「オウサマペンギン」補遺〜その1〜
月刊ステレオ2024年10月号で発表した、フォステクスFE203Σ-RE搭載の鳥型バックロードホーン(以下BH)「オウサマペンギン」は、3ページの紙幅にはとても収まり切れない内実を有する。それで、膨大な補足を私のnoteを用いて行うこととした。
■見た目の平凡さにダマされるな!
まず、FE203Σ-REの解説から補足しようか。振動板素材については誌面でも触れたが、この針葉樹未晒しパルプ(NUKP)というのが、今作の音質形成における、非常に大きな要素となっているのではないかと推測している。
まず、強い力で叩解(こうかい=木材を叩いて繊維状にする工程)するとパルプの繊維は短く、かける力を管理しながらじっくり時間をかけて叩解すると繊維は長くなる。長繊維のパルプは強度に優れて低域方向をしっかり支える一方、短繊維は音速が速く高域方向へよく伸びるようになる。この振動板はその両者を最適にブレンドした「超叩解」NUKPに、マニラ麻とミツマタを混合している。
キャリアの長い自作派の皆さんなら、フォステクスがかつて「ESコーン」でバナナから製造するパルプを用いていたことを、ご記憶の人がおられよう。バナナパルプを用いたFE-Eシリーズになって、それまでの木材パルプを採用したFEが宿命的に有していた、中高域にかけて若干ガサガサした低質の響きが払拭され、音の品位が劇的に高まったようにお感じではなかったろうか。あれはまさに、バナナの繊維が持つ粘り気が繊維の微細な摩擦を抑え、ガサつきを抑制していたものと考えられる。
今回木質パルプへ混合されたマニラ麻というのは、麻と名がついているが全然別種で、むしろバナナの近縁種である。さらに、ミツマタというのはコウゾと並んで和紙の素材として知られる。両者の共通点は、いずれも粘り気の強い素材ということだ。それで、針葉樹の上質なパルプを使いつつ、中高域のガサつきを抑える粘性を持たせた、ということではないかと推測している。
振動板とダンパー、ボイスコイルは、本来ならば同一の円周上で3つとも接着されていることが理想的だ。力点と作用点にズレがなく、よりダイレクトに振動板をドライブできるようになると考えられるからである。同社では、その理想を実現するために「ポケットネックダンパー」という方式を考案し、一部のユニットに採用している。
その採用がなぜ一部に留まるかといえば、とてつもなく精度が要求され、歩留まりのよろしくない方式だからだ。FE203Σ-REがレギュラー扱いではなく数量限定にとどまっているのは、こういう難しい工程を導入することでより高い頂を目指しているからと、私には思えてならない。
マグネットは203Σの文法通り、φ133×20mmのフェライトを2枚重ねにしている。レギュラーのFE206NV2はφ145×20mmの1枚で、マグネット重量はΣの圧勝だが、フェライト磁石は磁気抵抗が大きく、あまり分厚くしてもその分だけ磁束が増えるというわけにいかないので、下手をすると大径1枚のNV2が駆動力で上回る可能性もあるかと思ったが、実際に使ってみた印象では、Σの方が明らかに駆動力は大きいようである。
磁気回路はポールピースに銅キャップが被されている。これは何の働きをするのかというと、まず磁気歪みを低減して音の雑味や余分なキツさを抑えること、そして高域にかけてのインピーダンス上昇を抑えることがその使命である。高域のインピーダンス上昇が抑えられるということは、よりハイ上がりのf特になるということで、結果的に中低域以下をホーンで増幅するBHに向いた特性を獲得する、ということにもなる。
■より板数少なく、作りやすい鳥型を!
