名前は古いがほぼ新開発だ!
■ロングセラーの派生モデルに見えて……
先日のイベントMJオーディオラボで初公開されたフォステクスの限定ホーン型トゥイーターが、いよいよ発売になる。T90A-STという名で、新開発のリング型チタン振動板を持ち、高精度切削のアルミ合金製ホーンとイコライザーが印象的な製品だ。その名が示す通りレギュラーユニットのT90Aから派生した製品だが、レギュラーユニットはアルミ合金製リング振動板だしホーンのカットオフが違うということは削り出しの形状も違い、内部配線がウルトラ高品位の銅銀線に変えられていたりと、むしろ共通点を探す方が難しそうな気配だから、特性も音もかなり違って当たり前である。
T90Aは前身のFT90Hから勘定すると、もう45年も作り続けられているユニットで、もちろん折々に予告なしの変更は加えられているが、ターミナルがいかにも古い形状を今に残す。ハモニカ端子に用いるような小ぶりのYラグくらいしか対応せず、裸線ならボルト部分に巻き付けてネジで締めるしかないという代物である。それが今次限定のT90A-STは、バナナプラグに対応した端子が装着された。扱い勝手の大きな向上を喜びたい。
周波数特性は5~20kHzと非常に控えめだが、そこは天下のフォステクスだ。非常に厳格な同社の基準に合わないというだけで、凹凸はあるが50kHz以上までしっかり伸びている。
■低能率だが、そこに大きな利点もある
レギュラー品と一番違うのは、出力音圧レベルである。106dB/W/mのT90Aに対し、T90A-STは何と97dB(ともにインピーダンスは8Ω)と、9dBも低い。3dBで音圧半分だから、絶対的な出力は1/8ということになる。
もっとも、それは悪いことばかりではない。106dBもあると、中~小口径のフルレンジと組み合わせるのが難しいのだ。具体的には、例えばバックロードホーンと組み合わせることで100dB/W/m近い能率を得るFE203Σ-REとT90Aを組み合わせると、反射音の多いわがリスニングルームでも適切なコンデンサーの容量が0.22uF、広大な音楽之友社試聴室では0.1uFでしっくりくる。ということはつまり、16cmの限定フルレンジが今後発売されたとしても、T90Aを載せるには0.047uFくらいが必要になってしまいかねない。0.1uFより小さなコンデンサーはグッと入手できる銘柄が限られ、良質なものを探すのが大変になるのだ。
そういう意味合いでは、能率が高すぎない高品位トゥイーターは、漠然と想像するよりずっと広く求められているのではないか。能率が高すぎず、大変使いやすかったT96Aが生産完了となってしまった今、T90A-STは結構作っても捌けるのではないかと思うのだが、どうだろうか。
■メインSPより能率が低くても大丈夫!?
ところで、100dBを楽に突破する「ハシビロコウ」にたったの97dBで戦力になるのか、と疑問に思った人もおいでのことだろう。なに、ご心配には当たらない。高次のフィルターを用いてクロスオーバーを形成するなら、ある程度はしっかり能率を整えておかねばならない。というか、概してトゥイーターの方が高めで、アッテネーターを用いて能率を整えるのが普通だ。
しかし、フルレンジ+スーパートゥイーターという構成は、フルレンジは伸ばしっぱなしだしトゥイーターもコンデンサー1発で超高域のみへ僅かに倍音を乗せる程度のものだから、システムよりも能率が上回っている必要はないのだ。フォールデッドダイヤフラム式トゥイーターT360FDも93.5dB(4Ω)だが、「ハシビロコウ」の高域補整に使える。
■もちろんCXで、2.2uFから実験開始
手元にT90A-STのサンプルが届いたので、早速「ハシビロコウ」へ載せ、音を聴いてみる。その前に、コンデンサーの定数を定めなければならない。今回はフォステクスから新しいCXコンデンサーも一緒に借りているから、それで試していく。ここは長年の経験から、ヤマカンではあるが2.2uFから始めてみよう。
2.2uFといえば8Ωで計算上は10kHzクロス、つまり10kHzで既に3dB落ちていることになるが、さて実際にはどう聴こえるか。クラシックはカラヤンのヴェルディ/レクイエムを聴いたが、明るく輝かしいところはカラヤンらしくもあるが、若干高域がうるさめにも感じられた。
ジャズは魚返明未の「照らす」を聴く。もともと結構ワイドレンジで、強調感なく両端へよく伸びた録音なのだが、こちらも若干明るくなったかなという感あり。このバランスで良しとする人もおられるかと思うが、個人的にはもうちょっと様子を見たい。次の楽曲へ進もう。
ボーカルものはポルトガルの歌姫セシリア・デュアルテの「再会」を聴いたが、こちらも聴き慣れたセシリアより少し声が若返るというか、やはり僅かに高域が強いような印象がある。
■1段飛ばして1.0uFに交換
