
このようにごった煮ではあるのですがどの曲もキャッチーかつ質が高く、芯を貫くNaomiの声も素晴らしいのでアルバム通して大好きになりこの一年何度も聴いていた作品でした。
レア度もありますがこれが高額で取引されていた理由はわかります。これはみんな欲しい。
ちなみにこのアルバムのリイシューにはNumero Groupというレーベルが携わっています。自分は今年初めて知ったのですが世の中的に若干ニッチなジャンルにおいて、往年の素晴らしいレア音源を数々発掘しているレーベルです。
Numeroの公式サイトではNaomiについての詳しい生い立ちなどもまとめた記事が公開されています。
今年知って大好きになったDoug FirebaughというSSWのアルバム復刻もNumeroの仕事でした。こちらも素晴らしいので是非どうぞ。
5. Cleo Sol 「Mother」(2021)
SAULTのシンガーとしても活動するUKのSSW、Cleo Solの2ndアルバムです。
前作「Rose in the Dark」ではジャマイカ出身の父親の影響か音色などからレゲエの気配なども感じさせつつリラックスしたネオソウルを聴かせてくれていました。
今作は前作からのネオソウル的な音の気配も残ってはいますが、ピアノ主体の曲なども増え、より歌にフォーカスした1枚になっています。
M2「Promises」などの音響処理、特にドラムの音の解像度の高さは間違いなく2021年の新譜の音のはずなのですが、アルバム全体を通して想起させられるのは往年の70年代のSSWたちです。
Twitter上でもCarole Kingなんかを引き合いに出してこのアルバムを語る人が多かったように思います。その比較にも納得感があるほどの普遍性を持った曲たちだと思います。
歌詞にはタイトルの「Mother」にもある通り今年の6月に母親となった彼女の心情が表れています。特に象徴的なのは母親として我が子への愛を歌ったM10「One Day」でしょうか。
10年後、20年後世の中でどんな音楽が流行っていて、自分がどんな音楽を好きになっているかは分かりませんが、その頃にも棚からレコードを取り出して聴いたら今と同じ幸せな感情になれることを確信できます。時代を飛び越えられる「強さ」を持つアルバムです。
5. Harold Butler 「The Butler Dit it」(1978)
ジャマイカのルーツレゲエを支えた名キーボーディスト、Harold Butlerの参加作をコンパイルしたアルバムです。
参加アーティストはPam Hall, Beres Hammond, Cynthia Schlossといったラヴァーズロックの面々に加えてBoris Gardinerもベースで一部参加とレゲエ関係の大物が揃っていますが、内容的にはレゲエよりもジャマイカンソウルというべき内容が多いです。
全体を通してM2「Long Hot Days In the Summer」等ディスコ/ソウルミュージックとして質の高い曲が揃いそれだけでも楽しめますが、ここではジャマイカンソウルならではのことを書こうと思います。
個人的にジャマイカンソウルの好きなところとして、「奥にレゲエの心が見える」点があります。一見全体を通すとUSのソウルと変わりないように思いますが、細かいアレンジや音色などにレゲエの影響が見て取れます。
このアルバムでも例えばM5 「Book of Life」において、全体の雰囲気はディスコ/ソウル的ですが、ギターとドラムの絡みに焦点を当てると完全にレゲエのパターンです。またM9「Symphony to a Friend」でのパーカッションのリズム感もルーツレゲエを想起させます。
また実際にM6「Crying In Soweto」ではレゲエの曲も入ってきます。しかし他の曲でも上のようにレゲエを想起していたため、流れで聞いても違和感がないのは興味深いポイントです。
日常的にレゲエを聴き血肉としている面々が演奏することで本場のソウルともまた違う独特な雰囲気が生まれるというので、やはり音楽は面白いなと思っちゃいます。
4. Mariano Gallardo Pahlen 「Los Sueños de los Otros」(2021)
ウルグアイのピアニスト/SSW、Mariano Gallardo Pahlenの1stアルバムです。
本作はMariano自身がほぼ全ての楽器を演奏、アレンジして作られたアルバムです。
その謳い文句だけを聴くとベッドルームポップ的なDIY感のある音像を想像するかもしれません。しかし実際にはその真逆、Fleet FoxesやBeach Boys、Sufjan Stevensなどを想起させる幾重にも重なった管弦やコーラス、更にその他の多種多様な楽器も鳴る壮大なオーケストラル・ポップが展開されます。
