ターンテーブルシートは難しい
さて、一通り借り出した製品・アクセサリー類は試し終わったかな、というところで、手持ちのカートリッジをガンガン聴いてみようと活動を始めた。それで、いきなり頂点も何だが、わが家で一番解像度高く情報量の多いビクターのMC-L10を取り付けてみる。
■MC-L10が鳴り切れない!?
そうしたら、ゾノトーンのZ-Shell・10(15g)へ装着したMC-L10(8.7g)は残念ながらAT-LP8Xの装着範囲へ収まらず、引き続きベルドリームのサブウエイトを取り付けざるを得なくなった。ここでは中型のウエイトが適合する。鈴畑さん、すみません。もうしばらくお貸し出しをお願いします。
取り付けが上手くいったところで音を出し始めたら、おかしいな、MC-L10の本領が発揮されない。しばらく休眠させていた個体だからなと、どんどん盤を食わせてやっても、どうにもパッとしない。それでも解像度高く切れ味良く情報量多く、いつものL10と同じように聴かせているのだが、すべての項目で少しずつ薄味になるというか、「ちょっとずつ削っていったら、同じ形なのに何だか小さくなっちゃったなぁ……」という気がしないでもない。どこか一方のバランスが崩れるということはなく、バランスは無類に良いのだが、L10の全盛を知る身からすると、あれれということになってしまったという次第だ。
しかし、これがAT-LP8X本来の器だとは思えない。これまで結構な実験を繰り広げてきて、大きなボトルネックがあるプレーヤーではないと思うのだが、やはり真の実力が出し切れていない原因が、どこかへ内包されているに違いない。
■ターンテーブルシートは怖いパーツだ
実は、まだまだやってみたい実験項目の中に「ターンテーブルシートの交換」がある。AT-LP8Xのシートは、最初の実験から一貫して一定の評価をしている。いや、現に何の問題もなく使えるシートなのだ。最近こそすっかり少なくなったが、ほんの一昔前までは「あぁこのプレーヤー、シートをいいものに交換したら何倍も良くなるだろうになぁ」と思う製品が、普及クラスなら致し方ないにしても、堂々たる高級機ですら見受けられた。そういうボトルネックと化したシートに比べれば、AT-LP8Xのシートは立派なものといって差し支えないのである。
とはいえ、好奇心の種がこぼれ落ちると、芽が出てしまうものだ。贅沢にもMC-L10を試聴機として、ターンテーブルシート交換の実験にかかろう。
わが手元にそう多くのシートがあるわけではなく、プラッター材質や重さ、モーターのトルクなどによってシートは本当に向き不向きが極端なものだから、そう沢山の枚数を試すことができないのは残念だ。しかし、必ず正解に近いものが見つかるだろうという、確信めいたものも胸の内にはある。
■1発目で「これだ!」という音に
というわけで第一の"正解"候補、オヤイデのBR-12を最初に試してみよう。純正シートも結構比重は高く、表面の摩擦係数も大きめだが、BR-12はタングステンの粉をゴムに練り込んであるだけに一段と重く、摩擦係数もさらに大きい。また、ご存じのようにこのシートは薄いすり鉢型で、300g以上のスタビライザーを載せることにより盤面が強く密着し、大半の反りが矯正されるという美点もある。
スタビライザーはオーディオテクニカAT673(実測702g)をそのまま使い続け、音を聴く。まず純正で聴いてからBR-12へ交換し、針を落としたら最初の一音で「あ、これだ!」と膝を打つ。音像に実体感がギュッと詰まり、音場の空間感が濃密に表現され、トランペットは淡々と吹いているかと思ったらいきなりffでハイノートへ駆け上がる。サックス、ギター、ベース、ピアノ、ドラムスにも一気に魂が吹き込まれ、ホットでカラフルな演奏を繰り広げる。
してみると、やや大人しめでしっとりとした風合いというのは、AT-LP8Xそのものではなく、シートのキャラクターが強かったのかと思い至る。これだけシートのキャラクター差を明確に出すのだから、やはりAT-LP8X、かなり素材としての作りは良いと考えて間違いないだろう。
■かつて無敵のパイオニアとは相性イマイチ
続いて、わが家の絶対リファレンス・パイオニオアPL-70の付属シートを聴いてみよう。全く同じものかどうかは分からないが、同社のゴムシートはJP-501として単売されていたくらいのものだ。無類に柔らかいゴム製で、スタビライザーと併用して盤の食いつきが特に良いものである。とはいえ、もう生産されてから45年以上経過したシートだけに、表面に立っていたはずの細かなケバは落ち、かなり残念なことになっている。しかし、なかなかこれに匹敵するシートがないのも事実だ。
という前置きをした上でAT-LP8Xへ載せ、音を聴いてみたが、最初の一音が出た段階での感想は"?"だった。いや、決して悪くはない。ただ、PL-70で聴くことのできる湧き出すような情報量、活気が立って演奏の現場へ飛び込んでいけるような臨場感、といった要素が僅かに曇るのだ。特に高域方向へかけて若干デッドかな、という印象がある。これはひょっとして、あまり強いダンプをしていないPL-70のプラッターと、ほぼ万全の防振が施されているAT-LP8Xにおける、相性の問題なのではないかと感じ始めた。
■「普通に売ってる」BR-12がいい!
