『お金落とした際の話』
主人の転勤により、大阪に越してきて早三ヶ月――、
こちらで知り合った同僚の方を招いて、御馳走しようという事になったんですが、ついうっかり、お肉を買っておくのを忘れてしまったため、いつもは高級百貨店のデパ地下まで買いに行くんですけど、生憎、時間がなくて、近所の、激安スーパーていうんですか、そういう所に買いに行ったんです。
御会計を済ませて、エルメスのロゴが入った高級財布にお釣りをしまおうとしますと、床からちゃりんという、お金といっていいのか、一円玉が一枚落ちるような音が。
どうやら、レジ横に貼られていた特売のキャベツの広告を見ていたため、手元が狂って、財布からこぼしてしまったみたいなんです。普段、あまり、一円玉をお金と思っておりませんから。
とはいえ、そんな物をそのままにしておいて、誰かが踏んで足を滑らしたりされては危ないと思い、下に目を落としますと、レジでそれを見ていた女性の店員さんが「今何か落ちる音したで。」と言ってくるではありませんか。
おそらくお金の音を聞きつけ、もし私が気がつかないようだったら、何も言わず放置し、あとで拾って自分のものにするつもりだったのでしょう。残念ながら、私が気づいて下を見たため、それでしかたなく、教えてくれたに違いありません。そうじゃなかったら、人がわざわざそんな事を他人に教えるはずがございませんもの。
親切面して一緒に床を探していた買い物途中の奥様方にしてもそう。あわよくば、私より先に見つけて、こっそり足で踏んで持っていってしまう気だったんだと思います。
こういう場合、もし許されるならば、「私のお金――、あんたが探してどうする気よっ」と言って、探すのやめさせられないかと思うのは私だけでしょうか。
あとから駆けつけてきたベテランと思しきパート女性もお金の音に誘われて寄ってきたのかも知れません。
まるで実家の池の鯉のよう――。
「どしたん?」と訊かれましたので、「いや今、お金を財布にしまう時、ついうっかり下に落としてしまったらしく、ちゃりんという音が聞こえましたので、探しているんですけど、どこにも無くて、」と言いますと、そのベテランと思しき方、何て仰ったと思います。
「いやそんな事はない。何か音したという事は間違いなく何か落としてるはず」と言いましたのよ。
一瞬駄洒落かな――? 「音した」と「落とした」を掛けていらっしゃるのかしら? もしそうだとすると、関西風につっこみ――? というのをしてさしあげた方がいいのかしらと思ったんです。
しかし、いくら探しても、見つからないものは見つかりません。
これ以上探している時間はございませんし、しなきゃいけない事も山のようにございます。第一、他のお客さん方にも御迷惑ではありませんか――。
そこでしかたなく、「もういいです。音の感じだと多分一円玉だったし諦めます」と言いますと、一緒にお金を探してくれていた奥様方は、そう言った途端に探すのをやめました。
もっと大きいお金だと、思っていたのでしょう――。
案の定、こいつらという感じだったんですが、なぜか、ベテランと思しき方だけは「お金見つけたら拾っといたるわ。」と言います。
続けて「奥さんよう来るから顔覚えてるし。」と言われたのは意味不明ですが、とはいえお金を見つけていただけるに越した事はございません。
ありがたいと思い、その日は家路についたのですが、しかし――、
それから数日経った今でも――、まだいっこうに「はいこれ落ちてたお金――」という話はございません。その後その方と何度となく顔を合わせましたが、まったくそんな事は言ってきません。
何か音したという事は間違いなく何か落としてるんじゃなかったんですか。
とはいえ、こちらから「お金落ちてたはずでしょ。返してください」と言うわけにもいかず。打つ手無しです。
「お金見つけたら拾っといたるわ。」というのは、まさしくそのままの意味だったんですね。
恐るべき大阪――。
鶏肉300gがこんな値段で売ってるなんて。