CXコンデンサーには1段下に1.5uFがあるのだが、ここはいっぺんに半分の1.0uFを試してみよう。クラシックは一気にオケが奥へ定位するようになり、コーラスはよく広がるが少々奥床しい音になったかな、という感もある。「怒りの日」の激しいところではそんな感じだが、静かなところではうむ、これはいい感じじゃないかと思わせる。
超高域に炸裂するメタルパーカッションとトリーテッド・ピアノが主役のジョージ・クラム「星降る夜の音楽」は、2.2uFから一気に3dBほどもボリュームを上げないと同じバランスで聴けなくなった。3dBといえばまさしく2.2と1.0の差そのものだから、現金なものだなと思う。どちらも大きな違和感なしに聴けている。
ジャズは一気に落ち着いた感じで、聴き疲れしにくい質感だが、ちょっとシンバルやタンバリンが引っ込んだかな、いやこれで音像としては適正かな、という感じになった。ピアノやウッドベースのド迫力ぶりはあまり変わらず、若干ピアノの音色が暗色に転んだ、といってもそう暗くはない、といったくらいか。
ボーカルは演奏空間の音場がしっとりと潤いを増し、しかし定番の逆相面位置のセッティングでは、若干サ行が気になる。20mmくらい奥へ引っ込めてちょうど良いバランスとなった。こうなるとセシリアの声は明るくしっかりとした張りを伴って、ガンガン耳へ飛び込んでくる。うん、これはいいポイントを掴んだんじゃないか。
それでクラシックから改めて聴き直すと、おや、まだちょっとハイが明るめかなと思わせる。もともとカラヤンがそんな録音だったともいえるが、やはりちょっと気になったので、他のクラシック録音も聴いてみることに。
ショルティ/VPOのブルックナー/8番は、こちらも後年ほどではないにせよ若干ハイの強いデッカ録音だが、これはとても豊かで滑らかに聴き進めることができた。坂入健司郎指揮のシェーンベルク/月に憑かれたピエロも、声に引っかかりを感じさせず、それでいて大迫力で瑞々しく、うん、これはいい聴き心地だぞ。
ポップスを聴いてみると、難関・井筒香奈江は若干ハイ落ちに聴こえなくもないかな、いやこれでも悪くないかな、といったバランスに聴こえる。
■1.5uFでやっと井筒香奈江が微笑む
こうなったら、せっかくごっそり1束借りているのだ。1.5uFを試すしかあるまい。すぐに付け替えてそのまま井筒香奈江「窓の向こうに~Beyond the Window~」をかけ続ける。つなぎ替えた当初は僅かにサ行が耳へ引っかかったので、1.0で20mmバッフル面から下げていたのを10mm程度に変更したら、おぉ、ストンと音が収まった。全く何の違和感もなく、あの難しい井筒の声が伸びのび、朗々と「よく知っている質感」で響き渡ってくれた。こういうことがあるから井筒香奈江の音源は恐ろしいし、この手の作業時は本当に役立ってくれる。
こうなったら、あとはいろいろな音楽を聴いていくだけだ。他の曲を聴いている際に何か耳に引っかかることはあるかもしれぬが、なに、井筒香奈江が大丈夫だったのだ。大きな問題は出ないだろう、と大船に乗った気分で聴き進める。
即座にあの若干耳に障ったヴェルディのレクイエムを召還してみたが、まだ少々ハイ上がりではあるものの、ソリストが声を張り上げても全然耳が痛くない。安心してボリュームが上げられるようになった。「怒りの日」も、実験当初の野蛮さは完全に影を潜め、これが同じ装置と音源かと、いささか耳を疑うような格調高いサウンドが楽しめた。こういう「ハマった!」という体験が重なると、どんどんスピーカー自作から離れられなくなるものなのだ。
ダメだ、あの長いレクイエムを、ついつい聴き惚れて随分聴いてしまった。続いてジョージ・クラム「星降る夜の音楽」を聴くと、あぁ、メタルパーカッションが見事に澄み切った。伸びやかで艶やかで、線が太く力強い音だ。この線の太さは、ひょっとしたらCXコンデンサー由来のものかもしれないが、少なくともこの組み合わせでは、素晴らしい聴き心地である。
魚返明未「照らす」は、持ち前の大迫力を存分に発揮しながら、ピアノの音がより迫真さを増し、シンバルとタンバリンの音はそう出しゃばらないが、あるべき位置に定位しているようにも聴こえる。
セシリア・デュアルテの声はグッと伸びやかさを増し、ハッとするような生々しさと情感描写が素晴らしい。僅かに音像が前に出た感もあるが、それで音場全体がくすんだりショボくれたりすることは全然ない。声を張り上げても飽和するような感じはないから、97dBで器が足りなくなる、ということも全くなさそうである。
■当実験はあくまで目安、最適解は自分で探そう
以上の感想は、あくまでわが家の部屋と装置で、私の好みに上手くハマったというにすぎず、コンデンサーの定数は1.5uFが絶対正解というわけではない。前述したが、わが家で実験した「オウサマペンギン」で0.22uFとして完璧だったT90Aが、音楽之友社の試聴室では0.1uFを要求したくらいだ。あなたの部屋で、あなたの装置で、あなたの好みに合う定数を、ぜひあなた自身で探し当ててほしい。
■廉価とはいえないが価格以上の値打ちがある!
