実力機がそろう10万円台の新たな有望株
■オーディテクニカはプレーヤーでも世界有数!?
これは人づてに聞いた噂話だから、真偽のほどは分からない、ということを最初にお断りしなければならないが、ヘッドホンとレコード・カートリッジで世界のトップシェアを持つオーディオテクニカは、いつの間にかレコードプレーヤーでも世界有数の生産量になっているというのだ。
もともと同社は、20世紀の昔から結構な量のプレーヤーを発売していた。しかし、その大半は廉価で手軽なジャケットサイズ・フルオートタイプだったりもしたし、本格的にマニアックなプレーヤーという存在とは自ら若干の境界を引き、専ら裾野を広げようと考えていた節があった。
本稿の主題からは外れるが、21世紀初頭頃にその手のジャケットサイズ・プレーヤーを何台か試したことがあった。今でこそオーディオテクニカとデノンくらいしか見かけないが、その頃は未だ結構な数の社がそういうプレーヤーを世に出していたのである。実際に聴き比べると、作りといい音といい、オーディオテクニカ製品が頭抜けていたものだ。
そんな同社が、未だ入門向けの製品が主流を占めるといえ、はたと気づいたら膨大な数のプレーヤーをラインアップしている。カラーバリエーションやBluetooth対応の有無といった兄弟モデルを除いても、ざっと数えたら8機種くらいはあるのではないか。
その中には、スリップマットを用意すればプロがDJプレイに使えそうなAT-LP120XBT-USBや、われわれの世代には涙が出そうに懐かしい「サウンドバーガー」の復刻モデルなども含まれている。ただ数をそろえたというにとどまらず、非常に個性あふれる存在が結集した、とても面白い製品群である。
また、驚くほど価格が低廉に抑えられている製品が多いこともあり、それらの多くは海外へも雄飛していることであろう。あながち先の噂が根も葉もないとは言い切れない、そんな実績を感じさせるラインアップだ。
■十分"マニア御用達"に堪えるAT-LP7
そんなオーディオテクニカ製品で、相当の上級者でもじっくり付き合っていけそうな製品が出たのは、2018年のことだった。AT-LP7である。プラッターは高剛性・高比重のエンジニアリング・プラスティックPOM(ポリオキシメチレン)の削り出しで叩いても鳴かず、レーベル面用の落とし込み加工もなされているから、ターンテーブルシートなしで使える。ベルトドライブで、軸の精度がしっかり詰められており、非常に静粛かつ安定した回転が得られている。
最大のフィーチャーはトーンアームで、同社伝統のJ字型ユニバーサルタイプを採用、しかも確かこれが同社完成品プレーヤーで初だったと記憶するが、アームの高さを調節する機構が搭載された。これで非常に対応カートリッジの幅が増え、ユニバーサル・アームの醍醐味を体験することが可能になった。
昨今の普及クラス・プレーヤーはフォノイコライザーが内蔵されている製品が大半だが、AT-LP7は面白いことにMM/MC両対応のフォノイコが内蔵されている。普及クラスとマニアックなプレーヤーとの橋渡し役として、フォノイコ非内蔵の装置を使う若いユーザーへも配慮した装備なのであろう。
今時オートリフトアップすら備えていない完全マニュアル式プレーヤーだというのも、同社としては思い切ったことなのではないか。アナログ全盛期からマニアックなプレーヤーを使ってきた身からすれば、ごく何ということもない機構だが、かくいう私だってかつて一度だけレコードをかけながら居眠りしてしまい、目を覚まして最内周の無音溝を回り続けていた針先に思わず天を仰いだことがあるだけに、マニアックかつ最低限のオート機構が備わったプレーヤーを望む人は、意外と多かったのではないか。
■上級を狙いつつオート機構も採り入れた新作が登場
そんな人の要望へ、完全に寄り添う新製品が登場した。その名もAT-LP8X。LP7の上級モデルである。フォノモーターは一転ダイレクトドライブとされ、プラッターはかなり重いアルミ製で、裏側にゴムの制振層があって、プラッターは叩いてもほとんど鳴かない。
ターンテーブルシートはゴム製でかなり柔らかく、これが最高というわけではないが、支障なく使えるクオリティを有している。AT618aなど、適度な重さのスタビライザーを組み合わせるのもよいだろう。
DDモーターはあえてトルクを抑えたそうだが、これは再生音を妨げるモーターのコギング、トルクの変動による悪影響を低減するためと思われる。また、本機は78回転でも回せるようになったのが嬉しい。
キャビネットはMDF製の箱型で、鳴きは至って少ない。マットに近いブラックに塗られた風合いに相応しい、落ち着いた響きのキャビネットである。
