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超多機能と高音質の高度な融合

■世界を変えるかもしれない"小さな大物"

 個人的に、今年のエポックといいたい製品がある。月刊Stereo誌のベストバイでも満点をつけた。アクティブスピーカーのテクニクスSC-CX700である。ペアで35万2,000円と決して廉価な製品ではないが、かかっているコストと情熱、そして出てくる音に衝撃を受けた一品である。

テクニクス◎アンプ内蔵スピーカーシステム
SC-CX700 ¥352,000(ペア、税込)

■美しく、理にかなった同軸ユニット

 ユニットは、15cmコーン型ウーファーと1.9cm口径のリングラジエーター型による同軸2ウェイで、中心部に精密な砲弾型イコライザーが生えており、リングの外周からはホーン型のダイレクターが延び、それがほとんどシームレスにウーファー・コーンへつながっている。ユニットのアップ画像を見ると、ごく僅かにコンプレッションがかかっているようにも見える。高域放射の最大効率化を目指しての造形であろう。


SC-CX700の同軸2ウェイ・ユニット。
リング・ダイヤフラムからイコライザー、ダイレクター、
ウーファー・コーン、エッジ、フレームに至るまで、
シームレスに音を放射する構造となっているのが素晴らしい。

 ウーファーは合金コーンで、ほとんどストレートに近いやや浅めの斜面を持つ。クロスオーバーは公開されていないが、かなり高めまで受け持たせることのできるユニットであろう。それは同時に、限界より低めでクロスさせた際も、帯域内の音質向上と直結する項目である。

■軟体動物を思わせる理想主義的ダクト

 キャビネットはバスレフ型で、ダクトの形状が実に面白い。海生軟体生物の口吻のような有機的な曲面を持ち、キャビネットの斜め上、前後左右上下の中心点へ向かって伸びている。ダクト自体の内部反射による共鳴と気柱共振によるノイズを抑えつつ、キャビネット内へ渦巻く音が最も小さい場所を探し、そこへダクトの始点を設けることで、ダクトからの音漏れを最小にするという考え方である。われわれ日曜大工スピーカー・ビルダーが束になってもかなわない、大手メーカーならではの高度な機構という外ない。

向かって右、黄色く縁取られているのがバスレフダクトのカットモデルである。
よくこんな形を発想し、現実としたものだと溜め息が出る。
中心部の分厚い遮蔽板を挟んで、左側がアンプ/コントロール部。
振動から回路をがっちりガードしていることが分かる。

■よくもまぁこんなにコストのかかることを!

 ユニットは例によってキャビネットのほぼ中間に立てられたインナーバッフルに取り付けられ、ユニットの重心位置で支えるということに加え、フロントバッフルへユニットの振動を伝えないようにも工夫されている。ユニットまで自社開発・生産できるテクニクスのような社でないと、なかなか実現できない機構である。

フロントバッフルの背後に立てられたインナーバッフルへユニット取り付ける
「重心マウント」方式。とりわけ耳へ嫌な音を伝えやすい
フロントバッフルの共振を抑えるのに極めて有効な方法だ。

 キャビ背後の板はフロントバッフルよりも厚く、その後ろにアンプやコントロール部の回路基板が収められている。極力スピーカーの振動を伝えず、アンプ部のピュアリティを高めるためのコスト投入である。

■チャンデバ付きマルチアンプだと!?

 アンプは同社独創のJENO Engineデジタルアンプを左右独立して搭載、さらにウーファーとトゥイーターをそれぞれ別のアンプで駆動するバイアンプ方式が採られており、デジタル・チャンネルデバイダーによって帯域分割することにより、クロスオーバー・ネットワーク素子の害から逃れると同時に、上下共通のアンプで駆動することにより、音質の連続性・等質性も高度に得られる。バイアンプはウーファー60W、トゥイーター40Wと、出力にもかなりの余裕がある。

■高調波歪みのキャンセル回路も

 ウーファーは、現在の基準ではもはや小口径とはいえない15cm型だが、それでもより大きなウーファーに比べると、低域を稼ぐのに大きなストロークが必要となり、ユニットが大きく動くとそれだけ中高域に高調波歪みが増えるという、原理的な問題がある。それで高級スピーカーの多くはスコーカーを独立させた3ウェイを志向するのだが、本機はその問題を2ウェイのまま解決することを目指す。

 具体的には、振動板の動きをデジタルで解析、音楽を流している間にリアルタイムでシミュレーションすることで、高調波歪みのキャンセル信号を生成して音楽信号に加える、MBDC (Model Based Diaphragm Control) 機構の搭載である。刻々と変わる音楽信号によって引き起こされる高調波の逆信号をリアルタイムで付加するというのだから、ちょっと気が遠くなりそうな技術である。