総じてこのT90A-ST、反応が速く見た目の割に音が太く、音飛びが良いという、高級ホーントゥイーターかくあれかしという要件をほぼ備えている。97dBという能率のみ、いささか疑念の目で見られがちだが、個人的にはあまり能率の高いトゥイーターに小さな定数のコンデンサーを組み合わせるより、能率そこそこのトゥイーターを大きな定数でクロスさせたやった方が、音質的には有利な面も大きいと思うのだ。
取材をすべて終え、愛用のT925A+アリゾナ・キャパシターズのグリーンカクタス・オイルコンデンサー0.22uFへつなぎ直したら、あれあれこっちの方が音がソフトでゆったりした感じだぞ。T925Aの音の冷たさ、鋭敏さを僅かに和らげるため、オイルコンデンサーを組み合わせているのだが、やはり緩めないで済むならそれに越したことはないのか、とも考え込むことになった。
T90A-STは1本6万3,800円でコンデンサーのCX1.5は3,520円。一方、T925Aは6万500円でコンデンサーのグリーンカクタス0.22は秋葉原・海神無線で8,570円。何とこの両組み合わせ、ほとんど同じ価格だったのかと驚いた。どちらも極めて優れたトゥイーター+コンデンサーとして広く薦められるものだが、T925Aの方が少々飼い馴らすのに手間と時間がかかるのは間違いない。その点でいえば、少なくともフォステクスのフルレンジへ乗せることを考えるのなら、T90A-ST+CXコンデンサーは、合わせるフルレンジによって定数を探らねばならないくらいで、音色の整合に困ったりすることはまずないだろう。
ほとんど手作りの限定モデルゆえ、どうしてもそう廉価なことにならないのは致し方ないが、汎用性の高さからいっても、財布の開き甲斐があるユニットなのではないか。絶対的な限定数量は明かされていないが、そう何千本も作るとは考えにくいから、購入希望者は早めに行動へ移られた方がよいだろう。
●試聴に用いた音源●
ヴェルディ/レクイエム
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ほか
Qobuz(独Grammophon) ¥5,855(192/24FLAC、96/24、44.1/16もあり)
https://www.qobuz.com/jp-ja/album/verdi-requiem-berliner-philharmoniker-carlo-cossutta-christa-ludwig-herbert-von-karajan-mirella-freni-nicolai-ghiaurov-wiener-singverein/ii1ru4yjdtx3b
Magical Worlds Of Sound
マクロコスモス四重奏団
英Presto Music(スイスHat) ¥1,920(44.1/16、WAV/FLAC/ALAC)
https://www.prestomusic.com/classical/products/8307935--magical-world-of-sounds
魚返明未/照らす
Qobuz(日Reborn Wood) ¥3,000(96/24FLAC)
https://www.qobuz.com/jp-ja/album/-/iwhf3s12qaq8b
セシリア・デュアルテ/再会
Qobuz(米Reference Recordings) ¥1,920(44.1/24FLAC)
https://www.qobuz.com/jp-ja/album/reencuentros-cecilia-duarte/w4yoss8e5pojb
井筒香奈江/窓の向こうに ~Beyond the Window~
Qobuz(日JellyfishLB) ¥3,080(DSD11.2、192/24FLAC)
https://www.qobuz.com/jp-ja/album/-beyond-the-window/rvykupgzsdmha