さて、今作「オウサマペンギン」だが、誌面でも述べた通り、これまでの鳥型BHがちょっと複雑過ぎたことを大いに反省し、思い切ったシンプル化と作りやすさの優先を最大のテーマとした。例えば6.5cmフルレンジ用の「コサギ」では、板番号は34まで振られている、というか私が振ったのだが、今作は25番までで収まった。ネック〜ヘッド周辺はほとんど枚数が変わらないので、実質ボディ内部の音道を極限までシンプル化したことが効いている。
具体的には、正方形断面の角柱を3段入れ子にしたような形状で、それも板番号1〜2がすべての角柱2面分を担当している。高さ60cmの音道を降りて上がって降りて、これで約1.8m、ネックが13cmだから、板厚まで込みで概ね2m確保できている。
■専有床面積もかなり小さく
スロートの断面積は実効振動面積(Sd)の約7割、音道が2mで開口面積はSdの約7倍。どれも強力ユニット用BHとしてはやや控えめだが、どれか1つでも欲張ると、途端にキャビはどんどん大きくなっていく。今作は専有床面積41×41cm、前面の化粧板を加えても奥行き43cmで収まっているから、20cm鳥型としては画期的な小ささといっても過言ではなかろう。
高さは1mくらいが好ましかろうと考えて、ネックの高さを13cmに抑えたが、もっと背が高くてもよいという人は、11〜14の高さを自由に変更して構わない。20cmまで取るのは難しいかもしれないが、19cmなら間違いなく取れるだろう。
ただし、首の長さを19cmにしてしまうと、オウサマペンギンっぽくはなくなってしまうかもしれない。その場合はあくまで自己責任で、今作とはまた別の作例として、ペットネームまでつけてやってほしい。
■安く頑丈な板材、カット代も低く抑える
今回の工作には20代から30代まで、年の若い友人たちが集合してくれた。中には今作がスピーカー工作3回目という人もいたが、すいすい作ってくれていたので、改めてわがシンプル化設計に誤りはなかったと安堵した次第だ。
誌面でも書いたが、今作は20mm厚ニロク(600×1,820mm)の床下地用パーチクルボード5枚で2本分の板が取れた。1枚1,500円くらいと廉価で、しかもかなり堅い板だから、見た目は好き嫌いが分かれるかもしれないが、スピーカーには好適の材だと常々感じている。
1970年代くらいか、徐々に良質のラワンベニヤが入手しづらくなった頃、「ホモゲンホルツ」と呼ばれるパーチクルボードが、高級スピーカーのキャビネットへよく使用されたことがある。あれとこの床下地材は、何だかよく似ているような気がするのだ。
図面は雑誌をご覧いただくとして、組み立ての手順を解説する写真が10枚しか掲載できなかったので、こちらではもう少し詳細に解説していくこととしよう。何といっても若者たちが工作も撮影も頑張り、500枚ほども画像を送ってくれているのだ。もちろん全部は掲載できないが、その意気に報いねばなるまい。
■安い電動工具でも大いに使える!
直線カットは大半のホームセンターで廉価に行ってくれるから、私も一切任せることにしている。丸穴あけや切り欠きなども、一部の東急ハンズなどでは請けてくれるところがあるだろうが、昨今すっかり少なくなった。
もともと私は丸穴あけなどを自分でやってきた。初めての工作では、親の道具箱に入っていたオートマチック・ドライバー(ご存じだろうか、グッと押すことで先端が回る機構を備えたドライバーである)のドリルビットで小穴をあけ、そこを起点に何とも頼りない手挽きの糸鋸を使って四苦八苦したが、少し進歩して手回しの簡易なドリルと手挽きの曲線鋸を導入した時は、能率が数倍に上がって感激したものだ。
私が10〜20代の頃、電動工具はとてつもなく高かった。ホームセンターで手頃な家庭用の電動工具が普通に並ぶようになったのは、20世紀も終わり頃だったのではないか。
わが家には、その頃買いそろえて今なお現役で使い続けられている電動工具がある。ジグソーやオービタル・サンダーなど、20年以上前に3,000円もしないで買ったものが、未だ故障せずに使えている。私の使用頻度を考えれば、驚異的なことだと思う。
さすがに最も使用頻度の高いインパクト・ドライバーやドリルは世代を重ねている。20年前に5,000円だったインパクトが数年前には同等品で8,000円、4,000円だったドリルも7,000円くらいには上がったが、なに、30年前を思えばまだまだ安いものだ。スピーカー工作に限らず、木工系DIYを趣味になさるなら、ある程度の電動工具をそろえられても、さほどの負担にはならないだろう。
■木工ボンドも"普通"で問題なし
