フレンドリーな取り立て屋さん6 今日も誰かの背中を押す
「おい、お前。ちゃんと人生を楽しんでんだろうな」
仕事を終えた私が会社を出てバイト先に向かっていると、背後から声をかけられた。
少しかすれた低い声に、ぶっきらぼうな口調。
驚いて振り返る。そこにはふたりの男の人が立っていた。高そうなスーツを着た長身の男性と、サングラスに派手なアロハシャツを着た……。
思わず「あ」と声をもれる。
以前、父が作った借金の取り立てに来た人だ。
「フレンドリーさん!」
そう言うと、アロハシャツの男の眉間に深いしわができた。
「なんだそのフレンドリーさんって」
険しい顔ですごまれた私は慌てて説明をする。
「フレンドリーな取り立て屋さんだから、フレンドリーさんかなと思って……」
自分の中で勝手につけてこっそり読んでいたあだ名が、つい口からでてしまった。
「人を変な名前で呼ぶんじゃねぇ」
「す、すみません」
どすのきいた声で怒られ、その迫力に首をすくめる。相変わらず、ガラが悪い。
彼は仕事の最中で、偶然私を見かけて声をかけてくれたらしい。
「で、調子はどうよ。ちゃんと趣味はみつけたか?」
その質問に「はい」とうなずく。
「副業としてレストランでアルバイトをはじめたので、これから行くところなんです」
「副業? アルバイト?」
私の言葉を聞いたアロハシャツの男の顔が険しくなった。
「趣味をみつけて人生を楽しめって言っただろうが。それなのに、副業なんてはじめやがって……」
アロハシャツの背中あたりから、ゴゴゴゴゴォ、と怒りのオーラが立ちのぼるのが見えた。
「そこまで働くなんてほかに借金があったのか? いくらだ? 言え!」
鬼の形相で詰め寄られ、「ち、ちがいますっ!」と首を横に振る。
「私、忙しい母にかわって料理を作るのが好きだったんです。なにか趣味をみつけようと考えたときに思いだしたのが、美味しいお料理で人を幸せにする仕事をしたいっていう小さなころの夢で……」
私の説明を聞いて、男が納得したように肩を下ろし身を引いた。
近かった顔が離れ、私はほっと胸をなでおろす。
「それで? 副業は楽しいか?」
「はい。有機野菜にこだわっているお店で、調理の助手として勉強させてもらっているし、お休みの日には契約している農家さんにお手伝いにいったりもするんですよ!」
前のめりになって話す私に対し、男は興味なさげにふーんと相槌をうつ。でも、視線はやわらかかった。
「そうだ。お野菜いりませんか? 収穫を手伝ったお礼に、おいしい野菜をたくさんもらって……」
「いらねぇよ!」
アロハの男は私が言い終わる前に強い口調で拒否する。
「なんでどいつもこいつも俺に野菜を押し付けようとすんだよ。俺はスズムシじゃねぇっつうの!」
どうして彼が怒っているのかはわからないけれど、とりあえず野菜はいらないらしい。
そんな話をしていると、彼の視線が私の背中の向こうで固定された。どうしたんだろうと振り返ったときには、男はすでに動き出していた。
「おい、大丈夫か」
男がかけつけた先には、横断歩道を渡る小柄なおばあちゃん。
荷物を入れられるカゴの上部がイスになっていてタイヤと取っ手がついた手押し車、いわゆるシルバーカーを押していた。
そのタイヤが横断歩道の中央分離帯の段差にひっかかり、動けなくなっていたらしい。
歩行者用の信号はすでに点滅しはじめていた。
男は迷わずおばあちゃんを背負うと、片手に手押し車を持って道路を渡り切る。
そして歩道の安全なところでおばあちゃんを下ろした。
そのまま立ち去るのかと思えば、男はふぅっと息を吐いてヤンキー座りをした。そのまま腰の曲がったおばあちゃんと視線を合わせ、なにやら楽し気に話し始める。
どうやら、「俺もこういう手押し車持ってる。便利だよな」なんてシルバーカー談議で盛り上がっているらしい。
相変わらず、変な人だな。そう思って眺めていると、私の隣でスーツを着た長身の男があきれたように笑った。
そういえば、アロハの男の勢いに気圧されて、この人の存在を忘れていた。
質のよさそうなスーツを着た彼は、端整な顔をしているけど、どこか怖そうな雰囲気を纏っている。
一体何者なんだろうとさりげなくうかがうと、私の視線に気付いた彼はにこりと微笑んだ。
