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見くびっていた! AT-ART7への詫び状

 わが家のアナログ周り、なかんずくカートリッジやシェル、クリーナーなどの周辺機器は、オーディオテクニカ製品が多くを占める。アマチュア時分から同社製品はいろいろ購入して使ってきたし、今の仕事を始めてからも購入したものあり、長期テスト名目で借り出したものあり。いつの間にかすっかりメイン・リファレンスとなった感が強い。

"片鱗"も見ることなく仕舞い込んだ名作

 そんな中で、借り出したものの使いこなすことができず、リスニングルームの片隅でアクビをしていたカートリッジがある。1世代前の高級空芯MCカートリッジAT-ART7である。

オーディオテクニカ AT-ART7
¥115,000+税(生産完了)

 本機を初めてシェル(これも同社AT-LH13occだ)へ取り付け、音を聴いた時のことは忘れられない。

 2012年発売というから今から12年前だが、当時の11万5,000円+税というと、現在の20万円近くといったくらいのクラス感か。テクニカのカートリッジはとりわけCPが高く、価格帯よりもずっと上質な音を聴かせてくれることが多いという先入観もあり、大いに期待して針を落とし、出てきた第1音へは、頭上に巨大な"?"が浮かんだものだ。

 まず、とてつもなく柔らかな風合いの音で、輪郭線は細い、というかほとんど見当たらない。ふっくらしたといえば聞こえは良いが、音に馬力やエッジが全くなく、音場もフワリと広がるがホールの形が見えてくるような見晴らしの良さは望めない。何とかエージングで解決しないかと、レコードを数枚かけて様子を見たのだが、どうにもわが好みの方向へ進んでくれる気配がない。

 全体に、私のように青筋を立てて現代音楽へ齧り付くような音楽の聴き方をする人間にはまるで向かず、夕食後から寝室へ向かうまでの時間を穏やかに過ごしたい人へ向けた製品なのだろうと、すっかり早合点してしまった。それで、友人が遊びにきて聴きたがった時くらいしか引っ張り出さないという体たらくとなった次第である。

f0 Checkerのエージング機能は超便利!

 時は流れて2023年末、フィデリックスから面白い製品が登場してきた。同社の中川伸代表は本当に大変なアイデアマンで、一体こんなことをどうやって発想されるのだろうという製品を、文字通り矢継ぎ早に世へ送られる。近年のスーパーヒットというとMITCHAKUヘッドシェルとゼロ・サイドフォース・トーンアームであろう。この2者も、そのうちじっくりとレビューしたいものである。

 その新製品とはどんなものかというと、トーンアーム~カートリッジの振動系のf0を測定する装置、その名も「f0 Checker」である。一般にここのf0は10Hz近辺が良いとされているが、中川さんの実感では7~8Hzが最も適しているという。残念ながらわがリファレンス・プレーヤーで測定してみると10Hzより少し上に共振が出たが、まぁそれほど大きく外れているわけではなく、音もそう悪いと感じられないので、これはこれで良しとした。

フィデリックス f0 Checker
¥32,000+税

 f0 Checkerの機能はそれで終わらない。基本的には5~20Hzの連続可変でカートリッジの針先を励振する装置なのだが、「AGING」と表示されたポジションがあり、そのポジションでカートリッジをずっと載せておくと、新品個体のエージングが速やかに行えるほか、古くなって硬化したダンパーをほぐし、初期の性能へ戻すことも可能という優れものである。

"天才"中川伸氏の作品と助言で再起動

 同製品の説明を中川さんご自身がウェブ上で詳細になさっているのだが、その文中に以下の文面があった。

-以下引用-

新品のカートリッジでも200時間以上鳴らしてようやく本領を発揮した機種(AT-ART7)がありました。

-引用終わり-

http://www.fidelix.jp/others/f0 checker.html

 何、だと! ひょっとして私は生来のせっかちな性分で、AT-ART7の大いなる将来性を見誤っていたのではないか。篤く信頼する中川さんがこう書かれているところへもってきて、雑誌のテストでf0 Checkerも手元にある。これを実験せずしてどうすると、早速行ってみることとした。

