最高峰に肉薄する"デキる弟"
■ATH-ADX5000のお蔭です
今年の初夏頃に事情あって犬を引き取ることになったものだから、スピーカーで大きな音を鳴らさねばならない取材では、犬をペットサロンへ預けねばならない日々が続いている。日帰りなら結構格安で預かってくれるサロンを見つけて利用しているのだが、あまり使えば懐具合も厳しいし、何より愛犬にも申し訳が立たない。ただでさえ、出張時はもちろんのこと、サロンの閉店する午後7時までに戻れない日は、1泊で預けざるを得ないのだ。
思いがけず始まった犬とヘッドホンとの同居
https://note.com/kitamoriya_craft/n/nbca9e5dc54cf
それで普段から、どうしてもスピーカーを使わねばならない取材、スピーカーそのものやパワーアンプなどを聴く際を除き、ヘッドホンを愛用するようになった。オーディオテクニカの好意で、何と輝けるトップエンドATH-ADX5000を借用させてもらっているが、これが実にf/Dレンジともワイドで、帯域内に一切の強調感がなく、超高域まで伸びやかだが耳に障らないという、まさに「これぞハイエンド!」という表現を聴かせてくれて感激するとともに、スピーカーまで含む出口側トランスデューサの中でも、試聴用のリファレンスとしてこれほど適したものはなかなかないのではないか、と感じている。
それでいて、いわゆるモニター的な無味乾燥さもなく、音楽を生きいきと輝かしく積極的に表現するのも、本機の持ち味であろう。誰もが気軽に入手できるランクの製品ではないが、価格以上の価値があることを確認しつつ、日々感謝しながらガンガン使っている。
■外観そっくりの弟がデビュー
そんなATH-ADX5000の弟分というべき製品が、2024年に登場してきたことは、ヘッドホン好きの人なら既にご注目であろう。ATH-ADX3000である。
ATH-ADX3000は、5000譲りのタングステン・コーティング振動板を採用している。タングステンというのは銀とグラム単価がほぼ等しい希少金属で、冶金に苦労するほど硬いことで知られる。そんな金属をどうやってコーティングするのか見当もつかないが、5000では確かにその効果なのだろうなと推測させる音の整い方、微小域の再現性を感じ取ることができる。
3000が5000と違うのは磁気回路で、ヨークは5000のパーメンジュールから純鉄に変更されている。パーメンジュールの方が確かに磁気特性が良く器の大きな素材なのだが、その一方かなり神経質で設計に苦労する素材とも聞く。一方、"純鉄"と聞くと普通の素材みたいに聞こえるが、精錬に高い技術とエネルギーを要し、また炭素含有率の高い鋼と比べて柔らかく粘りがあるため切削性が悪く、成型の難しい素材なのである。
構造はもちろんオープンエアー型で、密閉型などと違い、キャビネット内の空気共振によって低音を稼ぐことができないため、ドライバー自体がしっかり低域まで伸びていないと、どうしてもダラ下がりの若干寂しげな、あるいはユニット自身の最低共振を使ってピークを持たせて低音の量感を稼ぎ、それ以下が全然聴こえないという傾向になりかねない。その点、ATH-ADX3000を聴いていると、あぁなるほどこれは本物のワイドレンジだな、と実感させてくれる。
5000と比べて3000が一般ユーザーに最も使いやすいのは、インピーダンスの低さだ。5000は420Ωとかなりのハイインピーダンスで、しっかりゲインを有するヘッドホンアンプでないと音量を上げづらいのだが、その点3000は50Ωだから、かなり音量を稼ぎやすい。もっとも、3000だってこれだけのグレードだけに、いいヘッドホンアンプを組み合わせたくなるのも当然ではあるが。
ケーブルはもちろんA2DC端子による着脱式で、いろいろリケーブルできるのが好ましい。付属ケーブルはφ6.3mmのステレオ標準プラグが装着された、いわゆるアンバランス用のケーブルだが、4ピンXLR端子が装着された別売のバランス対応ケーブルAT-B1XAも組み合わせられる。5000と共通のアクセサリーである。
総重量は約270gと軽く、耳への圧迫もズレにくさを確保しつつ最小限に抑えられた印象で、長時間の試聴も疲れは極めて少ない。このあたり、5000と3000は極めてよく似通っている。
■スケールは若干下がるが5000より積極性も
クラシックから聴き始めたが、一聴して5000より少し音が積極的というか、若干音像が近いような気がする。とはいってもそこに違和感のようなものはまるで存在せず、瑞々しく伸びやかなオーケストラと、ふわりと広がるホール音場のみが耳へ入ってくる、そんな風情である。全域ハイスピードで抜けが良く、詰まった感じや耳に障る帯域がどこにもない。オンのマルチマイクで装置によっては若干キツく感じさせる音源も、本機では結構な音量で1曲聴き通しても耳に疲労は残らなかった。
ジャズは流麗に流れつつ、ここ一番のアタックを俊敏に力強く決める。超低域まで伸びたバスドラムのパルスも、相当の音量まで難なくこなすのが凄い。ウッドベースの肌合いは若干ソフトめだが、ピーク成分はしっかりと表現している。フュージョンの人工的な音場もしっかりと再現、これはモニター・ヘッドホンとしてもかなり使えるのではないかと感じさせる、素性の良さがある。
ポップスは声の帯域にピッと立つ部分がある。ある種のキャラクターではあるが、それがボーカリストの存在感を高めているようなところもあり、巧みな音作りともいえるだろうか。
低域が25Hzまで伸びたわがリファレンス4ウェイ・マルチアンプ・スピーカーでは怖くなるような猛烈低音を放射する、エレクトロニカの流れを汲む音源を鳴らしてみると、さすがに同等とまではいかないが、そこそこ腹にくる超低音が聴こえてくる。しかも、共振で膨らませた低音ではなく、あくまで自然な質感を伝えるのが素晴らしい。
高域方向も同等で、特に若者向けのヘッドホン/イヤホンでは、往々にして低域を共振で盛り上げ、若干ハイ上がりにすることで帯域バランスを取っているものがあるが、本機はほんの僅かなキャラクターが耳へ届くものの、違和感を生ずるレベルでは全くない。
最も再生の難しい自然音ソースとして、滝の音をかけてみたが、自宅リファレンスのバックロードホーンにはスケール感で敵わないものの、ちゃんとそう高くない滝の音場が再現される。波や滝の音は、一歩間違えるとただのホワイトノイズになってしまうが、本機はちゃんと水の音として聴かせるのがさすがだ。
■もっと高級なヘッドホンアンプでも聴いてみたい
わが家のリファレンス・ヘッドホンアンプはアキュフェーズのプリアンプC-2300のヘッドホンアウトだから、左右独立基板の専用設計という凝った作りではあるものの、アンバランス増幅でもあるし、高級ヘッドホンアンプにはおそらく及ばない。一度然るべきグレードの専用機で、バランス増幅の音も聴いてみたいものだと思う。ひょっとしたら、「~には敵わないが」という項目が払拭されてしまうかもしれない。
このATH-ADX3000は、5000と同様に同社の成瀬工場で熟練の職人が製作している。成瀬工場といえば同社のお膝元、本社所在地であるだけに、最高の技術を持つ職人が腕によりをかけて作っていることは間違いない。5000よりも実勢価格で10万円ほども廉価だとはいえ、そう簡単に手を伸ばせるクラスの製品ではないが、それでもコストパフォーマンスは極めて高いといってしまって差し支えないだろう。