「あいつ。借金の取り立て屋のくせにお節介すぎて笑えるだろ」
スーツの男は道路の向こう側にいるアロハの男をながめながら言う。
この人も、フレンドリー・パートナーズとかいう取り立て屋の社員なんだろうか。とてもフレンドリーには見えないけれど。
「あの人って、なにものなんですか? どうして借金の取り立て屋なんてやってるんですか?」
アロハの男は見た目は怖いし威圧的だけど、ものすごく親切だ。あんなに優しいなら、取り立て屋よりもふさわしい職業はありそうなのに。
私が問うと、男は「んー?」と首をかしげスーツのポケットから煙草の箱を取り出した。一本取り出した煙草に静かな動作で火をつけ話し出す。
「あいつの両親、ガキの頃に借金苦で死んでんだよね」
「え……?」
さらりと告げられた予想外の答えに、私は思わず息を飲む。
「えぐい話だよ。子供の目の前で夫婦そろって焼身自殺。それで身寄りがなくなったあいつを組で引き取って面倒みてたんだけど、あの性格だろ? ちっとも使えねぇから、フロント企業として名前だけあった会社をまかせてる」
感情の一切見えない淡々とした口調だった。男は一度言葉を区切り、白い煙を吐き出す。
借金苦で両親を……。
そう教えられ、なぜあの人があそこまで債務者に親身になるのか納得できた。
「……そうだったんですか」
私がつぶやくと、スーツの男は無表情のまま「っていうのは嘘で」と続ける。
「は? 嘘?」
「酔っぱらって買った宝くじが当たって、もう一生働く必要がないから、暇つぶしであんなふざけた仕事をしてる。金はくさるほどあるから、取り立て屋のくせに気分で借金を帳消しにしたり、逆にお金を渡したりしてんだよ」
「宝くじ?」
「っていうのも嘘で、実は某国の諜報部員で、取り立て屋のふりをして秘密裏にこの国の内情を探ってる」
突拍子もない話が次々に飛び出し混乱する。
「いやいやいや。なんでそんな嘘ばっかりつくんですか!」
思わず顔をしかめた私を見て、スーツの男はにこりと笑った。
「だって、『なにものなんですか?』なんて聞くから、ドラマティックなバックボーンを想像しているんだろうなと思って、期待に応えてみた」
「そんなサービス精神発揮しないでください」
「本当は、あいつはただのチンピラだったんだけど、病気が見つかって余命宣告されて。今まで散々人に迷惑かけてきたぶん、せめて誰かの役に立ってから死にたいって……」
「だから、もういいですってば」
この人、相当性格が悪い。そう思いながら言葉を遮ると、スーツの男は楽し気に肩を揺らした。
「どうした?」
気が付けば、アロハの男がこちらに戻ってきていた。不思議そうな表情を向けられ、「なんでもないです」と誤魔化す。
「お前こそ、あのおばあちゃんとなに話してたんだよ」
「あぁ。もっとタイヤの大きいシルバーカーのほうが安全だぞって教えてやった。俺が使ってるのかなり機能がいいから、今度家に送ってやるよって」
「相変わらずだな」
「ほっとけ」
そんなふたりのやりとりをながめていると、アロハの男の視線がこちらに向いた。
「お前、のんびりしてるけど、時間は大丈夫なのか?」
その言葉にはっとして時計を見る。
やばい、急がないとアルバイトに遅刻してしまう。
慌てだした私の姿を見て、男はとんと背中を押した。
「引き留めて悪かった。行け」
「はい」
私はうなずいて足を前に進める。
後ろから「がんばれよ」という声が聞こえた。私は知らずに笑顔になっていた。
誰かにがんばれと言ってもらえた。それだけで、これからもがんばれる気がした。
きっとフレンドリーな取り立て屋さんは、今日も明日もどこかで誰かの背中を押している。
フレンドリーな取り立て屋さん 【END】
フレンドリーな取り立て屋さんのお話でした。
ありがとうございました。
フレンドリーな取り立て屋さんのシリーズはこのマガジンにまとめてあります。一話完結の短編集ですが、一番下の記事から読んでいただけるとわかりやすいと思います。
https://note.com/kitamayu_n45/m/ma522e6259d74
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