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カートリッジ交換・試聴~その2
さて、前回の続きとして、MC型カートリッジを聴いていくとしよう。
■アームの高感度ぶりに吃驚する
冒頭から余談になるが、このAT-LP8X、エージングが進むに連れてアームの感度がどんどん向上し、ゼロバランスを取るのに苦労するほどになってきた。ほんの0.1g弱ウエイトを動かしただけで、持ち上がっていたカートリッジが下へ沈んでしまうのだ。この価格ランクでこんな感度を持つアームを持つプレーヤーは、そうそう見かけるものではない。
■MCはやっぱり音数が多いな
まずはわが絶対リファレンス・カートリッジ第一番、オーディオテクニカのAT33PTG/IIを聴こう。ハウジングの大きいカートリッジだから、本機はシェルをAT-LH15としており、トータル22g程度だからサブウエイトを装着しても結構ギリギリかと思ったら、まだまだ余裕があるようである。フォノイコの負荷インピーダンスは200Ωで受けている。
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ヘッドシェルは同社AT-LH15occ(¥9,020)、
シェルリードはKSリマスタのOFC単線を使っている。
これまでMMを聴いてきて、結構な情報量を表現することに感心していたのだが、やはりMCへ交換すると音数が一気に増え、コーラスに厚みが増し、歌手1人ごとの粒立ちが上がって聴こえる。前列と後列の歌手の音像がしっかり分かれて聴こえるのが凄い。
トゥッティで声を張り上げる瞬間も、余裕たっぷりかつ艶やかに表現し切る実力は、このレコードをしっかり深掘りできているなと感心する。考えてもみてほしい。AT33PTG/IIはこのご時世で8万円も出さずに買える、オーディオマニア用としてはローエンドに近い価格帯の製品なのである。半世紀近い蓄積の賜とはいえ、この実力は特に若いマニアへ再認識してほしくなる。
伴奏のピアノもポンポンとよく弾み、角を立てずにしっかり楽器の輪郭を表現するのが素晴らしい。このカートリッジはある意味で万能型だといろいろなところで書いてきたが、やはり峻険すぎず緩すぎず、微小域と一閃のffをともに楽々と表現しながら、僅かに耳へ優しく仕上げていることが認識できた。
■まるで"純正"のようなまとまりの良さ
次はデノンDL-103を聴こう。負荷インピーダンスは300Ωとした。プレーヤーによってはやや淡彩になり、モニター調とはいえるもののややもてなしに欠ける音と感じることがあるDL-103だが、本機へ取り付けるとしっとり潤いのある音場からコーラスがキラキラとこぼれ落ちるような表現が素晴らしい。
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ヘッドシェルは同社PCL-300(生産完了)、
シェルリードは長年使っているので分からなくなってしまった。
かなり太い撚り線のリードである。
声の実体感、男声と女声それぞれの旨味と鳴りっぷりに高低がなく、「あぁ、やっぱりNHKモニターなんだな」と認識させる一方、独特の厚みと僅かなけれん味が音楽を盛り立てる。
もっとも、この持ち味は私の個体に特有ではないかと思う。もう35年も前に買った個体で、スタイラスのみJICOに取り替えてもらったものだから、針圧を3.5gほどもかけないとビリついてしまうくらい振動系は硬化しており、それが結果として重針圧カートリッジの味わいのようなものを付加してくれているのではないか、と思うのだ。
ピアノは33PTG/IIよりもストレートにピシリとくる感じだが、それが耳に障ることがまったくない。このカートリッジは同じくブラックの同社PCL-300へ取り付けてあり、AT-LP8Xへ装着するとオールブラックで、純正カートリッジと見紛うばかりの調和を見せる。音もこの組み合わせは実に好ましいと感じられた。
■何という音場感、深み、厚みであるか
お次はオルトフォンのSPUを聴こう。とはいってもわが愛用の個体(クラシックII)は重いGシェルを脱ぎ捨てたネイキッド仕様となっており、オーディオクラフトのAS-4PLヘッドシェルとアダプター込みで実測してみると25g強あり、ダメモトで装着してみたらやっぱりゼロバランスが取れなかった。
しかし、そういう場合も針圧計があれば使うことは可能で、今回もそうした。適正針圧は4gだが、それがかけられることはもちろん、AT-LP8Xはインサイドフォース・キャンセラーが4gまで対応しているのが大変珍しく、頼りになる。なお、負荷インピーダンスは100Ωだ。
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とはいってもGシェルを脱ぎ、ハヤシ・ラボのアダプター(¥15,000)を介して、
オーディオクラフトAS-4PLヘッドシェル(生産完了)へ取り付けたものだ。
このシェル、珍しくもリードがハンダ付けされている。
最初の一音が出た瞬間、「このレコード、こんなに音場感が豊かだったっけ?」と思わず首を傾げた。合唱団はグッと奥に定位し、ハーモニーが厚く、濃く音場へ響き渡る。北欧の暗い森を思わせるような深み、香を焚きしめたようなかぐわしさが実に麗しい。
伴奏ピアノもスタインウェイ的な輝きの中にしっとりと渋い艶をまとい、実に聴き心地が良い。日本人の作詞・作曲、日本の合唱団の歌唱、日本人による録音の日本盤なのだが、どことなく欧風の味わいが乗るのが面白い。うん、いい味わいだ。
一方、トゥッティで声を張り上げる部分では僅かにバリを感じさせる。しかし、これは実験の条件がSPUに不利だからという外ない。一般のカートリッジは大体20℃で本領を発揮するように作られているのだが、SPUはそれが25℃だといわれている。この真冬にエアコンの設定温度は20℃としているが、おそらく室温はそれより低めであろう。それでかのハイマス/ローコン代表たるSPUのダンパーが、正常に働けるはずはないのだ。わが愛機にとって、申し訳ない試聴となった。
これで、私が常に持ち歩いている取材用カートリッジは一通り聴き終えたこととなる。次回はちょっとメーカー想定外の使い方をして、本来はかけられないカートリッジをかける実験をしてみよう。SP盤もかけたいが、さて、いつになることだろうか。