全編を通してノスタルジーを感じるような曲が続くのですが、古臭さは感じません。ギターのインディー的な音像など、あくまで2021年にこのアルバムが作られていることがわかる現代感がうまく同居しています。
特にM1「Las Mananas」でのピアノのソロから一気に全ての音が爆発する祝祭的なイントロは凄まじい。初めて聴いた時はその圧倒的な美しさに驚き、しばらく聴いたのちにほぼ1人でこのアルバムを作り上げているということを知って更にMarianoの才能に驚愕しました。
自分自身、昨年の年間ベストにHello Foreverを選んだ事もそうですが、こういった情報量の多い、ある種「Pet Sounds的」な音楽に弱い傾向があります。自分の好みかどうかの価値基準にPet Soundsが鎮座しているような気がします…
今年初めて知ったアーティストの新譜としてはベストだったと思います。
逆にいうとここからの新譜は去年以前から愛してやまないアーティストの方々の待望のものが並びます。感情の方で体重が乗り始めます...笑
4. Loren Connors 「Airs」(1999)
アメリカのエクスペリメンタル・ギタリストであるLoren "Mazzacane" Connorsの1999年作です。
今年はLoren Connersと出会って以降、多くの夜に彼の諸作を聴きながら過ごしてそのまま眠る、という暮らしをしていました。そのためここではこのアルバムについてというよりもLoren Connorsやギターアンビエントとの出会い全体についてをメインで書こうと思います。この「Airs」というアルバムはその中で最も気に入って多く聴いていたアルバムなのでここでチョイスいたしました。
初めてLoren Connorsの名前を知ったのはフォークシンガーのKath Bloomとの共作アルバム「Moonlight」です。
このアルバムの中でのフォーキーな世界観をかき乱すようなLorenのギターに惹かれ、そこから彼のソロを聴くようになっていきました。
また今年の1年は昨年Gia MargaretやEmily A. Spragueなどを知った影響から個人的な「アンビエント元年」でした。さまざまなアンビエントを聴いていましたが、それまで聴いていたものはシンセサイザーやピアノで作られた音像がメインでした。
そんな中初めて聴いた2016年作「Lullaby」でのギターアンビエントの美しさは衝撃的でした。ギターという楽器の可能性を見せつけられたような気持ちになって感動したのを覚えています。そうして過去作を順に聴くようになっていきました。
ここで選んだアルバム「Airs」では、他の楽器やエフェクトが真に排除されギター一本のみで音像が作られていきます。このアコースティック感と究極のピュアさが特に好きになったポイントだと自分の中では理解しています。
この1年、アンビエントという音楽と本格的に向き合うきっかけとなったアーティストの1人です。もう1人は後ほど登場します。
3. ザ・なつやすみバンド「NEO PARK」(2021)
東京の四人組バンド、ザ・なつやすみバンドのアルバム。前作「Terminal」からの流れを引き継いだ「旅行三部作」の2作目にあたります。
自分が大学2年生の頃、所沢航空公園での「空飛ぶピクニック」で出会って以来、ずっと自分の心、価値観において重要な位置を占め続けるバンドです。
MC.sirafuが鳴らすスティールパンとトランペットを筆頭に、トロピカルな質感で明るさの中にノスタルジーを覗かせるポップスを演奏し続けてきたなつやすみバンドですが、今作では今までの「なつやすみバンドらしい」ポップネスとこの数年でのバンドとしての洗練が最高の形で結実したアルバムだと思います。
例えば大きな変化の1つとしてブラジル、特にミナス周辺の音楽をルーツとする叙情的なエッセンスがあります。前作ではリファレンスとしての顕著な影響を感じましたが、今作ではよりエッセンスとして取り込まれ、演奏の中に溶け込んでいるように感じます。特に顕著なのはM6「Symphonic」でのフルートやM9「maigostone」でのソプラノサックスのフレーズでしょうか。
また洗練という意味では、M4「薫風ライナー」の1曲に対する作り込みは目を見張るものがあります。ドラムとパーカッションによる複雑で心地よいリズム、美しいコーラスワーク、曲の展開の読めなさ、コロコロと調が変わっていきながら盛り上がるラストのスティールギターソロ、とアイデアがてんこ盛りですが、この膨大なアイデアを1曲にまとめられるのがこのバンドの実力です。
