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"老い"に直面した同窓会の気分

■心の"棘"として残るバンド

 ローン・ジャスティスというバンドを、どれくらいの人がご記憶だろうか。個人的には愛憎入り交じり思い出深い人たちで、もう40年近くも前に出会い、一度は心底愛し、応援した人たちなのに、今なお胸に小さな棘が刺さったままの存在なのである。

■"ポスト・ジャニス"の最右翼

 1980年代の半ばというと、なぜか世界的に「ポスト・ジャニス・ジョプリン」を探す動きが盛んになった頃で、日本では渡辺美里やPEARLの田村直美、レベッカのNOKKOなどが脚光を浴びていた。ジャニスは私も大好きな、というか今なお世界最高のボーカリストの一人だと信じている。それだけに「ジャニスの再来」なんていわれると、無条件に1枚はアルバムを買い求め、楽しんできたものだ。

 そんな流れの中で、もう飛び抜けて光り輝くダイヤモンドが現れた。初めてその歌唱に触れたのは、当時隆盛を誇っていたMTV番組だった。ローン・ジャスティスの「Sweet Sweet Baby」は、ボーカリストのマリア・マッキーが強烈に歌いまくり、衣装からタンバリンを叩く姿から、もう魂が弾けているような映像で、1回聴いただけでノックアウトされてしまった。

■初体験のカントリー・パンクにハマる

 大慌てでレコード店へ向かい、CDを買い求めて自宅の装置でかけたら、シングル曲はまさに「シングルにするための異物」でしかなく、残りの楽曲は米中南部のカントリーを過激にしたような音楽だった。当時の日本では「カントリー・パンク」と紹介されていたが、本国では「Cowpunk」というらしい。「乳牛のパンク」=田舎者のパンクというような意か。カントリー・パンクという意訳も、そう間違っていないように感じられる。


LONE JUSTICE
https://www.qobuz.com/jp-ja/album/lone-justice-lone-justice/0072064240602

無類に活きの良い楽曲がそろうが、録音はやや薄味でナローレンジ。
しかしそんなものを吹っ飛ばす音楽的魅力で、39年間聴き続けてきた。

 1曲目の「East of Eden」から最終曲「You Are the Light」まで、その生きの良さとパワフルさに乗って一気に聴き通し、特に9曲目「Soap, Soup and Salvation」には脳天を引っ叩かれるような衝撃を受けた。「ジャニスの再来というなら、これくらいやってくれなきゃ!」と、一人膝を打ったものである。

 全体には、米南部白人に特有の敬虔なプロテスタンティズムが色濃く、特に「Soap, Soup and Salvation」なんて、"善きサマリア人"そのもののイメージだ。曲調もアップテンポでシャウトを多用しつつ、丸く穏やかに歪ませたメロウなギターと完全アコースティックでよく弾む風合いのドラムスが、いかにもカントリー的なイメージを与える。

■待望久しき新作は、しかし……

 当時21歳の大学生に、このアルバムは大きな心の糧となった。何度も何度も聴き直しては、「次のアルバムが出るのはいつかな」と心待ちにしていたものである。

 2枚目のアルバムは早くも翌年、1986年にリリースされた。「Shelter」と名付けられたアルバムが出るという一報を、当時愛読していたFMfan誌上で発見し、発売前から輸入盤屋を漁っていたら、国内発売より少し前に入手できたと記憶しているが、あまりに一所懸命だったため、偽記憶が形成されているかもしれない。


SHELTER
https://www.qobuz.com/jp-ja/album/shelter-lone-justice/uto1eaxj8044a

待ち焦がれた若い衆の心をズタズタに引き裂いた第2作。
録音はこっちの方がずっと優れているし、ポップアルバムとしての完成度は高いが、
ローン・ジャスティスにそんなものを求めていたのではない。

 期待に胸を膨らませて、家へ飛んで帰ってCDプレーヤーのトレイに盤を載せ、流れてきた音楽は、若者を落胆の淵へ突き落すに十分なものだった。何もかもが「普通のポップス」に成り下がっていたのである。マリアは時折声を張り上げるが、そこに絡むはずの威勢良いカントリー・パンクは、どこを探しても見当たらなかった。

 ずいぶん経ってから知った話だが、ローン・ジャスティスは特にマリア・マッキーが各所から激賞され、いきなりメジャーのゲフィン・レコードからデビューとなった。ところがセールスは事前の期待を裏切って大して伸びず、ならばと「マリア・マッキーと彼女のバックバンド」的にメンバーを入れ替え、結果としてカントリー色は蒸発してしまったのだとか。

 その結果というべきか、「Shelter」はデビュー作「Lone Justice」よりも売り上げが低迷し、最後はマリアのみが"引き剥がし"に遭ってバンドは雲散霧消してしまったという。

「Shelter」で失望落胆した私は、ソロアルバムも一応デビューの「Maria McKee」を買い求めたが、少しだけカントリー的なフレーバーを振りかけたただの女性ボーカル・アルバムへと堕したマリアの歌唱を、これ以上追いかける気にはどうしてもならなかった。

 それでも「Lone Justice」だけは手元に置き、中高年となった現在もたまに引っ張り出して聴いている。過去を徒に美化するのは好ましいことではないが、1985年の俺はマリアの歌に出合えて幸せだったなと、アルバムを聴きながら思わず遠くを見たりもしてしまったものだ。

■38年ぶりの再形成、ニューアルバムだと!?

 なぜ40年近くもたってこんな思い出話をくだくだ述べているかというと、何たることかローン・ジャスティスの新譜が2024年に出ていた、ということをQobuzが教えてくれたからである。

 マリアは私と同い年だから今年で還暦を迎え、ドラマーのドン・ヘフィントンは2021年に白血病で世を去っている。それでもオリジナルメンバーのライアン・ヘッジコックとマーヴィン・エツィオーニがそろっているから、デビュー作の頃をイメージした再結成であろう。

VIVA LONE JUSTICE
https://www.qobuz.com/jp-ja/album/viva-lone-justice-lone-justice/txx01s1wxmkfa

「マリア、あんたも年を取ったな」と、自らを差し置いていいたくなる、
往年のパンクっぷりが影を潜めたカントリー・アルバム。
録音は「機材が安くなったな」とも聴こえるが、そう悪くはない。
内容の緩さと上手くマッチしているようにも感じられる。

■月日の流れは残酷だ

 こんなものを見つけてしまったら、もう再生ボタンを押さずにいることは不可能だ。逸る心臓を抑えつつ再生し、流れてきた音楽は、緩く穏やかなカントリー・ミュージックだった。マリアはさすがに往年の迫力を幾らかは宿しているが、少なくとも"パンク"と呼ばれる筋合いはどこにもない。悪くはないアルバムだが、私の愛したローン・ジャスティスではないことも、冷酷に突き付けられてしまった。

 それはもう当たり前だろう。大学生だった私が既に還暦なのだ。マリアだってバンドメンバーだって、等しく年を取る。「あなた方、一番脂の乗った時期を無駄にしちゃったなぁ……」と、思わず口に出してしまった。40年間活動を続け、徐々に"パンク"の角が取れてこういう音楽に変わっていったなら、私も一緒に年齢を重ねながら、その流れへ乗っていくことができたに違いない。40年の空白に、落涙を禁じ得ない。

■これで終わりだと思うなよ!

 とはいえ、まだ辛うじて青春と呼べる年齢でローン・ジャスティスと出合えたことは、わが一生の宝と胸を張っていうことができる。新作も、多分たまには再生ボタンを押すことになるだろう。せめてまた一発もので終わるのではなく、バアさんになったマリアの声も聴かせてほしいものだ。

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