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"完成!"からさらに一歩前進

 アキュフェーズというとセパレートアンプのイメージが強い人もおいでだろうが、プリメインアンプも創業翌年に発売されたE-202以来、絶えることなく製品開発・発売が続いている。

■21世紀初頭はアキュフェーズ飛躍の時だった

 20世紀の第4四半期を通じ、アキュフェーズは着実に技術の蓄積を進め、商品ラインアップの充実が続いてきたが、21世紀を迎えた頃に大きなブレークスルーの時期を迎える。一つは音量調整機構だ。それまで同社のフラッグシップ・プリアンプには、巨大なディテントボリュームが用いられていた。抵抗体そのものが回転する、極めて高品位で小音量時にも音痩せのない、大変な高品位パーツだったのだが、あまりの高コストで採用できる製品が極めて少なく、製造元は生産が続けられなくなってしまった。おかげで故・長岡鉄男氏が愛用なさったアキュフェーズのプリアンプC-280Vや同290Vは、あの修理体制が充実した同社であっても、もはや交換できるパーツが払底してしまっているという。

■AAVA登場の衝撃

 そういう事態が遠からず出来することを察知した同社では、全く新しい音量調整機構の開発に取りかかる。固定抵抗の順列組み合わせで音量調整をする機構は、これまでも幾つかの社で試みられてきたが、アキュフェーズはそれをアクティブ回路とした。即ち、さまざまなゲインを持つ超小型のアンプを順列組み合わせすることで音量を調節する、AAVA(Accuphase Analog Vari-gain Amplifier)機構である。


アキュフェーズ◎プリアンプ
C-2800 生産完了

長岡鉄男氏が亡くなられたのが2000年、本機の登場は2002年で、
氏が高く評価されたディテント・ボリュームを用いない本機の登場に、
「あぁ、20世紀はこうやって終わっていくんだな」という感慨があったものだが、
今思うと絶対的な情報量といい音楽の伸びやかさといい、
やはり一時代を画す名器だったな、という印象も残る。

 AAVAを初めて搭載した製品は、確かプリアンプのC-2800と記憶する。音質劣化の元凶というべき可変抵抗器を音楽信号が通過することのなくなった同製品は、とにかく音の通りが良く微小域の情報量に優れた、文字通りの飛躍を遂げた名作だった。

■A級プリメインの名作も誕生

 もう一つ、アキュフェーズが21世紀へ向けて放った大作は、プリメインアンプのE-530である。それまでもコツコツと純A級のパワーアンプを世へ問い続けてきた同社が、初めてプリメインへ投入したA級増幅だ。8Ωでは僅か30W+30Wの小出力だが、何と2Ωまで120W+120Wのリニア増幅を達成するという豪壮なプリメインである。音は気品にあふれる中でしっかりと底力を示し、長岡鉄男氏のバックロードホーンを巧みに制動する俊敏さと、海外の大型スピーカーをわが手の内でドライブする器の大きさを、ともに聴かせてくれた。


アキュフェーズ◎プリメインアンプ
E-530 生産完了

巨大な筐体にまず目を奪われ、純A級動作に痺れた。
同社E-400番代のクールな伸びやかさとはまた一味違う、
A級ならではの典雅さを存分に聴かせてくれた作品である。

 AAVAは当初、あまりに膨大な機構ゆえアンバランス回路専用とされていた。しかし、「バランス回路こそわがアイデンティティ」と同社は開発を続け、Balanced AAVA回路を完成させる。初搭載はフラッグシップ・プリアンプのC-3800だったが、機構の大規模さゆえ筐体内にフォノ・モジュールを収めることが叶わず、単体フォノイコライザーのC-27との組み合わせが推奨されていた。音はもはや"特別"という言葉で言い表すことも難しい、大スケールかつウルトラ高S/Nで、とてつもない器の大きさを感じさせるものだった。

 アンバランスのAAVA機構は、E-530の次世代機E-550へ既に搭載されている。初代搭載機のC-2800の登場から僅か3年でプリメインへ投入できたのだから、驚くべき小型・高稠密化である。

■セパレートよりも早い"完成"

 さらなる大ジャンプが訪れたのは2019年のこと。その年に発売されたプリメインのフラッグシップE-800は、A級増幅の出力段を持つこともさることながら、何とプリメインにBalanced AAVAを投入してきたのだ。当時、私が使っていたプリアンプC-2150が未だシングルエンドのAAVAだったから、何というとてつもないことをやってくるのかと、手元へ届いたニュース資料に目を丸くしていたものである。

■小規模だが着実な進化を刻む

 それから5年、E-800がE-800Sへと更新された。スペック的には大きく変わっていないようだが、電源部が大型化されて余裕が増し、フロントパネルのクリア部分が大きくなってメーターの視認性が向上、天板の放熱口がスリット形状から正方形に変わり、銅線の切れっ端やステープラーの針などが落下して回路を破損させる危険を減じているという。

アキュフェーズ◎プリメインアンプ
E-800S ¥1,265,000

●定格出力:50W+50W(8Ω)、100W+100W(4Ω)、
200W+200W(2Ω)、300W+300W(1Ω、音楽信号のみ)
●入力感度/インピーダンス:100mV/20kΩ(RCA)、
100mV/40kΩ(XLR) ●S/N比:105dB
●全高調波歪率:0.03% ●ダンピングファクター:1,000
●消費電力:430W ●外形寸法:465W×239H×502Dmm ●重量:35.7kg

■一聴して進化の道筋が分かる音質

 ある種"完成!"という趣のあったE-800を、一体どのようにブラッシュアップしているのか。大いなる興味と少しだけ怖いもの見たさのような気分をない交ぜにしつつ、試聴にかかる。一聴してノイズフロアはさらに下がり、非常にS/Nの優れたアキュフェーズの新試聴室の静けさが際立つ。

 クラシックはやや明るめで濃厚に広がる音場の奥にオケがしっかり定位し、歌い手がグッと近くで歌い始める。声の瑞々しさ、抑揚の表現が大幅に向上したことが分かる。パリッと糊の利いたシャツのような張りと、お日様の下でよく乾かしたリネンのような爽やかさ、感触の気持ち良さがある。

 ジャズは音離れと迫力が着実に向上し、ダンピングファクターの数値は変わっていないのだが、さらに全体的なダンピングが高まったような表現を聴かせる。低域はパワフルだが重みをもたず、スパッと立ち上がり、立ち下がる。ベースももたつかず、ドラムスはパワフルかつパルシブに吹っ飛んでくる感じが素晴らしい。A級らしい格調の高さ、余韻の濃厚さを味わわせつつ、このパワーと切れ味はA級アンプの先入観を覆すものだ。

 顔つきを変え、電源部もより充実させるというと、結構コスト増になりそうなものなのだが、このE-800Sは前作比で約1割の価格アップにとどまっている。プリメイン派のマニアがある種の"究極"を求める時、同社のAB級プリメインE-5000とともに、必ず候補へ挙げねばならない製品となることであろう。

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