このような変化もありつつ、初期からの良いところは残っているのも嬉しいです。M3「Trinos」はシンセサイザーを多用したミドルテンポの曲で、「サマーゾンビー」や「S.S.W」などの初期のなつやすみバンドを彷彿とさせます。
またM2「たったひとさじの日々」では「パラード」や「ラプソディー」なども思い出させるような壮大なオーケストラル・ポップが鳴らされます。このアルバム全体を象徴するような名曲です。
なつやすみバンドにしか作れない、気の抜けた明るさと美しい叙情が両立した傑作だと思います。また来年もライブを見に行きたいな。
3. Window 「Window」(1974)
テキサス州ダラス出身のJudy Kellyを中心としたプライベートフォークプロジェクト、Windowの唯一作です。
Naomi Lewisの部分でも書いたように今年US/UKのプライベートフォークを少しずつ聴くようになりましたが、その中でも最高の出会いだったと思います。
内容としてはM3「Lullaby You」など、アコースティックギターとピアノを主体としたフォークがメインです。ただしただ落ち着いたフォークソング集、と言うわけでもなく、M2「Noah」のようにロックな印象を与えるエレキギター、ドラムも登場したりと、フォーク好きだけではなくより広い趣味の人々が楽しめる内容だと思います。この塩梅はJoni Mitchell、そして自分が大好きなJudee Sillなども想起させました。
特に好きなのは表題曲でもあるM11「Window」。ピアノ弾き語りというシンプルな構成で、Judyの美しい歌声を聴くことができます。
自分が女性SSWを聴くモチベーションの1つに、Judee Sillの諸作に並ぶような美しいアルバムを見つけ出したいというのがあるのですが、このアルバムは今まで知った中で限りなくその理想に近いアルバムだと思います。
日本語の情報はほぼ無く、自分も海外の音楽系ブログやDiscogsなどで情報収集しながらここの文を書いています。この美しい音楽を自分だけが知っているというのもニッチな音楽好きとしては嬉しいものですが、ここまで読んでくださる方への感謝も込めて共有させていただきます。いわゆるシェアハピです。
現在最もレコードを手に入れたいアルバムでもあります。中古情報かリイシューをお待ちしております。
2. Porter Robinson 「Nurture」(2021)
アメリカのDJ/トラックメイカー、Porter Robinsonの7年ぶりの新譜です。
今年多くの音楽好きが年間ベストにも選んだ作品となりましたが、自分にとってはまた違った思い入れを持って受け止めた一枚でした。
高校生の頃、KONAMI系音楽ゲームの影響で同人テクノとEDMばかりを聴いていた自分がメジャーシーンの音楽を本格的に聴き始めたきっかけはPorterの前作「Worlds」に収録された「Sad Machine」を偶然聴いたことでした。
EDM的な音作りではあるが叙情的で寂しさを感じさせる「Worlds」の虜になり、そこから世の中の音楽をより広く様々に聴くようになりました。自分が初めて見たメジャーアーティストのライブもSummer Sonic 2015のアフターパーティとして恵比寿LIQUIDROOMで行われたPorterのものでした。
その後Madeonとの共作「Shelter」やVirtual Selfとしての活動など細かい動きはありましたが、あまり表舞台には姿を見せず7年が経ち、その間に自分の音楽の趣味も変わり、今までチョイスしたような歌ものやフォーク、アンビエントなどを聴くようになっていっていました。
この7年間の間、弟のガン宣告やスランプで曲が作れなくなっていたことなどは知る由もありませんでした。
7年越しの今作では前作「Worlds」での叙情は残りつつ、大きく作風の変化が見られます。
まず1つはPorter自身が歌を歌うようになったこと。M2「Look at the Sky」では本人の歌声が直接聞こえ、M3「Get Your Wish」やM11「Something Comforting」など女声に聞こえる部分もPorter自身の歌声を加工して作られています。
そしてもう1つは日本のピアニスト高木正勝からの多大なる影響です。Porterは「おおかみこどもの雨と雪」のサウンドトラックで彼を知って以降絶大な影響を受け、今作でも高木正勝の諸作のような穏やかな音響で内面を表現するアンビエント的な曲が多数制作されました。例えばM4「Wild Tempos」、
M9「Sweet Time」、M12「Blossom」などです。
