カートリッジ交換・試聴~その1
さて、いろいろエージングが進んできたところで、最初の方にも少しだけやったが、ここで本格的にいろいろなカートリッジへ取り替えて、音を聴いてみることとしよう。
■幅広いカートリッジを受け付けるAT-LP8X
オーディオテクニカのアナログプレーヤー数あれど、やはりカートリッジを交換して楽しむなら、アームの高さを変えることの可能なAT-LP7と本機AT-LP8Xが最もフレキシビリティが高い。しかもAT-LP7はシェル込み15~20gの対応だが、AT-LP8Xはサブウエイトを活用することで、14~23.5gまでの対応が可能なのが嬉しい。その気になれば、AT-LH11Hシェルへ取り付けた同社のフラッグシップ・カートリッジAT-ART1000X(トータル約22g)も、取り付けられるということになる。
AT-LP7と8Xでは、アーム高さの調整法が少しだけ違う。どちらもカメラの回転式ズームレンズを彷彿させるヘリコイド式で、ベース部分の円周を回して高さを変えるのだが、LP7はストッパーがベースの内側にあるツマミを回し、8Xは円周上から生えたネジを回して固定する。どちらも扱いに難しさはないが、個人的には8Xの方が使いやすいかなと思う。
■地味ながら難しい盤をリファレンスに
リファレンス・ソフトは池辺晋一郎の合唱「六つの子守歌、淋しいおさかな」とした。やはり音の違いを最もよく表現するのは声だ、という条件が一つ、さらにこのレコードは非常に音溝が深く刻まれていて、ちょっとトレース能力の落ちるカートリッジでは、無残なまでに声が歪んでしまう。また、そこまでひどくなくとも、分解能の足りないカートリッジはコーラスのスケールがガックリと落ち、さらに悪いとコーラス全体がお団子になってしまう。難しいソフトなのだ。
■なまじなMCはいらない
まず、付属カートリッジと同じVM型から、わが絶対リファレンスのVM740MLを取り付けてみる。一歩間違えると張り上げた声が酷く歪んでしまう盤なのだが、さすが無垢マイクロリニア針はきっちりとコーラスを分離し、サ行もスッキリと抜ける。若干低域の支えが細いかなという気がしないでもないが、これは例えばアームを少し尻上がりにしてやると、たちどころに解決するものである。
というわけで、早速2mmほどアームを高めてみたら、おぉ、こりゃいいじゃないか、というバランスへストンと収まった。うん、VM740MLが1本あれば、極端なことをいえばMC型が手元になくとも、つまりMCへ対応しない装置であっても、しっかりセッティングを出してやればそこそこ以上の情報量とレンジの広さ、切れ味や粒立ちを味わうことができるといって差し支えなかろう。
■おや? ずいぶん大人しい音だな
続いて、同じくMMタイプからシュアV15TypeIIIを起用しよう。私の愛用している個体は、JICOの楕円針を装着している。最初の伴奏ピアノが鳴った瞬間、ずいぶん大人しい音になったなと感じる。ちゃんと鳴ってはいるのだが、これは私の知るV15IIIの音ではない。
これは、負荷容量が小さすぎるのではないかと推測する。オーディオテクニカのVM型は概して100~200pFが適正なのに対し、V15IIIは400~500pFを要求するのである。
■付属ケーブル召還で若干改善
ここで少々思い当たるところがあり、ディスクプレーヤーへ里子に出していたフォノケーブルを召還する。そうすると、僅かではあるが音に活発さと厚みが出て、帯域バランスが向上した。この付属フォノケーブル、ひょっとして内部の容量がやや大きめで、同社カートリッジでは若干ハイ上がりに、シュアでは若干ハイ落ちになるレベルなのではないか。
もっとも、この結果はあくまで私の装置と組み合わせてのことで、機材まで含めての容量性が効いてくることだから、この実験に限ってのことと考えてほしい。
付属ケーブルで聴くV15IIIは、厚みがあってしっとり穏やかな質感を聴かせる。現在使用中のフォノイコには容量調整が搭載されていないから、残念ながらこれ以上のテストが進められない。
■やはり容量調整は必要だ
こりゃ大変だと、大急ぎで負荷容量が調整できるフォノイコを調達し、テストを続行する。まずはデフォルトで100pFとしたら、やっぱり若干ハイ落ちのショボくれた感じになるが、200pFで声に魂が宿り、情報量が大幅に復活した。うん、機材とケーブル、そしてフォノイコの付加分でなかなかいい線へ達したのであろう。
いやはや、MMは昇圧手段がいらない分だけビギナー向けという切り口で語られることが多いものだが、こだわり始めるとやっぱりそれなりに手を動かさねばならないということを痛感した。いや、分かってはいたのだが、やっぱりこうなったか、ということである。しかし、だからこそアナログは面白いし、楽しい。
ちなみにアームの高さだが、やや尻上がりにしていたVM470MLのポジションでほぼ水平が出ていて、V15IIIはそれで問題ないようである。
■手がかかるが、そこも楽しいのがアナログ
軽い気分でカートリッジを交換して楽しんでやろうと始めた試聴だが、思った以上に大仕事となった。AT-LP8Xがクラスを、そして私自身の想像を遥かに超える反応の良さを聴かせてくれたものだから、音質の変化が実に分かりやすい。しかし、それは即ちカートリッジごとに厳密な調整を要求するということになり、調整にかなりの時間を割きながらの試聴となる。結果として結構疲れたが、精神的には満ち足りた体験となった。
あと1本くらい試聴しようと思っていたが、残念ながらもう1本のリファレンスMMカートリッジがいささか不調で、リポートにならなかった。次回はMCカートリッジを粛々と聴き進めていこうと思う。