■驚異的な多入力、ネットワーク機能も

 入力はBluetoothとWi-Fiに対応しており、有線ではイーサネット端子とUSB-C、TOS、そしてアナログ信号入力はLINE(ステレオミニ端子)はもちろん、何とPHONO(MM RCA端子)まで接続可能だ。Amazon Music、Spotify Connect、Deezer、インターネットラジオを楽しむことができ、Roon Readyにも対応している。発表時点でQobuzへは未対応だったが、11月18日の段階でアップデートが行われ、対応可能になったようである。

 TOSはスペック表に表記がないが、ということはつまり規格通り192/24のリニアPCMまで入力可能ということだろう。USB-Cはそれに加えてDSDの11.2MHzまでが入力できる。LANではMP3、AAC、WAV、FLAC、AIFF、ALACに対応し、WAV、FLAC、AIFF、ALACでは384/32のPCMも受け付ける。

 ここまで高度なデジタル回路が投入されていると、アンプなどに干渉しないかが心配されるが、本機はデジタル部とアンプ部で基板はもちろん、電源まで独立させている。ブックシェルフ型スピーカーの限られたスペース内で、どれほど高度なことをやっているのかと舌を巻く。

 キャビネットはスエード調のシートが貼られており、非常に上質かつ高いS/Nを実現している。キャビそのものの振動とユニットからの反射音の両方を抑制する、有効な措置といってよいだろう。

■思わず居住まいを正す再生音

 音元出版の試聴室で音を聴いた。これだけ凝った内実を持つ割に見た目は至って控えめなものだから、ごく日常的な試聴の一環として音を聴き始めたが、実際に音楽が奏で始められると、本機がなまじっかな覚悟で聴くべきスピーカーではない、ということが肌から伝わってくる。

 クラシックは広大でよく澄んだ音場のやや奥まったところにオケがすっくと定位する。音像はもちろんのこと、音場までがホールの雰囲気を濃厚に伴いつつピシリと安定しているのが凄い。解像度は高く、しかも肩肘張った構築感ではなく、BGM的に聴き流すことも腰を据えて音楽と対峙することも許容する、懐の深さを感じさせるのが素晴らしい。

 一般に、キャビネット内容積に限界があり、かつどうしても振動系をある程度以上軽くするのが難しい金属振動板のブックシェルフ型スピーカーは、概して低域方向へかけてのスピード感が不足し、往々にしてトゥイーターとの速度差を感じさせることになりがちなのだが、本機はまるでその違和感とは無縁で、立ち上がり/立ち下がりは見た目の想像を遥かに上回るレベルで速い。

 これは、同社のデジタルアンプが高い駆動力を発揮していることと、チャンデバによるマルチアンプでネットワーク素子の害がないこと、そして重心マウント構造によるユニットの物理的な安定化が、それぞれに高い効果を発揮し、また相乗効果も少なくないのであろう。

 ジャズもごく自然に演奏へ乗っていくことができる。S/Nが極めつけに高いことと、先に述べた各高性能の相乗効果で、音楽信号を音波として空気へ乗せることが、一般的なスピーカーよりも巧みなのではないか。そんな印象を抱いてしまう。

 ポップスは、ひょっとしたらもっと清濁併せ呑む感じでガンガンきてほしい、という人もおられるかもしれないが、ハイファイという意味合いでは本機の高度さはただ者ではない。メロウな女性ボーカルなど、小音量でも情感を巧みに伝えるアキュラシーを有しているから、ベッドサイドのサブシステムなどにも大いに薦められる装置である。

■ハイCPなどという言葉に収まらない

 本機はただのアクティブスピーカーではなく、ネットワーク機能付きデジタルプリメインアンプ内蔵といっていい構成だから、他の機材を心配することなく音楽へ耽溺することができる。

 しかも、これだけ多機能のネットワーク・プレーヤーとアンプ、スピーカーを30万円台で買ってこの音が出るかというと、はっきり申し上げて絶望的だ。デジタルチャンデバによるマルチアンプ構成だけでも、単体で入れようとすれば相当のコストを要求し、また場所塞ぎにもなるだろう。

「コンポーネント」という考えに縛られることのない、新たな世代のオーディオマニアは、本機を導入することによって新たな高音質の世界へ易々と入っていくことができるのではないか。既に大規模な装置を構築してしまっている私などは、そういう人たちを少し羨ましく感じている。

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