オヤイデのBR-12は、ロットによって若干ゴムの固さに違いがあることがある。わが家ではその中から固めの方と特に柔らかい方を所有していて、PL-70には柔らかい方を日常的に使っている。最初に聴いた個体もそっちだ。ここでは固い方を使ってみよう。
聴き始めてすぐ、「あぁ、こっちだな」となる。聴きようによっては若干中高域にエネルギーの強いところがあるのだが、それが先程パイオニアで聴こえた高域方向のデッドさを見事に解消し、活発で勢いのある音に仕上げてくれる。現在普通に流通しているBR-12はこちらに近い質感と記憶しているから、AT-LP8Xへ加えるアクセサリーとして、実に安心してお薦めできるものだ。
■1mm厚でも別にいいんじゃね?
こうなったらもう1枚、試しておかねばならぬゴムシートがある。オヤイデばかりで申し訳ないが、BR-ONEである。僅か1mm厚のブチルゴム製シートで、鳴きの大きな金属製ターンテーブルシートなどと併用するのも有効だが、これ単体でも時に極めて相性の良いプラッターと出合ったりする、見逃せないシートなのである。
あまりにも薄いシートなので、アームの高さはしっかり再調整せねばならない。きちんとセッティングを決めて出した音は、「あらら、これで十分じゃないか」というものだった。スタビライザーを載せているから、盤のスリップはBR-ONEでも十分に抑えられている。ならば、裏側からしっかり防振されているAT-LP8Xのプラッターは、分厚く制振性の高いシートはそれほど有用でもないのかもしれないな、と感じさせる。
ただ、硬い方のBR-12と比べると、若干ではあるが高域方向が賑やかというか、輝きが強めに乗る印象もあり、それを良しとするかどうかでどちらを選ぶかが決まるのではないか。私なら、迷うがやはりBR-12を選ぶかなと思う。反りが抑えられるという美点も見逃せないしね。
■"すり鉢型"に歴史あり
反りを抑える薄いすり鉢型のターンテーブルシートは、現行品と生産完了品を合わせれば結構な数のメーカーから発売されている。そもそもこの考え方の元祖は故・寺垣武氏の開発となるΣプレーヤーのプラッター形状だったのだが、これは解説し始めると長くなる。オヤイデも第1号はアルミ製のMJ-12だったし、現在はアムトランスが豪壮なスタビライザーと合わせた製品展開を行っている。他にも、砲金削り出しで同じ考え方のシートを製作する工房があると記憶する。
そんなすり鉢シートの元祖は、オーディオテクニカのAT676だった。同社では創業者の松下秀雄氏が寺垣武氏を迎えて究極のプレーヤーを開発していた頃があり、おそらくその技術がスピンアウトしてシートに結実したものであろう。残念ながらわが家にはAT676がなく、手元にあるのは後継のAT677だが、形状は全く同じで表面仕上げがアルマイトから同社独自のテクニハードに変更された商品である。
■単体では高域鳴りすぎ、fo.Q込みでOK!!
せっかく手元にあるのだから、使ってみない手はない。早速載せてみると、どっしり安定した表現は素晴らしく、かなり上級のプレーヤーに比肩する表現だが、かなり分厚いアルミ製のせいか、少々金管楽器が輝かしく、シンバルが鳴りすぎる傾向となる。本当にプラッターとシートの相性は難しい。
PL-70とAT677を組み合わせる際、必ず間に挟むシートがある。いまはなきfo.QのRS-912である。これは2枚同梱で、私は1mm厚で穴あきの方を愛用している。これをAT-LP8Xでも使ってみると、鳴きすぎていた高域方向が一気に落ち着き、しっとりとした質感の中に前述の大安定サウンドが展開する。ゴムよりも音像はソリッドに締まり、曖昧さを排除したサウンドを良しとするか、少々厳しすぎると感じるかは、リスナー次第といったところであろう。私はその日の気分で使い分けている。
■スタビライザーの影響もかなり大きい
ここでスタビライザーを、愛用のオーディオテクニカAT6274(実測753g)に交換してみる。そうしたらややソリッドで無機的な印象だった音像に温かい血が通い、ドラムスはパワーをそのままに皮の張り具合まで見えてくるアキュラシーを獲得した。このAT677、AT6274、RS-912の薄い方という組み合わせは、まさに私がPL-70でAT677を用いる時の組み合わせそのもので、「何だ、やっぱりこれでよかったのか」という安堵感と「何だ、全部生産完了品じゃないか」というガッカリ感がない交ぜになった、少々複雑な試聴となった。
とはいえ幸いスタビライザーもシートも、結構いろいろな社からさまざまな素材のものが販売されているから、その中からあなた好みの製品をぜひとも見つけてほしい。