これらの音楽的な変化により、EDMプロデューサーだった彼の曲はクラブカルチャーを超えより親しみやすくなりました。今年この「Nurture」が多くの人に受け入れられた一因だと思っています。
そしてこれらの変化は、奇しくも自分の音楽的な好みの変化と見事にマッチしていました。歌ものとして、アンビエントとして、壮大なサウンドスケープとしてです。
苦悩の時期を過ごしてなおこれだけ優しい作品を作り上げてくれたこともそうですが、この7年間での自分の乱雑な音楽趣味の変遷にPorterが横に並んでついてきてくれたような感覚を覚えひどく感動したことは、1年の中でも素敵な記憶の1つです。
自分にとってこの「Nurture」は、自分のこの7年間をも肯定してくれるようなアルバムです。この作品を生み出してくれたことに感謝しかありません。
2. may.e 「私生活」(2013)
※サブスクなし
現在はmei eharaとして活動するSSW、江原茗一さんが旧名義であるmay.e時代にリリースしたアルバムです。
初めて知ったのはLampの主宰である染谷大陽さんが絶賛しているツイートです。なかなか聴くことができなかったのですが今年ついにLPを手に入れて聴くことができました。
mei eharaになってからは鳥居正道(トリプルファイヤー)なども参加したバンド隊と共にスムースでグルーヴィーな音楽を演奏するのが主体となっていますが、このアルバムではバンドはなく、アコースティックギターと歌のみで作られた曲が並びます。
そして最大の特色だと思っているのは、アルバム全体を通した音の「遠さ」です。
今までのミックスでは聴いたことがないほどアルバム全曲にかけられた過剰なリバーブによって、遠く離れた場所で演奏されているような印象を受けるのです。個人的には雑踏の中に演奏を溶け込ませた石原洋「formula」(2020)との共通性も感じられました。
過剰なリバーブの中でいくつも重ねられたコーラスは環境音楽のような音響を作り出しています。
音響の面ばかりを記載してしまいましたが、mei eharaに名義を変えても受け継がれている歌の美しさはこの頃から見られます。M4「あなた」M6「おいで」などは音響抜きでもきっと好きになっていた曲だと思います。この音響によって更に美しく、大切な曲へと進化しています。
白昼夢の中で宝箱を見つけたような、美しさがぎゅっと詰まったアルバムだと思います。フォーク好きだけでなくインディー音楽好きなどたくさんの方に聴いてほしいアルバムです。
しかしこちらのアルバムについては音源の販売も終了、マスターデータも既に無いらしく現状の世の中に出回るフィジカル音源のみでしか聴くことができません。
TOKYO ACOUSTIC SESSIONでのライブ動画が唯一Youtubeに残る公式の動画なのでこちらを掲載しておきます。
気になる方は是非頑張ってフィジカルを手に入れていただければと思います。それだけの価値がある作品だということは保証できます。
1. 折坂悠太 「心理」(2021)
シンガーソングライター、折坂悠太の3rdアルバムです。自分の中では今年の新譜の中でダントツのベストです。
この傑作に対して自分などが文章を書くことに恐怖心すら覚えますが、思うことを書いてみようと思います。
今作においてまず語るべきは、大傑作である前作「平成」とは異なる全体を通してのアヴァンギャルドさでしょう。
例えばM4「悪魔」ではひねくれたドラムとオルガンによるリズムパターンに加えて後半で掻き鳴らされるギターと逆再生の音響はおおよそポップスとはかけ離れています。
またM13最終曲の「鯨」がノイズで終わっていくところからも今作が「平成」以前の諸作とは違った、多大な実験性を伴う音楽であることがわかると思います。
しかし実験的な音響の中でも音楽としての大衆性がきちんと残されているのも素晴らしいです。
重奏メンバーの力によってダンサブルに仕上がったM2「心」や和楽の印象も感じるM6「春」、前作での「さびしさ」のような穏やかで真っ直ぐなフォークソングとイ・ランのポエトリーリーディングが融和したM12「윤슬(ユンスル)」など、それぞれの曲がポップスとしても十分に成立しているのが絶妙だと思います。
このような実験性と大衆性が両立したアルバムが完成するにあたっては、重奏メンバーの演奏力、そして折坂さん自身の創造性もさる事ながら、音響面においてエンジニアである中村公輔(Kangaroo Paw)さんの実力も大きく寄与していると思っています。
音像を追求してある種"狂気じみた"レコーディングをする事で有名なエンジニアの方で、今回の「心理」でも以下のようなことになっていたりします。