スピーカー工作は、基本的に木工ボンドの接着力に依存して、強度と気密を確保する。私はネジ釘(スリム粗目造作ビス)を使って固定しているが、これは木工ボンドが乾く前に次の作業へ移行するためで、例えばハタガネやクランプなどを用いて板材を密着させ、乾くまで静置できるなら、別にビスや釘を打つ必要はない。
ただし、接着面はしっかり部材同士を密着させていないと接着力は発揮されないから、注意が必要だ。ビスを打ったりハタガネで締め込んだりするのは、そのためである。
ボンドも例えば米タイトボンド製品が良いという声も聞こえるが、私は酢酸ビニルエマルジョン系、つまりごくありふれた木工ボンドを使用している。今回の工作を前に1kg入りの壺がほとんど空になっていることに気づき、慌ててホームセンターへ買いに行ったらずいぶん在庫が少なく、今回はたまたまあったアイカ工業の詰め替えを使っているが、コニシやセメダインと何ら変わるところは感じられない。
壺からボンドを塗る際には、専用の刷毛もあるにはあるが、別に使い古しの歯ブラシで何も問題はない。定期的に出る廃棄物の再利用なので、私は安心して使い捨てにしている。
■添付の式に沿って作れば失敗なし
組み立て順は構造図に記した式に従い、板番号順に進めれば、少なくとも失敗なく仕上がる。カッコ内の板は先に組んでおくのが鉄則だ。とはいえ、これはあくまで私が組み立てやすい順番に過ぎず、この通りに組んで問題ないことは確認しているが、上級者はもちろんご自分のやりやすい順番で組み立ててもらって、何の差支えもない。
1〜2と3〜4、5〜6はそれぞれ先に組んでおいてから接合する。3〜4と5〜6の組み付け位置は必ず1〜2の内壁にケガいておくこと。お分かりとは思うが念のため、3〜4はボディ天板、5〜6は底板へ接するよう組むことを間違えないように。ネックからボディを縦に下がって上がって下がって開口へ、というホーンの構造である。
8と9もあらかじめ組んでから1と7へ取り付けるが、9は横方向が105mmになるよう組むこと。6と8の実際の間隔は110mm程度だが、その寸法ピッタリにすると誤差が出た際に吸収し切れなくなる可能性があるので、5mm小さめにしてある。9で作られるポケットは、袋に詰めた砂を入れてキャビネットを防振するためのものだが、今回は試聴時点でまだ入れていない。結構満足な強度が確保できているようである。
ボディは天板を残して工作を一旦停め、ネック〜ヘッドの組付けにかかる。この辺は複雑に見えるが、構造図を見ながら板番号順に組んでいけば難しいところはない。あえていうなら、22にあらかじめターミナル取り付け用の穴をあけておくことくらいか。
ネック〜ヘッド11〜22が組み上がったら、ボディ天板23へ組み付け、然る後に11〜23をボディへ組み付ける。そこまで仕上がったら、あとはバッフルとボディの化粧板だが、今回はそこにビスのアバタをつけないようにするため、ボンドのみで接着した。両部材を張り付けたらキャビを向かい合わせに重ね、ヘッドの周りはハタガネで固定、ボディは自重で密着させる。乾くまで待ったら完成である。春〜秋の天気の良い日なら、30分もすればズレない、剥がれない程度の強度は出る。
キャビが完成したらターミナルとユニットの取り付けだ。20cmユニットはビスもM5タッピングビスと太いので、しっかり下穴をあけてからねじ込んでやろう。私はφ2.5mmのドリルビットを使ったが、これくらいでよいと思う。
バックキャビ内に吸音材は一切入れていない。完全な立方体だから定在波に悩まされるかとも思ったが、それも杞憂だった。FE203Σ-REの2枚重ねマグネットが、想像以上にバックキャビ内へ突き出し、定在波を散らしてくれているのかとも思う。
■後面開口だからセッティングにご注意
ユニットを取り付けたら、待望の試聴にかかる。今作は私の作例としては珍しく後方に開口しており、「ハシビロコウ」の前面開口とちょうど向き合う格好になってしまっているから、とても理想的とはいいづらいセッティングだが、手狭なリスニングルームゆえ致し方なし。この状態で試聴にかかる。
ちなみに、なぜ今作が後面開口になったかというと、前面ではどう頑張っても開口面積が足りなかったからである。後方の開口を見ても、なるほどと思うくらい大きな口が開いている。
しかし、今回の仮セッティングがまさにそうだが、やはり後面開口は後ろの状況に強く影響を受けるから、個人的には前面が好ましいと信ずる。ペンギン族で次回作を作る機会が巡ってくれば、ぜひ捲土重来、前面開口に挑戦しようと思う。
■これは大変な"当たり"を引いたぞ!