 200時間というと、24時間エージングし続けたとしても8日と8時間かかる。さすがにそこまで待ち切れず、3日ほどかけ続けたところで試聴にかかった。

解き放たれたような高性能に頭を垂れる

 最初の1音が出た時の感想は「うん?」というものだった。全体に軽やかさは増し、情報量は激増して音場感などがグイグイ出てきてはいるのだが、ハイ落ちでもう一つ音が輝かしく伸びない。

 もっとも、その理由は明白だ。20Hzをちょっと超えるくらいの単一周波数で加振していただけだから、中高域までエージングが進むわけはないのである。ダンパーをはじめとする振動系がほぐれてくれたら御の字、あとは自分のレコードで全域のエージングをしっかり進めねばならない。

 2枚組のブルックナー/交響曲第5番(ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団)を聴き終わる頃には、というより既に第3楽章頃から帯域バランスは整い始め、ハイスピードで切れ味鋭く、しかし輪郭線はほとんど見せない超絶的な繊細さも聴かせるようになった。

 当該の盤はチェコ・スプラフォン原盤の日本コロムビア製で、半世紀前の優秀録音盤だが、ホールの広大な空気の中でマタチッチの熱い棒さばきが見えてくるような、しかしそれでいてひんやりとしたホールの空気感も伝わってくるような、素晴らしい演奏を聴かせてくれた。

 お次はポップスの盤も聴いてみよう。ポーランドの歌姫バーシアの「タイム・アンド・タイド」を聴く。もうクラシックでほぼ万全に鳴らせていたようで、バーシアの艶やかでよく伸びる声が素晴らしい。80年代のエレクトロニック・ポップという趣の伴奏も、よく弾み明るく切れ良くビートが乗る。

 この肌合いの良さ、繊細だが切れ味鋭いという難しい要素を両立した表現力は、一つには空芯発電回路によるものが大きいと考えられる。同世代のコア入りMCカートリッジAT-ART9も似た方向性ではあったが、ART7の方がより音離れが良く全域にわたってスムーズな抜けを感じさせる。

 唯一といってよいART7の弱点は、出力電圧が0.12mVと極めて低く、フォノイコライザーのS/Nが問われるところだ。実際にわが家では、クラシックの弱音部で若干ノイズが気になったが、ポップスでは全く問題ない。ある意味非常に貴族的なカートリッジという風にもいえるだろう。

間に合わなかった好評価に慚愧の涙

 いやはや、あれほどエージングに難航した挙句、「自分に向かないカートリッジだ」と放り出してしまっていたAT-ART7は、真の実力をその片鱗も見せてくれてはいなかった。わが見る目のなさ、せっかちの早合点をART7を開発されたエンジニア氏へ詫びるとともに、この記事をART7が現行の頃に出すことができたらと、もうわが身が情けなく、悔しくてならない。

 実をいうと、既にわが家へは空芯MCの新リファレンスとして、モデルチェンジされたAT-ART9XAが就任している。しかし、ART7がここまでの表現力を聴かせるのだ。雑誌へインプレッションを書く際には、現行製品のART9XAを用いねばならないが、ART7もマイ・フェイバリットの1本として、慈しみながら使い続けていこうと考えている。

オーディオテクニカ AT-ART9XA
¥198,000(税込)
空芯のART7、コア入りのART9という棲み分けだった前世代から、
XAが空芯、XIがコア入りのART9シリーズにまとめられた。
私はXAを空芯のリファレンスとしたが、
ART7より出力は0.2mVと大きく、エージングもすぐ済んだものだから、
早くもガンガン実用している。扱いやすい高性能である。

■試聴に使ったソフト

ブルックナー/交響曲第5番
ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
日本コロムビア(チェコSUPRAPHON) OS2820~1-S
※ジャケットの絵柄は同じですが、番号はCDのものです
バーシア/タイム・アンド・タイド
エピック・ソニー 28・3P826

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