トーンアームは基本的にAT-LP7から引き継がれたように見えるJ字型だが、テクニクスのプレーヤー純正トーンアームと同様に、アームパイプ後端へサブウェイトがネジ留めできるようになっており、非使用時は14.0~20.0g、使用時は17.5~23.5gのカートリッジへ対応することができるようになったのが新しい(いずれもヘッドシェル込み)。もちろん高さ調整も可能だ。
このアーム、実際に触ってみると実に感度が高く、ジンバルサポートのガタつきはゼロではないが、音に悪影響を及ぼすようなレベルでは全然ない。公差を巧みに採り、製造コストの高騰を呼ぶことなく感度を高める方策なのであろう。
カートリッジはAT-VM95Eが付属している。接合楕円針のバージョンだが、このシリーズは交換針を買ってくれば上級機へ"化け"させられるから、いろいろ買い込んで楽しみたい。もっとも、ロックをガンガン聴きたい人には意外とこの接合楕円、いい味を聴かせるのだが。
本機のフィーチャーで、意外と需要が高そうなのが電動リフターとオートストップ/リフト機構なのではないか。前述したレコード愛聴中のやらかしで大切なカートリッジを傷めることは、これで完全に予防される。必要ない人にとっては、裏面のスイッチで機構を解除することも可能だから、どちらでも好きに選べるのは良いことだ。
なお、本機にフォノイコライザーは搭載されていないから、注意が必要だ。もっとも、MM/MC両対応のフォノイコだって、同社製なら2万4,200円だからさほどの出費ではなかろうし、本当はもっとずっと上位のフォノイコを組み合わせてやりたくなる、そんな存在感を持つプレーヤーである。
■カートリッジとレコードの持ち味を巧みに引き出す
自宅リスニングルームで聴いた。まずMMから聴く。付属カートリッジを使ってもよかったのだが、ここはわがリファレンスのオーディオテクニカVM740MLを使ってみよう。
クラシックから聴いたが、長く使っているリファレンス・プレーヤーのパイオニアPL-70とそれほど大きく変わらないオケのスケール感を聴かせることに驚いた。ほんの僅かに音場が狭まり、透明感も少しだけ落ちるが、それでも半世紀前の優秀録音が、その旨味をかなりのレベルで発揮する。プレーヤーを組み立てている際に指先が感じた本機の精度の良さが、再生音にも表れているといって差し支えなかろう。
改めてじっくり聴いてみると、VM740MLならではの高域まで伸び切った感じや、筋金入りのパワーなどはやはりPL-70に若干及ばない。どちらかというとオフめの落ち着いた音という方向性である。しかし、後述するが、もし私が本機をリファレンスへ据え、じっくり時間をかけて私好みに調教していけば、もっと遥かな高みへともに昇っていける自信がある。それだけの素質を備えた逸材ということができるだろう。
しかもこのインプレッションは、まだ設置して1日もたたないうちに書いたものだから、翌日にはもっとずっと向上している可能性がある。プレーヤーでもスピーカーでも何でもそうだが、新たに設置したらやはりしばらく時間を置かないと本調子は発揮されないものだからだ。
ジャズは80年代の優秀録音の旨味というべき活気と生々しさを存分に発揮し、広大なDレンジを苦もなく引き出してみせる。このプレーヤー、一体どうやったらこの価格で販売することができるのだろうと、外野ながら心配になるレベルの完成度である。絶対的な情報量ではもちろん高級プレーヤーには及ばないが、レコードから聴きたい音を引っ張り出す能力にかけて、本機の実力は相当のものだ。
ポップスも、PL-70よりも僅かばかり切れが鈍ったかなと思わせるが、そこは45年前の15万円と現代の14万円だ。ランクがいくつも違って当たり前ということを考えると、一体何だこの音は、と仰天を禁じ得ない。嫌な音を出さずに細かな楽音を上手くすくい上げることにかけて、この簡素なプレーヤーはただ者でない実力を有している。
ここで少しだけMCも聴いてみると、さすがにMMよりレンジが広がり、MCらしい切れ味と音数の多さをそこそこ発揮しながら、音楽全体を明るく活気にあふれる表現でリスナーへ届けてくれる。ちゃんと作られたプレーヤーでは当たり前のことだが、MMであろうがMCであろうがその持ち味をごく当たり前のように表現してくれる。かなり高級なカートリッジでも、本機はその魅力を聴かせてくれることであろう。現に今回の試聴でも、同社の高級MC型AT-ART9XAを用いたが、空芯コイルらしい清新さと繊細さを、存分に聴かせてくれた。
このところ、テクニクスやティアックなどの国内メーカーから10万円台の実力派プレーヤーが続々登場してきており、デジタル派、ストリーミング派のオーディオマニアがいいクオリティのアナログでデビューすることが容易くなった感がある。AT-LP8Xがさらにその世界を充実させてくれることは間違いない