ボンドが本格的に乾くまでには、やはり最低でも1日はかかるし、キャビネット各部の板材に溜まった接合時の歪みが取れるまでには、やはり1週間〜半月くらいはかかるものだ。そのネガを覚悟した上で聴き始めたが、おやおや、この素晴らしい馬力感と切れ味、どっしりした安定感と天空を駆け回るようなスピード感の高度な共存はどうだ。キャビ完成時点で、まだ手元にトゥイーターがきておらず、20cmフルレンジ1発で聴いているというのに、高域方向の不足を感じず、また中高域の荒い質感も全然耳へ届かない。これはひょっとして、大変な"当たり"を引いたかもしれないぞと、試聴を続ける。
BHは一歩間違うと中低域に不自然な膨らみがつき、それがBH嫌いを増す大きな要因になっているのではないか。「BHは音が遅れる」という先入観を持っている人は結構いるようだが、それを醸成したのもこの種の中低域の低級音ではないか、と邪推するものである。
適切な設計のBHにその欠点は出ず、全域パワフルかつハイスピードなサウンドを楽しめる個体も、決して少なくない。今作もどうやらその成功例へ入れてよさそうだ。とにかく音の生きが良く、ピチピチと跳ね回る音楽が実に楽しい。重い振動板を持ち、ネットワーク素子、特にコイルで音の角を矯められたスピーカーに、この表現は期待しても無理である。
■ネーミングは友人からのタレコミ
いつも20cm鳥型BHを製作して困るのは、ネーミングである。長岡氏の鳥型は、8cmは「フラミンゴ」、10cmは「スワン」、16cmは「レア」、20cmは「モア」だった。私の鳥型は、それらの遺伝的近縁種から名前を採っているのだが、20cmは何といっても絶滅種である。唯一「モア」の遺伝子を現代に残す「シギダチョウ」は第1作で使用し、それで2作目以降につける名がなくなってしまった。
そこで2作目には、製作を手伝ってくれた友人が「ただいま一番人気の鳥ですよ」と紹介してくれた「ハシビロコウ」で決定した。その類縁というとペリカンになり、その仲間からトキ科の総称「アイビス」が格好いいかとも思ったのだが、その中にはニッポニア・ニッポン、あのトキも入ってしまうので少々恐れ多い。
そんなこんなで思案投げ首となっていたら、今作の見た目から「雛が曖昧な茶色で、もうそっくりですよ」と、今作を手伝ってくれた若い友人からタレコミがきた。検索してみると、確かによく似ている。というわけで「オウサマペンギン」に決定。今後このプロポーションの鳥型はペンギンシリーズとなるか、まだ分からないが乞うご期待、というところである。
紙の誌面と違って文字数制限がないものだから、調子に乗って書きすぎた。「オウサマペンギン」の製作〜試聴記事はこのくらいにして、次回はトゥイーターを載せたり、ユニットを換装したり、いろいろなコンデンサーを試したり、という「実験編」をお届けしよう。
●イベント告知●
きたる2024年9月21〜22日には大阪の共立電子、10月5日には東京のコイズミ無線でフォステクスのイベントが開催される。大阪へは残念ながら行けそうにないが、コイズミ無線には私も講師として登場する予定だ。共立では、さまざまな材質で製作した取説掲載のCW型BHと、小澤隆久さんが製作された12mm厚コンパネによる作例も鳴らされるものと思われる。
コイズミは多分わが「オウサマペンギン」単独ではないかと思うのだが、もしそうならコンデンサーやフルレンジの入れ替えも、可能な限りやってみたい。できるだけ多くの皆さんとお会いし、この音の楽しさを分かち合いたいと思っている。
※お詫びと訂正
フォステクスから連絡をもらった。大阪へ小澤さんの作例は行かず、現在コイズミ無線で聴ける状態になっているそうである。という次第で、今週末の共立電子では取説の作例を材質違いで作った3作と、この「オウサマペンギン」になる。皆さん奮ってご参加下さい。