このように書くと中村さんもメンバーに加えた録音芸術作品のように聞こえますが、ライブではこれをさらに超えていくのだから凄まじいです。
11月に愛知での「心理ツアー」にて見た生演奏では、この録音芸術のようなアルバムの音像を完璧に打ち出しつつ、ライブならではのダイナミズムも感じさせる圧巻の演奏に打ちのめされたことを覚えています。
特に「鯱」の演奏はアフリカ音楽のような身体性、体の底から出るリズムのようなものを感じて驚きました。
全曲素晴らしい中でも特にM3「トーチ」は、この1年ことあるごとに聴いて、自分の心を救ってくれた1曲でした。
音響、歌詞、どれをとっても最高の1曲だと思います。
思えば「平成」で折坂さんを知って以降のコロナ禍も含む3年、折坂さんのステートメント、行動、そして歌声、曲に救われ続けているように思います。この時代の希望に他ならないです。
1. Virginia Astley 「From Gardens Where We Feel Secure」(1983)
※サブスクなし
今年出会った旧譜のベストはこれ、英国のSSW、Virginia Astleyによるアルバムです。Virginia Astleyとは今年初めて出会いました。
自分の中でアンビエントとより向き合っていこうというきっかけを与えてくれた意味ではLoren Connorsと並ぶもう1人のアーティストです。
初めて知ったのはミュージックマガジンでの青葉市子「アダンの風」のレビューで名前が挙がっていたところからです。その際にはサブスク上に存在するこの3年後のアルバム「Hope in a Darkened Heart」(1986)を聴きましたが、80'sのニューエイジ色が強く、そこまで好きになりきれませんでした。
しばらく経ってあるときレコード店のAVANT-GARDE棚でこのアルバムが置かれているのを見つけました。ジャケットからもわかる雰囲気の差に驚き聴いてみたところ、あまりに好みでそのまま買って持って帰ってきてしまいました。この行動は最高の判断だったと思っています。
全体を通して展開されるのは牧歌的で美しい世界観のインストゥルメンタルです。
鳥のさえずりや木のきしみ、水音などが聞こえるフィールドレコーディングの中で、静かに鳴るピアノやコーラス、ストリングスはひたすらに安らぎを与えてくれました。
静かで美しい音楽に対して「静謐」という表現をしばしば使ってきましたが、このアルバムはその究極だと思います。
このアルバムを聴いている間は、人間の暮らす生活音や雑多な環境音からも解放され、音楽を聴いていない時間よりもはるかに「静か」でした。
在宅勤務で家にいることが多かったので、何度も何度もこのレコードに針を落とし続けました。この穏やかなサウンドスケープの中で仕事をしていたのは今年の自分のよく思い出す光景です。
また今年の自分の中での大きな出会いとして、山本勇樹さんが著すディスクガイド「Quiet Corner」との出会いがあります。前々からそういうディスクガイドがあると認識はしていましたが、今年第2弾が発売されたのをきっかけに第1弾のQuiet Cornerも購入しました。
驚いたのが、第1弾のQuiet Cornerではこのアルバムが紹介されているだけでなく、表紙の写真にもこのアルバムが利用されていました。
これも1つの巡り合わせだと感じています。
ちなみにこのnote記事のサムネイルでは自分で撮ったこのレコードが写った写真を使用しています。
ドリーミーな雰囲気を意識して写真を撮ってみています。
今年はこのアルバムも含め、アンビエント/ニューエイジ的な音響に数多く触れた1年でした。
なのでこの年間ベストにも含めるべきなほど好きなアルバムもいくつかありました。
ただまだ自分の中でアンビエントについては「そのアルバムの何が特色で好きなのか」を言語化できる段階ではないのもあり、半端なことを書くのもと思いこの記事ではかなり除外しています。
というわけで今年聞いていたアンビエントのアルバムは別途プレイリストにまとめました。ぜひそちらも覗いてみていただけると嬉しいです。
以上が自分の2021年ベストアルバムです。
この20枚はかなり厳選して選びました。本当はもっともっと紹介したい、自分の中で文章でまとめたいものがたくさんあるのですが、これ以上の量は書ききれないと感じたのでキリの良い20枚としています。
ということで今回紹介したものとギリギリ選ぶことができなかったアルバムを新譜とそれ以外でそれぞれまとめたプレイリストを作りました。
こちらもよければ聞いてみてください。
また来年以降も素敵な音楽との出会いがあることを今から楽しみにしています。